遠方からの手紙

2009/04/13(月)12:54

「スターリン言語論」の怪

科学・言語(7)

 前々回、スターリンの民族論に触れたが、民族に関する彼の定義は、「言語、地域、経済生活、および文化の共通性のうちにあらわれる心理状態の共通性を特徴として生じたところの、歴史的に構成された人々の堅固な共同体」 というものだった。  つまり、彼にとって 「民族」 の問題と 「言語」 の問題は、最初から切っても切れない関係があったということだ。その彼が晩年の1950年(当時すでに71歳!)、脳卒中で死亡する3年前に発表したのが、当時ソビエト言語学界を支配していたマール理論を批判した 「言語学におけるマルクス主義について」 という論文である(参照)。  この論文は、前々回にも触れた典型的な 「カテキズム」 形式で書かれている。たとえば、次のように。 問 言語は土台のうえに立つ上部構造であるというのはただしいか?  答 いや、ただしくない。問 言語はいつでも階級的なものであったし、いまもそうであるということ、社会にとって共通かつ単一な、階級的でない、全人民的な言語は存在しないということは、ただしいか?  答 いや、ただしくない。  つまり、ここでは彼は、自分より格下の弟子からの 「問い」 に対して、けっして疑ってはならないご託宣のごとき 「真理」 を与える教祖様として振舞っているわけだ。むろん、それは 「偉大なる指導者」 である 「偉大なる同志」 スターリンとしては、当然の振る舞いではあるだろう。 この論文の意味は、上の二つの問いに対する回答に表れているように、言語の 「上部構造性」 と 「階級性」 の否定ということにつきる。田中克彦などの紹介(参照)によれば、彼が批判したマール理論というものには、たしかに荒唐無稽なところもあったようだが、この二つの否定が、マルクス主義の基本的な常識にまったく反したものであることは言うまでもない。 もし、これが他の者の言葉であるなら、おそらく一顧だにされていなかっただろうが、なにしろ 「偉大なる同志」 のお言葉である。あだやおろそかにするわけにはいかない。そこで、この 「論文」 を読んだ当時の共産党系の学者や理論家らは、びっくり仰天しながら、それまでの 「定説」 の書き換えや、後付けでのもっともらしい説明に苦心し、阿諛追従に走り回らざるを得なかった。ご苦労なことである。 さて、この論文での彼の言語観は、「言語は......生産用具、たとえば機械とはちがわない」 とか、「言語は手段であり用具であって、人々はこれによって、たがいに交通し、思想を交換し、相互の理解にたっするのである」 といった、その目的や効用のみに着目した典型的な 「言語=道具説」 である。 しかし、どう考えても、言語は機械のように手で触れるものでも、目に見えるものでもなければ、人間の意識の外部に、人間の意識と無関係に存在するものでもない。発話し解釈する主体としての人間と切り離してしまえば、音声としての言語は、オシログラフ上で一定の波を描く、ただの空気の振動にすぎない。 たしかに個々の人間にとっては、言語は規範としての 「外在性」 を有している。言語は、それを知らぬ人間にとっては、そこにあるものとしてまず学ばなければならないものである。だが、言語を学ぶということは、最初は自己の外部にわけの分からぬものとして存在していたものを、自己の内部へと取り込み 「主体化」 する過程にほかならない。 その一点だけでも、言語は、人間の外部にあって、目的に応じ好き勝手に利用できるただの道具などとはまったく異なるはるかに複雑なものである。そもそも、言語が人間の意識や主観と不可分な 「観念的存在」 である以上、その 「上部構造性」 を否定することはとうていできない。 スターリン時代には、しばしば科学や学問の 「階級性」 や、「ブルジョア科学」 に対する 「プロレタリア科学」 の優位ということが強調された。相対性理論や量子力学などの現代物理学が、唯物論に反する 「ブルジョア科学」 として否定された時期もあった。とりわけ、メンデルの遺伝法則を否定して獲得形質の遺伝を主張したルイセンコ学説の話などは、今も有名な語り草である。 西欧言語学の定説と鋭く対立したマール理論が、一時期ソビエト内で支配的位置を占めたのも、おそらくそれと同様の理由によるものだろう。しかし、そういったきわめて政治的な 「国威発揚」 のためのプロパガンダに過ぎない 「プロレタリア科学」 なるものは、どれも結局は現実の前に敗北した。ルイセンコ学説の 「ニセ科学性」 は、農業の不作による飢饉の発生という現実によって明らかにならざるを得なかった。 第二次大戦が終結し、ソビエトがアメリカと並ぶ 「大国」 としての地位を確立したこの時期に、スターリンがマール学説の批判に乗り出したのは、そのような旧来の独善的な 「プロレタリア科学」 なるものが、大国として世界の表舞台に登場することとなった、ソビエトの科学や学問の発展の足かせになっているという判断も、おそらくはあったのだろう。 しかし、そのような悪弊の是正は、「偉大なる指導者」 スターリンの個人的権威の行使という、これまたきわめて政治的な方法によって行われた。これは、「粛清」 や 「弾圧」 の責任を、直接の担当者であったヤゴーダやエジョフといった部下に押し付けて、自分の無謬性を守りながら、かえってその神格性を高めたやりかたと同じ、ただのトカゲの尻尾切りにすぎない。 ところで、このスターリン論文については、国語学者である時枝誠記が次のような疑問を呈している(参照)。 言語は、たといスターリン氏が単一説を主張しても、歴史的事実として、そこに差異が現れ、対立が生じるのは、如何ともし難い。もしそれを階級といふならば、言語の階級性は言語の必然であつて、これを否定して単一説を主張するのは、希望と事実とを混同した一種の観念論にすぎない。 「スターリン『言語学におけるマルクス主義』に関して」  言語の 「階級性」 という、本来ならマルクス主義者こそが強みを発揮しなければならない問題について、マルクス主義者ではない時枝のほうが正しく認識していたというのは、なんとも皮肉な話である。 最近刊行された伝記によると、彼は国家の最高指導者という激務をこなしながら、なんと1日500ページもの読書をこなしていたそうだ。彼はたしかに、レーニンのような緻密な思考や、トロツキーのような輝かしい才気こそ持っていなかったが、人並みはずれた強靭な意思と能力を持った人物ではあった(参照)。  なにしろ、ブハーリンのように、若い頃からの付き合いがあって、彼を正面きって批判したことなど一度もない長年の 「友人」 ですら、でっちあげの罪を着せて 「銃殺」 することをためらわなかったような人物なのだから。 いったい、彼はなぜ、あれほど多くの、それもすでにほとんどが政治的にはまったく無害であり無力であった、かつての 「同志」 や 「友人」 、有能な党幹部や赤軍将校らの血を欲したのか、それもナチによる脅威が目前に迫っている中で。これこそまさに20世紀における最大の謎というべきだろう。 たしかに、この30年代末期の 「大粛清」 には、ナチとの衝突という予想される危機の中で、自己のライバルとなりかねない可能性を持った人材をあらかじめ一掃しておくという意味もあったのかもしれない。また、革命第一世代のほとんどを抹殺することで、その歴史と記憶を書き換えることにも成功した。その結果、彼は神のごとき全能の 「独裁者」 へと、また一歩近づいたわけではあるが。 歌舞伎に出てくる河内山宗俊には、かどわかされた町娘を取り戻しに大名屋敷に乗り込んで言い放った、「悪に強きは善にもと」 という名台詞があるが、古今東西の歴史には、巨大な悪をなしとげた巨大な人物というのも、たしかに存在している。彼もまたその一例ということなのだろう。

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