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2012.03.02
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石井竜也さんが、『あさイチ ~プレミアムトーク~』にご出演っ!v(^^*)

司会は、いのっち&有働さんっ!(*^^*)

「いつもゲストの方は、15分前に来ていただくのに、

今日は1分前にいらっしゃいました。」と紹介され、登場した石井さんっ(笑)

「いつも "あさイチ" を見ている。」と言っていましたが、

ホントカっ...。 (¬_¬;) みたいなっ(笑)

朝、ベッドに入りながら見ているそうですっ(*^^*)

と、ココで、スタジオの片隅で、優雅にコーヒーを飲んでいる谷村新司さんの

お姿がっ(笑)カメラに向かい、にこやかに手を振っていましたっ!

 

 

☆プレミアムトーク ~石井竜也 人生の歩み~

 

米米7ツアーの「ハッキリイッテ、自分だけが良ければいい。」のVTRが流れ...。

石)「自分だけが良ければいいなんて良く言いますよね。

バブル期絶頂でしょ。ばかだったなと思う。」

 

Q 石井さん=朝のイメージは無いですが...。

 

「起きるのは夕方近く。作品を作っている時は、朝方までずっと物を作ったりする。

"あさイチ"に、2日続けて出てくれと言われたら、死んじゃいますね。」

 

作品"MUSE OF EARTH"が紹介され...。

 

"GROUND ANGEL"のオーケストラコンサートで、ステージ中央に置いた作品。

自分のあの、奥さんをこう、ちょっとモデルにしたりなんかして...。」

ってコノ↑時ってば、肝心な時にオブジェが映っていて、石井さんの表情が

見れなかったっ(爆)自身の家族の事を、TVで話す機会なんて滅多にないので、

その表情を見たかったのにっ!(o ><)o(笑)

 

Q エンジェル(天使)は何かイメージされて?

 

「震災があったり、その前から、自分の娘が生まれたりして、

命とか、親父が死んで、もう1回命の事を考えたりして。

命の事を考えるコトが多くなった。その時に、自分の平和ボケが許せなくて。

そんなコトを考えている時に9・11が起こった。

翌年からずっと、平和をテーマして"GROUND ANGEL"という名前をつけて

コンサート活動をした。グランドゼロと、爆心地の事を言いますよね。

平和の場所として、"エンジェルが下りる場所"

アートインスタレーションを始めたのが、10年前。

そして、今年10年目で3・11が起きた。僕としては、運命的。」

 

Q そう思えるようになったのは、結婚やお子さんの影響が大きいですか?

 

石)「そりゃ大きいでしょ。だって守るべきものがあるっていうのと...。

それから、ある意味では今までファンと俺。ステージの上と見ている人。

と思っていたのが、家族が出来て、守るべきものが出来ると、

人それぞれの人生が見えてくる。

『Shake Hip!』を歌っていると、そこで泣いている人もいる。

そこで、その人の人生観を考えると、「ファン:自分」というよりも「人:人」

という風になってきて、自分も年を重ねてきたのかなというのと、

色んな苦労をしてきたりとか、結婚もしたり、子供も出来たり、少なからず、

ステージに上がっているぺらぺら人間じゃなくて、どっか人として、

舞台に立つ時には、この今見ている人達の一番僕は、代弁者として

ここに立っていなきゃいけない。と思うようになった。」

 

石井さんが、こんな風に堂々と、家族のコトを話すなんて、

ホント、変わったなぁ...。なんて思っています。

今までは、冷や汗をかきながら話していたのにっ(笑)

この時、マリーザとサリーナちゃんと一緒に、3人で写っている写真が

出ていましたが、この写真ではサリーナちゃん、マリーザ似に見えますねっ。

実際"チラッ"とサリーナちゃんを見かけた時は、

メッチャ石井さんに似ているっ!と思いましたがっ(笑)

 

他にも写真が何枚か出ていました。

石井さんの赤ちゃんの頃の写真。

校長先生をされていた母方のおじいちゃんとの写真。

少年時代に、白いベレー帽に白いシャツ白い半ズボン姿で、

外でたて笛を吹いている写真。

お父様、石井さん、美奈子ちゃんとの写真。お父様お若いっ(*^^*)

マニキュア&金髪の、20歳当時の石井さんの写真。

 

石井さん、美奈子ちゃんの事を、

「いじめるのが楽しい。自分がいじめられているから、家帰ると

いじめる対象があった。」と、話していました。

 

 

美奈子ちゃんVTR出演...。

美)「お兄ちゃん、元気ですか?っていつも会ってますね(笑)」

 

Q 石井さんはどんな少年だった?

 

美)「すごく変わっていた。外で遊ぶよりは、うちにこもっていた。

コタツか押入れに入り、絵を描いていた。押入れの中に、自分の勉強机が

入っていて、照明やポスターがあり、自分の小部屋になっていた。

いたずらも陰湿だった。もてなかったんじゃないですか?全然。

中高生の頃は、スポーツマンとかがモテルじゃないですか?

4時くらいに帰ってきて、部屋で絵を描いている人って嫌じゃないですか。」

 

ところが、東京の美術学校に入ったとたん?

 

「変わってしまったんですね。急に人格が変わったみたいに、別人のように

なってしまって、どうしちゃったのお兄ちゃん。みたいな所はあった。」

 

 

Q 「もともとあったものなのか?東京来て変わったのか?」

 

石)「田舎は元気な子が多く、僕は見つめる立場だった。

東京には、色んなタイプの人が集まっている。

田舎は共同生活をしていくので、そこから一旦外れると、

一人ぼっちになってしまいやすい。東京では、一人ぼっちが多かった。

ぼっちぼっちで、ぼっちだらけだった。」

「色んな自由を知ったと言うのもあるし、

田舎では情報がいっぱい入ってきた訳ではない。どこか行くにも、

東京へは中途半端な遠さでなかなか行けず、情報がなかった。」

「だが、音楽とか色んな情報を親父から教わった。

一番最初に聞いた音楽は『ムーン・リバー』。未だに『ムーン・リバー』は歌う。

お袋に一番最初に読んでもらった絵本は“ピノキオ”

ピノキオの歌、『When You Wish upon a Star』は、今だに歌っている。」

 

六角堂の事...。

 

「日本の美術をどうにかして活性させようと、日本美術院を作った。

それが一つのキッカケになって、芸大が出来た。

"ここは、ただただ漁師の町ではなく、文化もちゃんとある町なんだ"

と、親父に教えられて育った。」

 

Q どうして石井さんは東京へ出てきたのか?

 

「それは多分、親父の夢だった。曾おじいちゃんは、東京で文筆家を

やりたくて勉強をしていたが、胸を悪くして、帰ってきたのが大津だった。

そこで、あくりさんという人と結婚して、和菓子やをやり始めた。

ずっと死ぬまで、東京へ帰りたいと言っていた。4代目にして、僕が東京にいる。」

 

そこで知り合った仲間と米米CLUBを結成。

 

『君がいるだけで』紅白のVTR。"92年の大ヒット、売上げ300万枚。

日本レコード大賞受賞。90年代最も売れた曲" と紹介され...。

 

Q 「和菓子屋をつがなかった長男が、紅白に出るって、お父さんの反応は?

 

石)「スゴク喜んでいた。親父にしてみたら、自分の夢を息子が叶えてくれた。

と、そう言う事を言っていただいたこともあります。」

 

Q 米米と今ではどっちが楽しい?

 

「全然、今の方が楽しいですね。

もちろん仲間と一緒にやってますから、自分の妹までいて、家族みたいなもんで、

スゴク楽しかったですよ。だけど、自分のやりたい事と、バンドのやりたい事は

違うわけで、皆と合あわせてチームワークでやる。

一人で活動していくと、売れる売れない関係なしに、自分の好きな事が出来る

と言う事は、自分の精神で安らぎになるし、歌っている事が楽しいし、それを

聞いてくれている人達が愛おしいし、観客と俺と言う感じよりも、今の時間を共有

している人に向かって、歌を届けている感じは、今の方が、全然楽しいですね。」

 

(2)へ続く...。







Last updated  2012.03.11 10:51:33
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