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プロ野球情報館

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名捕手だった野村克也監督との出会い

古田敦也
古田敦也 ふるたあつや 1965~ プロ野球選手。頭脳的なリードと強打で日本プロ野球界を代表する捕手。

兵庫県川西市生まれ。高校時代は無名選手。立命館大学時代に強肩が知られるようになったが、メガネ使用が敬遠されて卒業時はプロに指名されなかった。トヨタ自動車入りしてから注目をあつめる選手になり、全日本にえらばれる。ソウル・オリンピックでは野茂英雄らの球をうけ、銀メダリストに。1990年(平成2)、ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。戦後初の三冠王にして名捕手だった野村克也監督との出会いによって、1年目から正捕手に抜擢されマンツーマンで英才教育をうけた。

1年目は新人ながら盗塁阻止率5割2分7厘をマーク、ゴールデングラブ賞にかがやいた。1991年には3割3分9厘8毛で捕手として野村以来史上2人目の首位打者のタイトルを獲得した。以後、過酷なポジションにもかかわらず2001年までに6度、3割打者になっている。ペナントレースでは1993年と97年の2回MVP。ベストナイン8回、ゴールデングラブ賞9回。捕手としては抜群の盗塁阻止率をほこる強肩、恩師・野村譲りの頭脳的な配球とリードで、現役捕手としてはナンバーワンの実力をもつ。

大舞台に強く、オールスターでは1991年の第1戦で1試合3盗塁殺、92年の第2戦でサイクルヒット(1試合で一塁打、二塁打、三塁打、ホームランをすべて打つこと)を記録。日本シリーズでは97年、2001年の2回、MVPにかがやいている。1999年、シドニー・オリンピックでは予選代表になり、本戦出場をかちとったが、本戦はペナントレースのため辞退。プロとアマの間で騒動になった。98年からは日本プロ野球選手会会長に就任、選手の地位向上のために活動している。


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