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「こば爺の部屋」~直感と直観!?の国~

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歴史から学ぼう

2008年07月19日
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カテゴリ:歴史から学ぼう
管子表紙

「民を御するの轡は、上の貴ぶ所にあり、
民を道くの門は、上の先んずる所にあり、
民を召くの路は、上の好悪する所にあり。
故に君これを求むれば、臣これを得、
君これを嗜めば、臣これを食ひ、
君これを好めば、臣これを服し、
君これを悪めば、臣これを匿す…」

中国古典の一つ「管子」の一文からシリーズ。
久々になりますが(笑、
この当然のことに思えることが
当然に書かれている…
そんな引用文から1箇所だけ線(マーカー)を引いておくとするなら
皆さんはどの部分を選ぶのでしょうか?

今の私は…
<民を御するの轡は、上の貴ぶ所にあり>に引きます。
同じ文でもどう読むか?
(あるいは読めるか?)
人によってだけでなく、同じ人物(例えばこの私)でも変化する…
まぁより良い生活には、どうでもいいことだろうけれど(苦笑。

※管子:管仲の著書だと言われるが、実際は諸説ある
※※画像:引越し中に救出した我が家にあった「管子」の表紙






最終更新日  2008年07月19日 23時40分21秒
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2008年05月23日
カテゴリ:歴史から学ぼう
管子表紙

「国を傾かざるの地に錯き、涸れざるの倉に積み、
竭きざるの府に蔵め、令を流水の原に下し、
民を争わざるの官に使ひ、必死の路を明かにし、
必得の門を開き、成すべからざるをなさず、
得べからざるを求めず、久しくすべからざるに処らず、
復びすべからざるを行はず。
…」

中国古典の一つ「管子」の一文からシリーズ(笑。
ここまでもそうだけれど、
当然のことが当然に書かれている…
そんな気がします。
たとえば、「そんなこと分かってるって。
その気にさえなれば、いつでもできるって」ということが(苦笑。

さて、今日の引用文から1箇所だけ線(マーカー)を引いておくとするなら
皆さんはどの部分を選ぶのでしょうか?

今の私は…
<復びすべからざるを行はず。>に引きます。
ただ、ここは以前も引いていた箇所。
変わってないナ、
そう思いますね(苦笑。

※管子:管仲の著書だと言われるが、実際は諸説ある
※※画像:引越し中に救出した我が家にあった「管子」の表紙






最終更新日  2008年05月23日 23時08分37秒
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2008年05月17日
カテゴリ:歴史から学ぼう
管子表紙

「政の興る所は、民心に順ふにあり、
政の廃する所は、民心に逆ふにあり。
民は憂労を悪む、我はこれをイツ楽(人偏に失=逸楽)にす。
民は貧賤を悪む、我はこれを富貴にす。
民は危墜を悪む、我はこれを存安にす。
民は絶滅を悪む、我はこれを生育す。
…」

中国古典の一つ「管子」の一文。
この中で1箇所だけ線(マーカー)を引いておくとするなら
皆さんはどの部分を選ぶのでしょうか?

今の私は…
<我はこれをイツ楽にす>に引きます。
手元にある管子には
民は憂労を悪む、と
我はこれを生育す、にチェックが入っていたのだけれど(苦笑。

※管子:管仲の著書だと言われるが、実際は諸説ある
※※画像:引越し中に救出した我が家にあった「管子」の表紙






最終更新日  2008年05月17日 22時01分41秒
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2008年05月01日
カテゴリ:歴史から学ぼう
管子表紙

「凡そ地を有ち民を牧する者は、務め四時にあり、守り倉廩にあり。
国に財多ければ、遠き者来たり、地辟挙すれば、民留処し、
倉廩実つれば、礼節を知り、衣食足れば栄辱を知る。
…」

管子の中でも結構有名な箇所だと思うのだけれど、
この中で1箇所だけ線(マーカー)を引いておくとするなら
皆さんはどの部分を選ぶのでしょうか?

私は…
<務め四時にあり>
に、今は引きますね(笑。

管子:管仲の著書だと言われるが、実際は諸説ある
画像:引越し中に救出した我が家にあった「管子」の表紙






最終更新日  2008年05月01日 11時55分07秒
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2007年09月23日
カテゴリ:歴史から学ぼう

歴史から学ぼう


「歴史から学ぼう」
このテーマは久しぶりです(笑。

それは「歴史から学ぼう」のテーマを
楽天ブログのジャンル、「読書・マンガ」にしてしまったため
どうしても読んだ本を題材にしなければいけなかったことと、
その肝心の「本」にしても、
心躍らせるような小説はあったとしても、
「学べる」と自身で思えるものは…
正直、???だったからです。

そんな折、
リンクさせていただいている「曹操閣下さん」より
近々『曹操言行録』を出版する旨、
ご通知いただきました。

或る雑誌で連載していたものを
まとめられたものらしいですが、
「曹操閣下さん」の著作ということだけで
発売を非常に楽しみにしています!

それはやはり前作の『曹操注解 孫子の兵法』
本当に良かったから!

閣下のブログのほうでも
この著作の連載が始まっているので、
興味のある方は是非覗いてみてください!






最終更新日  2007年09月23日 23時43分16秒
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2007年05月18日
カテゴリ:歴史から学ぼう

歴史がすきなのは…2

「どんな本を読むんですか?」
そう聞かれて、もし
「司馬遼太郎さんとか、以前はよく読んだかな」


そんな答えを返そうものなら
「歴史好きそうですよネー!」
なんて目の前の相手に、喜ばれてしまう?
そんなことが多いのが、私かもしれません(笑。

そう、確かに歴史も好き!
けれど、歴史であれば何にでも興味があるわけではなく
やはり音楽や小説と同じく、「好き嫌い」が激しい…
それも事実なんです(苦笑。

ここ数年というか(笑、十年くらい?
「どんな時代が好きなんですか?」
と聞かれる前に、
「関ヶ原の戦いが専門!なんだけれど、
関連でワーテルローの戦いとミッドウェー海戦も
結構詳しいかも?」
そうアピール、先手を打つようにしています!(笑

そうすると、
たいていは話題が変わるか、
急に焦点がボケた会話になったりしますね(苦笑。

ただ現在の私はどうなのか?
それを正直に言うと、
「歴史」といえるものに積極的に興味が向かない…、というのが事実。
上記の得意分野?3点セットにしても
もし興味が向くとすれば、『今』に一番近い「ミッドウェー海戦」。

理由は多分、
『真実の声が一番聞けそうだから』
…、かな?
そう思っていたりします(笑。

(お詫び:このブログのタイトルを最初のものから変更させていただきました。
大変申し訳ありません)






最終更新日  2007年09月23日 22時56分16秒
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2007年03月04日
カテゴリ:歴史から学ぼう
海軍一軍人の生涯タイトル:海軍一軍人の生涯
~最後の海軍大臣 米内光政~

著者:松田十刻

出版社:光人社NF文庫

満足度:★★★+



『天皇の意中の人物は米内だった。
阿部内閣の総辞職が決定的になると、天皇は湯浅倉平に意見を述べた。
「次は米内にしてはどうか」
陛下自ら後継首班について言及することは、異例中の異例である。
天皇は三国同盟で紛糾していたとき不眠症になり、葉山に静養したことがあった。
それだけに、陸軍によるファッショ化の波を食いとめてくれる防波堤は、
もはや海軍にしかないと痛感していた。
米内はその防波堤となる最後の切り札に思われた』



『米内内閣に対する包囲網が狭まるなか、天皇は事態を憂慮していた。
同日、木戸に命じた。
「なお、米内内閣を信任している。このことを米内に伝えよ」
このようなことは異例中の異例であった。
天皇は米内内閣の実現を期待し、側近にもその旨を伝えていたが、
断末魔を迎えつつある今また、あえて続行するよう望んだのである。
しかし、このことが光政に告げられるのは、辞表が奉呈された十六日のことだった』



『米内内閣は、昭和十五年一月十六日に成立し、七月十六日に総辞職した。
米内を慕っていた各省の秘書官たちは、
十六日にちなんだ「一六会」という親睦会をつくり、米内亡き後も親交を温めた。
昭和天皇も「今日は一六会の日だね」と
しみじみと側近に語ったという』

………


米内光政
(よない みつまさ)さんはこんな人です






最終更新日  2007年03月04日 18時25分18秒
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2006年09月21日
カテゴリ:歴史から学ぼう

「遠い島…」

ガダルカナル、ガ島あるいはソロモンなど…
歴史に興味がある方だけでなく
ないヨ~という方でも
「……」
少しは引っ掛かったり、ちょっとネガな印象を受けたり
する言葉ではないでしょうか。

ここで書く「ガダルカナル」。
それを最初におさらいすると…

「先の大戦中、1942年8月~続いた
日本と連合軍との死闘の場であり、
図らずして戦いの趨勢を決めることになった
<決戦>の中心地」としておきましょう。

この「ガダルカナルの戦い」を
PHP文庫から出版されている、半藤一利の『遠い島 ガダルカナル』
を読みながら
これから数回に渡って追っていければなぁ…
と思います!

私自身この本はまだ未読状態(苦笑。
けれど…
なるべく早いうちに、
第2回~=本番!を書ければ、と努力するつもりです!






最終更新日  2006年09月21日 23時14分44秒
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2006年09月01日
カテゴリ:歴史から学ぼう

神さまの傑作のひとつ、それは…

山本五十六さんの名前を知っておられる方は
非常に多いと思います。

その山本さんが海軍兵学校時代のクラス会(32期生)で
「おれたちのクラスで大将になるのは、堀ひとりだけだよ。
おそかれはやかれ皆、首になるよ」
と言ったことがあるそうです。

「海軍兵学校創立以来、未だ見ざる秀才」
そう謳われた人物-堀悌吉中将。

海軍良識派の提督の一人で、
クラスメイトだった山本さんとは、
山本さんが実兄に「吾、一人の友を得たり」
と書き送ったほどの親友(心友)だったそうです。

また海軍が輩出した名リーダーの一人、
山梨勝之進大将にいたっては
「堀君、君死ぬなよ。
君が死ぬとぼくの生きている価値が、
半分いや七割なくなるよ」
とまで言っていたといいます。

そんな堀さんが、太平洋戦争ではどんな役割を担っていたのか?
興味があるのは私だけではないと思います。

昭和16年12月8日-真珠湾攻撃-。
その時、彼の肩書きは…
浦賀船渠株式会社取締役社長、というものでした。

「あいつら、よくも、堀をクビにしやがった」
軍縮こそ日本の進むべき道。
海軍良識派の中でも、ラディカルな堀さんが
軍縮反対派の手によって
予備役に編入されたことを知った山本さんが
激怒の言葉を放ったのは昭和9年のこと。

クラスメイトの間に
「神さまの傑作のひとつ堀の頭脳」
という句さえ残っている堀さん。
対米英開戦どころか三国問題にさえ関与せぬまま
海軍を去っていたのでした…。

堀悌吉(1883.8.16~1959.5.12)

参考文献:海軍の逸材堀悌吉(宮野澄 光人社文庫)






最終更新日  2007年09月23日 22時50分07秒
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2006年08月10日
カテゴリ:歴史から学ぼう
秘本三国志-6-今日は諸葛亮の「出師の表」(※)から抜粋です。

※蜀漢の丞相諸葛亮(しよかつりよう)が、昭烈帝(劉備)の没後、出陣にあたって後主劉禅に奉った前後二回の上奏文。誠忠と憂国の至情にあふれた名文として知られる。
-国語辞書(大辞泉)-

では、いきます…

『臣亮言す。
先帝創業未だ半ばならずして、中道に崩そせり。
今、天下三分し益州は疲弊す。
此れ誠に危急存亡の秋なり。
然れども待衛の臣、内に懈らず、忠志の士、身を外に忘るるは、蓋し先帝の殊遇を追い、これを陛下に報いんと欲すればなり。
誠に宜しく聖聴を開張し、以て先帝の遺徳を光かし、志士の気を恢弘すべし。
宜しく妄りに自ら菲薄し、喩えを引き義を失い、もって忠諌の路を塞ぐべからず。…(略)』


私が気になったのは、この抜粋での最後の部分です。
陳舜臣氏が著書の「秘本三国志(六)」(文春文庫)で、
私のような凡人にもわかりやすく書いてくれていますので、
どんなことを言っているのか引用させていただきます。

「宜しく妄りに自ら菲薄し、喩えを引き義を失い、もって忠諌の路を塞ぐべからず」
~はじめから自分を菲才で学問が浅いなどと考えたり、
喩えを引いてあれこれ義に合わぬことを言って、
忠臣の諫言の路をふさいではならない。


諸葛亮孔明(181~234)

(以前のライブドアブログに掲載したものに若干、手を加えたものです)






最終更新日  2006年08月10日 20時54分23秒
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