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カテゴリ:雑感

 シカゴ・ブルースさんのマイナス×マイナスはなぜプラスになるのか(3) というエントリに書いてあったのだが、『赤と黒』 や 『恋愛論』 で知られるスタンダールは、(-)×(-)=(+)という計算規則に納得がいかずに、以来数学不信になったのだそうだ。

 「借金×借金がなぜプラスなのか。借金に借金を重ねたら借金が増えるだけではないか」 ということらしいが、確かにそれはそうである。

 調べてみたら、スタンダールは次のようなことを言ったらしい。

 しかし、どうして(-)×(-)=(+)になるのか、 誰も説明できないことがわかったとき、  どうしたらよいだろうか。……
 マイナスの量をある人の借金と考えたとき、1万フランの借金に500フランの借金をかけて、それがどうして500万フランの財産を持つことになるのか。

 たとえば、トランプのツーテンジャックというゲームには、マイナス札を全部集めるとプラスになるというルールがあるが、これはむろんこのゲームの中だけで通用する恣意的なルールにすぎないのであって、(-)×(-)=(+) という計算規則とはなんの関係もない。

 かつて、スターリンは党の独裁をどんどん強化していったら、 最後に国家は消滅するみたいなことを言ったらしいが、これもまた随分とおかしな話である。

 シカゴ・ブルースさんが、正当に指摘しているように、「借金に借金を重ねる」とは、単なる負の数どうしの足し算にすぎないのであって、正負の数の乗法規則に当てはめれば、(-)×(-)=(+) ではなく、(-)×(+)=(-) のほうに該当する。(1回当たりの借金額を同額と仮定して)

 この場合、答えはやっぱりマイナスなのであって、どこにもおかしな点はない。つまり、スタンダールは単に勘違いをしていたにすぎないということだ。(教えた先生が悪かったのかもしれないが)

 では、借金の例で、(-)×(-)=(+) という乗法規則を説明するとすればどうなるだろうか。

 借金をマイナスとし、それにマイナスの数をかけるわけだが、この場合の 「かける数」 は借金の回数ということになるだろう。つまり、借金をプラスの回数ではなく、マイナスの回数するということが、この場合に (-)×(-) という式で表されている内容だ。

 ならば、借金をマイナスの回数するということは、どういうことだろうか。

 借金とは、人から金を借りることだ。それをマイナスの回数するということは、お金の動きを反対にして繰り返すということ、つまり自分が人から続けて金を借りるのではなく、人に続けて金を貸すということになる。

 であるから、この場合、(-)×(-) という式で表されているのは、借金ではなく、人に金を貸しているという状態ということになる。したがって、これは自分にとっては潜在的ではあるが、プラスの価値を持っている。

 というわけで、 この場合も、実はちゃんと (-)×(-)=(+) という関係は成立しているのだ。なるほど、スタンダールはやっぱり勘違いをしていたのであった。ただし、この場合、貸した金がちゃんと返ってくるかどうかまでは保証できないが。

 スタンダールが、かの賭博好きのドストエフスキーのように、多大な借金に苦しめられていたのかどうかまでは知らないが、残念ながら、この式は借金がなぜかちゃらになって、そのうえおまけまで付いてくるといった、夢のような奇跡を表しているのではないのである。

 単なる数字だけの形式的な計算とは違って、実際の計算というものは、つねになんらかの意味を持った数値を扱う、なんらかの目的と意味を持った計算である。昔、塾で教えていたころの経験だが、ただの計算問題なら正確にできるのに、応用問題となると、さっぱり駄目という生徒がいた。

 つまり、この生徒は、現実の世界における数というものが、実際には意味を持ったものであり、計算というのもちゃんと目的と意味を持っているのだということが、頭では分かっていても具体的なこととしてはなかなか理解できず、そのような関係を問題文から読み取って把握するということができなかったのである。(教えた教師が駄目だった可能性も否定できないが)

 正負の数の計算規則が論理的に正しいというのは、たしかにそのとおりだ。しかし、そのような規則には、そもそも収益と損失、上昇と下降、過小と過多のような、相反する方向で変化する様々な対立的事象の中に含まれた関係が一般的な形式で表されているのであって、だからこそ、同様の関係を有する事象に対して 「真理」 として当てはまるのだろう。

 論理というのも、つきつめれば結局は現実的な関係の反映であり、そこから汲み取られたものなのであって、客観的で具体的な現実に基礎を置いているというべきだろう。単に  「定義」 と 「前提」 だけから論理的に導かれる推論や結論などは、結局のところ、閉じた世界の中での、いささか手の込んだ 「同語反復」 に過ぎないのではないかと思う。

 ちなみに、(-)×(-)=(+) という規則を、賛成と反対という言葉で表せば次のようになる。

   反対の 反対は 賛成なのだ。 (バカボンのパパふうに) 







Last updated  2007.10.07 05:30:25
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