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カテゴリ:こんなのみつけた
ポルトロシュの学会では「オントロジー構築における組織論的諸問題」というタイトルで専門用語辞典の編集の経験をもとにした話をしてきたものですから,まくらにスロベニア語や日本語がそれぞれの社会の文化的独立を支える上でいかに重要だったかというような話をしました.
スロベニアについて知るための本は少なくて,僕も文庫クセジュの『スロヴェニアの巻』のお世話になったのですが,この本(概要と書評がクロカル超人の面白半分日記に.以下の話も言及されています)の訳者あとがきに「イリリアの塔」の話がでてきます.首都リュブリャナの国立図書館(National AND University Library)裏手のフランス革命広場に立つ高さ13メートルのこの「塔」はスロベニア語への思いを象徴するものだということで,僕もそのたたずまいをあれこれ想像し,一度見てみたいと思いました. イリリアはナポレオンの軍隊がこの地を占領してフランス領土として編入した属州の名で,このとき史上初めてスロベニア語がドイツ語と対等な公用語として認められるという画期的な「大事件」が起こったというわけです.これをきっかけにスロベニア人は民族的に目覚めてしまい,その後は多くのスロベニア語の文法書や詩人や作家が輩出して社会的に影響を与えるようになった.これを記念して20世紀になってから代表的建築家ヨージェ・プレチェニクの設計で建立された,つまりスロベニア語の再興を記念(あるいは祈念?)するモニュメントが「イリリアの塔」だというふうに読めるのだけれど,学会の会場で何人かのスロベニア人インテリに聞いてみると,この"Tower of Illyria"を知る者がいない! 立っている場所や大きさを説明するとやっと「そういえばあそこには無名戦士の墓があるなあ」という答が返ってきた.そこで学会後リュブリャナに一泊することになった僕を車で運んでくれたオーガナイザのR教授の案内でくだんの広場に行ってみると... ![]() このオベリスクみたいなものがありました.紛れもなくこれはナポレオン軍のフランス人無名戦士の墓.スロベニア人を助けつつオーストリアと闘い倒れた彼らの業績が感謝の念とともにフランス語とスロベニア語で刻まれています.R教授は "column" と表現していたけど,たしかにこれは塔というより柱だ. まあ慰霊塔も塔なわけで,20世紀前半の,スロベニア人が声高に独立を語れなかった時代に,「フランス人無名戦士」の墓にことよせて,プレチェニクほかのスロベニア人たちがドイツ語ではなくスロベニア語の碑文をフランス語と並べて滑り込ませたところに彼らの知恵があったのかもしれません. お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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