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カテゴリ:国際

 一昨日、ロシアのスモレンスクで行われる予定だった、第二次大戦中に起きた 「カティンの森」 事件の追悼式典に参加するために現地に向かっていた、ポーランドの大統領夫妻ら、多数の政府要人を乗せた飛行機が墜落し、全員が死亡するという事件があった。情報によれば、深い霧で視界が悪かったため、ロシア側は別の空港への着陸を要請したにもかかわらず、無理に着陸を試みたことが原因のように思われる。

 「カティンの森」 事件を世界に公表したのは、第二次大戦勃発から二年後に始まった独ソ戦によって、ソビエト領内への侵攻を開始したナチスの側だが、ドイツのポーランド侵入とほとんど同時に、東からポーランドに攻め入り、ポーランドをナチとともに分割したソビエト軍の捕虜となったポーランド将校らがその犠牲となっている。

 長い間、ソビエトはこの事件はナチによるものだと主張していたが、旧共産圏の崩壊によってようやく、事件がスターリンの命令を受けたものであることを認めた。ソビエトとポーランドの間には、ロシア革命後に限っても、独立を果たしたポーランドによる内戦介入と、ワルシャワまで迫った赤軍の反攻、そしてその失敗という長い歴史がある。

 このときの赤軍を率いたのは、もとは帝政時代の将校だったトゥハチェフスキーだが、彼もまたのちにスターリンによって粛清される。この 「トゥハチェフスキーの陰謀」 では、大勢の赤軍の幹部や将校が粛清・追放され、そのことが結果的に、独ソ戦での初期の大敗につながったとも言われている。

 航空機事故による要人の死亡というと、近年ではルワンダの大量虐殺のきっかけとなった、同国と隣国ブルンジの大統領が乗った飛行機が墜落したという事件があった。ただし、これは偶然の事故ではなく、どうやら当時の軍の一部による意図的な攻撃のようだから、純然たる事故ではない(参照)

 もっと古い話だと、日中戦争が終結した直後、「抗日民族統一戦線」 という表向きの 「国共合作」 にもかかわらず、共産党に対する警戒を崩していなかった蒋介石の軍の攻撃によって捕虜となっていた葉挺の釈放を受け、彼を迎えにいった博古ら数人の共産党幹部を乗せて、重慶から延安に向かった飛行機が墜落したという事件もある。博古はモスクワ留学の経験もあり、一時は党の最高幹部として、毛の上に立ったこともある人物である。

 なお、文化大革命中に毛沢東の暗殺を企てたとして失脚した林彪も、飛行機でソ連へ逃亡する途中、モンゴルで墜落し死亡している。このときの飛行機はパキスタンから譲り受けたイギリス製のトライデントだそうで、林彪のほかに夫人の葉群、息子の林立果ら9名が乗っていたそうだ。

 さて、国内のほうに目を転じると、なんとも訳のわからぬ状況になりつつある。鳩山首相の支持率が急降下しているそうだが、そのこと自体はなんら驚くべきことではない。彼に政治的な能力が欠けていることは以前から明らかだったのだし、小泉退陣後に次々誕生した安倍、福田、麻生の各政権のていたらくを見れば、そう不思議なことでもない。

 しかし、奇妙なのはほんの昨日まで、ずっと政権を握っていた自民党やその系列の政治家らのほうである。なんでも、「立ち上がれ日本」 なる新党ができたそうだが、だとすると今まで日本は座っていたのか。選挙で大敗したり、政権を手放したりすると、とたんに右往左往し始めるのは、ロッキード事件のときの 「新自由クラブ」 以来のお家芸のようなものだが、なんともみっともない。

 選挙というものは、負けるときもあれば勝つときもある。同じように、政党ならば、与党になるときもあれば、野党になるときもある。それは、議会制民主主義のイロハのイというものだろう。おまけに、自称竜馬があちこちにいるようだが、竜馬が暗殺されたのは31歳のとき。少なくとも、すでにその二倍の人生を無駄にすごしてきたような人らに、いまさら竜馬を名乗る資格などないのは自明のことではないか。


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Last updated  2010.04.14 16:07:12
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