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カテゴリ:こんなのみつけた
昨日非常勤で行っている大学の教室で,過去3回の授業の中で印象に残ったこと,重要だと思ったことをノートに書き出させてみました.「認知と思考」というタイトルの授業で,認知心理学的なものをベースに適当にやってくださいといわれている.数理モデルみたいなものは止めといたほうがいいでしょうという助言だか注文だかも受けているので,それらしくやっているわけだけど,このノートにはフィールドワークのモデルに従って,観察メモ,理論メモ,方法論メモの3とおりのメモを書いてもらうことになっています.
観察メモは文字通り,見たこと聴いたこと,理論メモは考えたこと主張したいこと,そして方法論メモはこれからしたいこと,知りたいこと,質問したいこと. そしたら観察力の鋭い学生がいて,「先生は『...だけれども』というのが口癖ではないか」と書いてきました.自分では意識していなかったので内心驚きながら説明を考えてみます.テーマがテーマだけに異なる視点や議論を紹介しなければならず,そのぶんこの授業の中では「A節ではこう『だけれども』,B説ではこう」という表現が出やすい,というのが第一の仮説.ところがオフィスに帰ってこの話をしてみたところ,会社でもそうなんだって.本人の癖か. こういう表現の癖は思考のプロセスを反映しているとも言えるし,思考のほうが表現に引きずられることも大いにあり得ます.意識していないところが恐ろしい. 集英社新書で出ている樋口裕一氏の「ホンモノの思考力」は副題が「口ぐせで鍛える論理の技術」.樋口さんのいう会話の「論述の型」は(1)主張表明[私は...と考える],(2)意見提示[確かに...しかし...],(3)根拠[なぜなら...],(4)結論[このようなわけで...]の4部構成になっている.「...だけれども」は(2)のバリエーションのひとつなのでしょうか. お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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