小春日和の朝

2008/03/19(水)06:57

単身赴任最後の日・・・長崎の街

日記(4526)

 長崎の街、通勤はバスであったが、退社時刻が早い時は浦上川のほとりを 寮まで歩いて帰っていた。  川のほとりの柳は風に揺れ、満潮で穏やかな水面を眺めながらブラリとゆっくり とである。  寮には私の帰りを待つ人は誰も居ず、暗く静まりかえった部屋の灯りのスイッチ を入れる。そしてTVの電源を入れる。  そんな寂しさを紛らわすかのように夕食を兼ねて途中の居酒屋で一人でよく飲んで 帰っていた。  よく立ち寄っていたお店は「じゃがいも」と言った。私が長崎での単身赴任を終えた 翌年、お店は閉じてしまったという風のたよりが届いた。  「じゃがいも」は私より二つ年上で、声が大きく、とても元気な女将さんが一人で 切り盛りしていた。  週に数回も立ち寄っていれば、お客同士も顔なじみとなり、「今晩は」で始まる 挨拶で親しみが増し次第に会話が弾むようになっていった。 居酒屋で知り合ったのはガス会社の社長、ビジネスホテルの経営者、バスの 運転手、建造途中の豪華客船(火災が起きた船)の電気技師の若者たち。  「あれほど、バスが止まってから席を立ち、降りるように注意しているのに、 お婆さんがバスが動いている途中に動いて転んでケガをして、会社から注意を 受けた」と教えてくれたバスの運転手のH氏の残念そうな言葉は今でも記憶に 残っている。そのほかにもいろんな方から仕事上の苦労話なども聞かせてもらった。  あの時の皆さん、元気だろうか。もう6年もの月日が経とうとしている。 職場の近くにはバスの車庫があり、よく始発に乗って帰寮の途についていた。 単身赴任最後の日の帰路、バスに乗り込むと運転席に座っている男性が手を 上げた。なんと、居酒屋で知り合ったH氏であった。  単身赴任最後の日に彼が運転するバスに乗り合わせるとは何と奇遇な ことなのだろうと思った。  そのバスは始発から私が降りるまで誰一人として乗っては来なかった。 私はバスの一番前の席に座り、H氏と会えてよかったこと、「じゃがいも」 では楽しかったとお礼を述べた。   二人きりにしてもらったのは単身赴任最後の日への私へのプレゼント だったのかも知れない。「じゃがいも」の女将さんからの・・・・     

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