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遠方からの手紙

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カール・シュミット

2007.12.31
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 「インディアンサマー・クリスマス」 などという戯言をはいたところ、それからわずか数日で寒波がやってきた。さすがは12月、「腐っても鯛」 といったところだろうか。

 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 など多数の著作で知られる、かのマックス・ウェーバー (ヴェーバーと呼ぶ人もいるが) は、政治について 「神々の戦い」 と表現している。

 それは、政治が 「理念」 やイデオロギーをめぐる闘争の場であり、しばしば非和解的な対立がもたらされるということ、と同時に、そのような対立は単純な 「善」 と 「悪」 の戦いなどではなく、もじどおり 「正義」 と 「正義」 の戦いなのであるという二重の意味を持っている。

 だが、まだ終わったばかりの20世紀を振り返ってみれば、戦争が非常な苛烈さを帯びるようになったのは、そこに 「民族」や 「革命」、「正義」 といった理念が持ち込まれるようになったことと並行している。

 なぜなら、その結果、戦争の相手国は、立場こそ違え、自分と対等の 「正義」 を持つものとしてではなく、なんらかの 「悪」 あるいは 「劣等」 なものとして描かれるようになったからだ。

 戦争にそのような理念が持ち込まれることで、国家や政治党派は自国の国民と持てる資源のすべてを戦争に動員し、敵に対する情け容赦ない攻撃を行うことも可能になった。そのことはむろん、党派による内戦などの場合でも同様である。

 たとえば、第一次大戦は 「すべての戦争を終わらせるための戦争」 と称され、第二次大戦は 「民族の生存をかけた戦い」 として、あるいは 「ファシズムを打倒するための戦い」 として戦われた (第三帝国の所業が 「悪逆非道」 であったことはたしかにそのとおりだが)。

 政治に関する「友・敵」 理論で知られ、主としてワイマール時代に活動した、ドイツの法学者・政治学者 カール・シュミットは、こんなことを言っている。

 このような (すなわち、人類の、そのときどきに決定的に最終の戦争と自称される) 戦争は、とくに激烈な非人間的な戦争であることは必然的である。
 なぜならば、このような戦争は政治的なものの領域を越え出てしまって、敵を、道徳的およびその他のカテゴリーにおいて非難するとともに、予防されなければならないのみならず、決定的に絶滅されなければならない、
 それゆえもはや単にそのものの国境の中へと追いかえさるべき敵ではない、非人間的な恐ろしいものにされねばならないからである。
「政治的なものの概念」 より     

 むろん、このような戦争の全体化は、近代的な科学の発達によって可能になったことではある。だが、科学の発達一般と、そのような科学を利用して強力な兵器を開発すること、さらには、そのような兵器を生きた人間に対して、実際に使用することとはまた別のことだ。

 ダイナマイトを発明したノーベルは、自分の発明品が戦争で利用されるようになったことに心を痛めて、ノーベル賞を創設したと言われている。しかし、当時よりもはるかに 「進歩」 した現代の兵器に比べれば、それはまだまだおもちゃのようなものにすぎないだろう。

 そして、そのような戦争の徹底化のあとを追うように、現代では、政治的な 「暗殺行為」 もまた、かつてのような、目標とする人物のみを狙う限定的行為から、その命を確実に奪うためなら、周囲の者らを多数巻き込むことも辞さないものへと 「発展」 したようだ。

 「聖戦」 なる言葉は、たしかに宗教的な起源を持つものかも知れない。しかし、現代でのこの言葉は、けっして 「野蛮」 で 「狂信的」 なイスラム原理主義者らによって、ある日唐突に、過去から現代に持ち込まれた言葉なのではない。これもまた、現代の歴史そのものに深く根ざしており、そこから生れた言葉というべきだろう。

 この世がデーモンに支配されていること。そして政治にタッチする人間、すなわち手段としての権力と暴力性とに関係をもった者は、悪魔の力と契約を結ぶものであること。
 さらに善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。
 これらのことは古代のキリスト教徒でも非常によく知っていた。これが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である。
「職業としての政治」 より     
  

 第一次大戦がドイツの敗北で終わり、帝国が崩壊した直後に行われた講演を収録したこの薄い本は、この国の多くの政治家の皆さんが、「座右の本」 としてあげている。それらの諸氏が、本当にこの本の内容を理解しているのならば、この国の政治はたぶんもっとましなはずである。
 
 だが、ウェーバーのこの言葉は、なにも 「職業的政治家」 や、「職業的政治家」 を目指す者らのためにだけ書かれているのではない。なぜなら、民主主義という制度では、すべての国民が多かれ少なかれ、「政治家」 としての役割を果たすことが期待されているのだから。
 
 どこの国にも、確かに国民に対する影響力の強い組織や機関は存在する。しかし、現代の政治はけっして、一部の 「支配者」 や 「権力者」 の意思だけで動いているわけではない。とりわけ、そのことは 「危機」 的な状況や、先の見えない混乱した状況であればあるほどあてはまるだろう。 
 
 「理想」 や 「理念」 を語ることは悪いことではない。しかし、そのようなとき、おうおうにして人は 「ナイーブ」 という病におちいりがちである。「主観的な善意」 というものが、それだけではいかなる正しさも保証しえないことは、どんな世界でも言えることであり、そのような 「善意」 が、ときには取り返しのつかない 「地獄」 へとつながるものなのだ。その程度の教訓は、歴史を振り返ればいくつも転がっている。 
 
 それにしても、年の最後にはまったく相応しくない無粋な内容になってしまった。






Last updated  2008.01.03 12:33:14
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2007.07.12

 ようやく雨が降るようになったが、なかなかうまくはいかないもので、ときには望んだ以上の雨が、いきなりどしゃどしゃと降ったりする。九州は列島の一番西に位置しているので、どうしたって大量の水滴を含んだ雨雲が偏西風に乗って一番最初にやってくる。これは、まあどうしようもない。

 風が吹くと桶屋が儲かると言われるが、雨が降ると誰が儲かるのだろう。やっぱり、畳屋さんか、それとも土建屋さんかな。

 それはともかく、先日はちょっと調子にのってシュミットなど引用してしまった。この人が一部でいささか注目を集めていたのもずいぶん昔のことになる。

 この人がいかに怪物じみているかというと、なにしろ生まれたのが1888年で亡くなったのが1985年なのである。というわけで、まさに存在そのものにおいて立派な怪物的人物というわけなのである。 

 シュミットの政治理論というと、「政治的な行動や動機の基因と考えられる、特殊政治的な区別とは、友と敵という区別である」(政治的なものの概念) という言葉で表現された 「友・敵」 理論が有名だが、たとえば 『政治神学』 (1922)という著書は、冒頭からいきなり 「主権者とは、例外状況にかんして決定をくだす者をいう」 という断定的命題から始まる。

 こういうところを見ると、カール・シュミットという人には、学者とか理論家、思想家という肩書よりも、二つの大戦に挟まれたワイマール時代のドイツという特殊な時代が生んだアジテータという言葉のほうがふさわしいようだ。実際、彼の有名な著書の多くは、重厚な学術書というよりも薄い政治的パンフレットといった体裁に近い。

 ようするに、スターリニズムとファシズムという、20世紀に起きた特殊な二つの 「国家」と「政治」によって表現された、権力現象の魔力に引き付けられた人といえばいいだろうか。そこには、もちろん一面の真理はある。しかし、シュミット自身、ナチに加担することによって、その真理がはらむ危険な毒に呑み込まれてしまったというべきだろう。


 産業化された国民大衆は、こんにちなお、不明瞭な技術性の宗教を信奉している。それは、大衆がつねにそうであるように、彼らが根源的な帰結を求め、ここにこそ、数世紀にわたって追求した絶対的な非政治化、すなわち戦争がなくなり、普遍的平和がはじまる絶対的非政治化をついにみいだしたと、無意識のうちに信じているからである。

 しかしながら、技術は、あくまでも、平和もしくは戦争を高進させることしかなしえない。技術は戦争と平和とを、同様に迎えいれるのであって、平和の名目、平和の誓いは、この事態をいささかも変えるものではない。われわれはこんにち、大衆暗示という心理的技術的機構の作用する名目や用語の煙幕を、見抜いてしまうのである。

 われわれはこの用語法の秘密の法則をさえ知っており、こんにちでは、どのような恐ろしい戦争をもただ平和の名においてのみ、どのような恐ろしい抑圧をもただ自由の名においてのみ、またどのような恐ろしい非人道をもただ人道の名においてのみ実行されることを、知っている。

『中性化と非政治化の時代』(未来社刊 『合法性と正当性』 所収)

 

 これは、彼がナチスに積極的にコミットするようになる前の1929年の言葉、つまり今から80年も前の言葉である。いうまでもないことだが、アウシュビッツ収容所も原爆もまだ存在さえしていなかった時期のことである。

 こんな言葉を聞かされると、ヨーロッパというのはつくづく恐ろしい地域なのだなと思わされる。反動的アジテータといっても、現代日本の渡部某とか八木某とかいうような、お勉強が得意なだけの秀才あがりの凡庸なアジテータとは全然レベルが違うのだ。

 実際、イジメは正義感から起こるなんて陳腐な言葉が、いまごろになってさも新しい発見であるかのように語られるようじゃ、日本はどうしようもなく遅れていると思わざるを得ない。政治家のレベルが低いのも、まあしょうがないか (といってすまされる問題でもないけれど)。

 まことに、日本とヨーロッパとでは、背負っている歴史の重みと厚みが違うというべきだろうか。

 

追記:
選挙が始まって、首相はあちこちのテレビに出まくっているのだけれど、この人の顔にも言葉にも、精神的な幼児っぽさがまるでオーラのようににじみ出ている。
自民党の皆さん、ほんとうに選挙に勝ちたいのなら、首相はなるだけテレビに出さないほうがいいのじゃないのと思うのだが。







Last updated  2007.07.12 19:56:16
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2007.07.10

 「草莽」 という言葉が一部ではやりのようである。ちょこちょこっと検索してみると、草莽崛起-PRIDE OF JAPAN だの、「草莽崛起の会」 だの、なんともアナクロな匂いのする言葉がぞろぞろと出てくる。

 たとえば、草莽崛起-PRIDE OF JAPAN というサイトでは、「私たち地方議員は、かつて幕末の坂本龍馬らが幕藩体制を倒幕した草莽の志士のごとく、地方議会から「誇りある国づくり」を提唱し、日本を変革する行動者たらんことを期す」 と、声高らかに宣言されている。

 草莽とはほんらい無位無官の在野の人間のことを意味するのだから、いくら地方議会であるとはいえ、税金で養われている議員らが 「草莽」 などと称することじたい奇妙な気はするが、それはまあおいておこう。

 草莽などという中国伝来の古色蒼然たる言葉と PRIDE OF JAPAN という正真正銘の英語とが混在しているところも、なんとも微笑ましい感じがするが、それもまあおいておこう。

 また、大の大人が幕末の志士を気取っているところには、いささか子供っぽさが感じられなくはないが、坂本龍馬であれ高杉晋作であれ、歴史上の人物を理想とし手本とすることも、いちおうその人の自由ではあるから、まあよしとしよう。

 この言葉は、もともと孟子の 「国に在るを市井の臣といひ、野に在るを草莽の臣という」 という一節を典拠としているが、直接には幕末の 「安政の大獄」 で捕えられ処刑された松蔭の言葉からきているらしい。

 ところで、マルクスの 『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』 には次のような一節がある。


 人間は自分自身の歴史をつくる。だが、思うままにではない。自分で選んだ環境のもとではなくて、すぐ目の前にある、与えられ、持ち越されてきた環境のもとでつくるのである。

 死せるすべての世代の伝統が夢魔のように生ける者の頭脳をおさえつけている。またそれだから、人間が、一見、懸命になって自己を変革し、現状を覆し、いまだかつてあらざりしものを作り出そうとしているかに見えるとき、まさにそういった革命の最高潮の時期に、人間はおのれの用をさせようとしてこわごわ過去の亡霊どもを呼び出だし、この亡霊どもから名前と衣装をかり、この由緒ある扮装と借り物のせりふで世界史の新しい場面を演じようとするのである。


 であるから、幕末の国学や水戸学の伝統のもとで教育を受けた知識人であった松蔭が、新たな勢力による時代の変革を呼びかけたときに、「孟子」 にあったこの言葉を想起したことにはなんら不思議な点はない。

 だが、その場合に、彼のこの言葉から引き継ぐものがあるとすれば、なによりも既成の秩序や思想に囚われない、未来を志向する新たな変革の思想を求めるという点だろう。ただ、その言葉だけを受け継げばよいものではない。

 しかし、今のこの時代に 「草莽」 などという言葉を呼び出すことには、どういう意味があるのだろうか。もちろんこの言葉が、たとえば戦前戦中において、どのような政治的環境と文脈のもとで使われたかも、無視できない問題ではあるが。

 「草莽崛起」 とは、まさに国家の危急存亡のときにあたって、一般の民衆が国家あるいは主君のもとにはせ参じることをいう。つまり、「草莽」 という言葉はたんに一般の民衆を指すというだけでなく、同時にかつては天皇や国体であり、現代では民族やあるいは抽象的な 「国家」 という、一般の民衆が忠義=忠誠を誓うべき対象を呼び起こし、指し示す言葉であるように思える。

 その点において、この言葉には国家の主権者であり、政治の主体であるべき近代的な市民としての意識とは相容れないものが感じられる。むろん、この言葉を使い、あるいはこの言葉に引かれるような人たちが、そのことをどこまで意識しているかは、また別の問題であろう。

 しかし、この言葉の現代における愛好者の間には、明らかに思想的な意味での党派性が確認できる。その意味でも、この言葉と、たとえば 「草の根民主主義」 といった言葉との間には、一見よく似ているようではあっても、やはり無視し得ない違いがあるように思われる。

 ところで、この言葉が好きな人たちの最近の活動としては、ワシントン・ポストに 「従軍慰安婦」 問題に関する反論の意見広告を大々的に掲載し、結果として米議会での日本非難決議の採択をおおいに手助けしたことがあげられる。

 そこに表されていたのは、ようするに破裂しかねないほどに肥大した彼らの尊大な自己意識だけであり、結果として暴露されたのは、彼らの国際感覚の欠如、そして具体的な問題について交渉し解決する能力のあきれるほどの欠如であった。

 「美しい国」 などという主観的心情的で曖昧な言葉の多用、「草莽」 だの 「維新」 だの 「回天」 だのという、特殊な歴史性を帯びた言葉に対する陶酔的な偏愛、具体的で現実的な問題からの夢想的な逃避、そしてなによりも、自己と他者をめぐる状況を客観的に判断する能力の完全な欠如

 彼らのこういった特徴には、かつてシュミットが論じた、主観性に閉じこもって政治を美学化する、 「現実から遊離」 した  「政治的ロマン主義者」 を思い起こさせるものがある (ちょっとおおげさ、というか過大評価かもしれないが)。

 自己風刺の中にある客観化、主観主義的幻想の最後の残滓の放棄ということは、ロマン主義的な立場を危殆に瀕せしめるであろうし、ロマン主義者は、ロマン主義者たるかぎり、本能的にこうした放棄はさけるのである。・・・

 彼らの用いる言葉は、彼らがつねに自己についてのみ語り、対象について語ることが少なかったために、実体のないものであった。

『政治的ロマン主義』 カール・シュミット

 シュミットの政治思想については、もちろんワイマール共和制に対する攻撃とナチスに対する一時的な協力など、いろいろな問題が含まれている。しかし、ここでの彼の指摘には鋭いものがある。彼のいう 「政治的ロマン主義者」 とは、一言で言うなら、空疎な言葉ばかりをもてあそび、具体的な政治的な決定と行動をおこす能力を欠いた 「政治的不能者」 のことである。

 19世紀のドイツにおける政治的ロマン主義は、フランス革命の影響とナポレオンの支配、さらにはその後の解放戦争の過程で、上から強制され、あるいは勝ち取られた近代化に対する反動から生れた。そして現代のこの国の二流三流の政治的ロマン主義者たちは、15年戦争の敗北と、その結果として強制され達成された 「戦後レジーム」 への反動から生れているようだ。これはなんとも  「喜劇」 的な、200年遅れの状況のように思える。

 しかし、彼らのような 「政治的不能者」 が、この国で一定の政治勢力として存在しうるのは、なによりも彼らがアメリカの強力な庇護を一貫して受け続け、その結果、外交をはじめとする現実世界の苛烈な問題をアメリカに丸投げして、夢想的に回避することがいまなお可能であるからにすぎない。つまり、その意味において、彼らもまた、彼らが蛇蝎のように嫌う 「戦後レジーム」 の落とし子なのである。

 このような現象は、この国の大衆の間に政治への不信と閉塞感が瀰漫していることの一つの結果であり、その表現ではある。

 しかし、同時にそこから感じられるのは、半世紀以上続く戦後政治の一種の温室的状況のもとで、一部の政治勢力の劣化がいまや極限にまで進行しているという事実であり、その結果、一般の国民の現実的意識とそのような勢力の幻想的意識との間に、大きなねじれとゆがみ、そしてきわめて危険な乖離と落差が生じているという事実でもあるように思われる。







Last updated  2009.02.04 21:50:16
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