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週末ランナーのとっとこ歳時記

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2008/6/22 サロマ湖ウルトラマラソン

サロマ戦記(2008/6/22 サロマ湖ウルトラマラソン)

【現地入り】

サロマにはまず金曜日の夕方の便で千歳に入り、翌朝7時55分の便で女満別へ移動し、女満別空港でレンタカーを借りて受付会場のある湧別へ向かう予定をしていた。関空から女満別への直行便はあるものの、マイレージでの予約が取れなかったし、到着が15時前になるので、それから湧別まで車で行って受付をし、ホテルを取った北見まで戻るとなると結構慌しいため、このような旅程を組んだ。

しかし、関空へのリムジンバスに乗ってしばらくしてから免許証を忘れてきたことに気付きあわてる。もはや取りに戻ることはできないので、どうやって代替手段を探すか、何しろバスも電車も都会の感覚からすれば極端に少ないところである。

たまたま大会事務局から送られてきたバス時刻表を持ってきていたので、携帯でJRの情報も探して調べてみると、乗り継ぎの待ち時間は長いものの、何とか日中に往復できることがわかる。また、あらためてツアーの最終案内をよく読んでみると、現地参加プランであっても料金を払えば空港から湧別までのツアーバスに乗ることができるようで、受付会場の湧別から宿泊ホテルまでのバスについては現地参加者でも追加料金なしで乗ることが可能とのこと。久々の北海道ドライブが楽しめないのは少し残念であったが、一安心。

結果的にはツアーバスを利用して正解であった。あまり混んでもおらず、逆順ではあったがレースコースを走ってくれたし、また車中で経験者のグループがレースやコースについての話をするのを聞けたことは参考になった。やはり生の声は多少の誇張が含まれているとしても温度感が伝わってくる点、ネットの情報にはないものがある。

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【当日】

午前5時のスタートに合わせ、ホテルの朝食が午前1時半~2時半、3時にスタート地点へのマラソンバスが出るというすごいスケジュールなので前夜は午後8時過ぎに床についた。すぐに寝付けるかどうか心配であったが、いつものように消灯するとすぐに眠り込んだ。

目覚ましよりも少し早く1時過ぎに目が覚める。外はまだ暗いが雨は上がっているようだ。2時前にレストランに下りてゆくと、すでに多くの人が食事中、メニューは普通の朝食バイキングで、みんな黙々と食べている。寝起きはすぐに食べられなくてぇ...というようなやわな人はいなさそう。さすがはウルトラ・ランナーである。今日は夜までまともに食事はできないし、何しろスタミナが必要であるので、つい周りにつられてしっかり食べてしまう。おかげで30キロ辺りまで胃のむかつきに苦しむことになったのだが...

3時にホテルを出発し、湧別に向かう。バスの出発直後に夜に会う予定の友人から激励のメールが入る。自宅にも一応予定通りに進んでいることを知らせておこうとメールを入れるとすぐに返事が来る。何で今頃起きてるのか、と思い返信すると、着信でたまたま目が覚めたとのこと。他にも留守電にメッセージをくれた友人もおり、皆それなりに気にかけていてくれるようだ。

今日は夏至であり、緯度も少し高いこともあって4時にはすっかり明るくなるが、サロマ湖周辺は雨。予報では雨は上がるとのことであり、確かにそれほど強い降りではない。湧別のスタート会場に4時20分到着。すでに多くの出場者で体育館内、周辺とも混雑しており、さっそく着てきたウィンドブレーカースーツをゴール行き荷物の袋に入れて、中間地点行きの荷物と共に預ける。

スタート20分前に選手はスタート地点に集合するようアナウンスがあり、ゲートから50メートルくらいのところにもぐり込む。10分前にゲストの太平サブロー氏、月亭サロ光(本来は八光)氏、そして高石ともや氏らのあいさつがあり、彼ら自身が出場者でもあることから熱いメッセージに会場のテンションもぐっと高まってくる。

スタート

【スタート】

5時、霧雨の中をスタート。スタート位置が前すぎたのか周りは結構なペースで流れてゆく。早朝にもかかわらず湧別の町の人たちが沿道にたくさん出ていて声援を送ってくれる。市街を抜けると畑の中をどこまでもまっすぐな一本道が続き、辺りには牛ふんの匂い漂うカントリーロードである。

★10キロ(スタートから59分50秒)
作戦では55キロのレストに6時間で着き、残り45キロを7時間かけてゆっくり行こうと考えていたが、ここまでキロ6分と予定より速い。遅かれ早かれスピードは落ちるであろうから、特に無理をしているわけでもない現在のペースでそのままゆくことにする。登栄床の辺りから17キロ地点の竜宮台折り返しを戻ってきたランナーたちとの対面通行、すでに雨は上がり、道は乾き始めている。

竜宮台の折り返しの手前からサロマ湖太鼓の応援の音が聞こえはじめる。たたいているのは子供たちで、とても気持ちが入っていて、元気をもらえた。折り返しから今度は折り返しを目指すランナーたちとのすれ違いとなるが、自分のいる位置が大体真ん中辺りと見当をつける。

★20キロ(スタートから1時間58分、10キロラップ59分)
ほぼキロ6分ペースが続いている。20キロのエイドからフルーツなどの食べ物の提供が始まるが、朝食の食べすぎで胃がむかついており、スポーツドリンクのみで通過。岬のコースを抜けると再び湧別へ畑の中の道を戻る。所々に応援バスで来た応援の人たちが出ている。

★30キロ(スタートから2時間59分、10キロラップ1時間1分)
畑の中の30キロ関門を過ぎ、再び元来た方向へ進む。35キロ辺りまでは湧別町内を行ったり来たりのコース設定となっており、この辺りからようやくサロマ湖一周の旅が始まるのである。長いプロローグだね、ホントに。

国道238号線に出ると、交通規制はないため路側を走ることになり、車は多くはないものの、ランナーの追い越し追い抜きにそれなりに気をつけて走らなければならない。サロマのコースは大きな高低差はないが、丘陵地帯であるので、ゆったりとした登り下りが結構ある。40キロが近づくにつれ、次第に足も体も重くなり始めるが、まだ全体の1/3を来たに過ぎない。

★40キロ(スタートから4時間6分、10キロラップ1時間7分)
芭蕉の町内にあるチェックポイントを過ぎて少しゆくと、コースは国道を離れ湖岸沿いの道へ。そして42.195キロのフルマラソン・ポイントを通過(4時間20分)。これは今の私の文字通りフルマラソン・ペースであり、さすがにダメージがじわじわと効き始める。とにかく半分の50キロまでは歩かずにがんばろうと叱咤。5キロ毎のエイドでいただくフルーツがとてもおいしく、中でもスイカが最高で、いくらでも食べたい気がしたが、おなかをこわしてはと1切れでがまん。

★50キロ(スタートから5時間16分、10キロラップ1時間10分)
やっとの思いで半分、ラップタイムとしては当初のレンジに落ち着いてきたが、維持する自信はなくなってきた。左足裏の中足骨の痛みがひどくなってきており、そのうち左胸に痛みを感じてストップ。心臓に問題はなさそうだが、初フルの篠山の35キロ過ぎと同じ症状が出てくる。とうとう壁にぶつかった。先に見える55キロのレストステーションであるホテルグランディアサロマ湖の茶色の建物がなかなか近づいてこない...

グランディアサロマへの登りの途中で太平サブロー氏に追い抜かれる。TV局のクルーを連れて、「ここから先は距離は減るだけやから。ギャラが減るのはたまらんけどな」などと軽口をたたきながらさっさと先へ行ってしまった。サロ光はどうしたんやろ?

★55キロレスト(スタートから5時間56分)
当初予定通りよりもわずかに早く55キロのレストに入るが、もうかなりキテいる状態。エイドでフルーツと一口サイズのおにぎりを1ついただき、預けていた荷物を受け取る。気温が低いので汗まみれということはなく、またシューズを替えても左足裏の状況が好転するような気はしなかったが、じっと休んでいるとリタイアの誘惑に捕らえられそうであったので、シャツを着替え、ソックス、シューズを交換し、固まり始めた両足にたっぷりエアーサロンパスを吹き付ける。

レストステーションはごった返しており、出入りする大会車両も多く、騒々しくて落ち着くところではない(その方がいいんだろうが)。止まっていると体が冷えてきて、震えが出てくる。30分近く休んでようやくレストを後にする。

レストからコース上の最高標高点までの登りとなるが、吹きおろす風の冷たさにぞくっとする。モンベルのごく薄いウィンドブレーカーを着たり脱いだり繰り返しており、気温が低いこと自体はマラソンにはいい条件ではあるものの、消耗してくると低温は結構堪えるものだと感じた。

★60キロ(スタートから7時間6分、10キロラップ1時間50分(休憩30分ほど含む))
もうこの辺りから歩きが増えてくる。左足裏の痛みに加え、両足ともハムストリングスからひざ裏、ふくらはぎにかけて硬直してきており、時々ストレッチをするものの、状況は悪くなるばかりであった。

コースは再び国道を離れ、キムアネップ岬に向かう道に入り、海岸沿いの道を少し行ったところで65キロのエイド。ここで預けておいたエネルギーゼリー飲料を受け取る。ゼリー飲料はエイドでも何箇所かで配られていたので、特に用意しておく必要はなかったかもしれないが、それでも朝預けたものとの再会は、何とかここまで来た、という気がして少し感激(?)した。

65キロから先は通称「魔女の森」が始まる。快適な林間の道であるが、先がよく見えないため、いつになれば抜けられるのか不安になることからこのような名前が付いたらしい。このまま歩き続けると70キロの関門も危なくなりそうであったので、とにかく80キロのワッカの入口までは行こう、倒れるなら原生花園の中で倒れるのだ!、とテンションを上げて、ロッキーのテーマが聞えてきそうな勢いで走り出す。魔女の森だが、自分はここで力をもらった、とこのときはそう思っていた。

白帆エイド
<白帆の私設エイド手前>

★70キロ(スタートから8時間34分、10キロラップ1時間28分)

しかし、国道から湖岸道路に入ったところにある70キロの関門に何とか閉鎖10分前にたどり着くと、もうそこでほとんど足が動かなくなってしまった。ストレッチを入念にして回復を試みたが、ほとんど変わらない。だんだん歩くのもやっとの状態になってくる。足を使い切った状態というやつか、やはり魔女はいたんですね。

この辺りで空はすっきりと晴れ渡り、サロマ湖の美しい風景が展開するすばらしい道となり、はるか先に75キロのポイントである鶴舞リゾートの白い建物とその先のワッカ原生花園が見えてくる。

足の痛みに苦しみながら、歩き時々超スローランで何とか進んでいると、紺地に黄色の水玉のバンダナ、赤いシャツがトレードマークのアートスポーツ鈴木氏(Favorite Blog参照)に追い抜かれる。氏は毎年制限時間一杯でゴールされているので、氏に抜かれるということは完走の目がなくなったということか、と遠ざかる背中を見つめる。

サイドブレーキを目一杯引いてアクセルを踏んでいる状態というか、遅々として進まないままに75キロのエイドである鶴舞リゾートにたどり着く。すでに人気のおしるこはない。リタイア者用のテントがあり、2人ほど休まれていたが、まだ80キロの関門閉鎖まで1時間10分あり、とにかく行けるだけ行こうと先に進む。もうランナーの数は少なく、ぽつぽつと歩いている人影が遠くに見える。

しばらくすると道は右にカーブし、左手対岸にワッカ原生花園が広がり、多くのランナーが行き来しているのが見えた。本当に美しい風景だった。自分は今回はとうとうたどり着けなかったなぁ...

ワッカ

先を歩いていたランナーに追いつき話しかける。奈良県から来られたとのこと。ウルトラマラソンは国内にいくつかあるが、やはりサロマは別格で、しかも西日本から来るのは中々大変なので、実に残念ですね、と同じ思いである。

78キロ手前の水エイドに先客が数名おり、皆収容バス待ちとのこと。80キロまで行くか少し迷ったが、もう関門は閉鎖されているため、ここでレースを終えることにする。10時間11分、長い一日だった。

収容バスに拾われ、80キロの関門を経由してゴール地点へ運ばれる。バスを降りてタオルと食券をもらう。すぐ横はゴールで、ゴールするランナーたちが次々コールされている。芝生の上では完走メダルをかけたランナーたちがくつろいでおり、リタイアのみじめさをしみじみ感じる。宿舎へのマラソンバスの発車時間が迫っていたので、荷物だけ受け取り、着替えもせずそのままバスに乗る。

【アフターレース】

北見のホテルに戻り、シャワーを浴びて着替え、ようやく人心地がつく。札幌在住の友人が今回レースに合わせて北見に仕事で来てくれていたので、北見名物の焼肉(お店は「四条ホルモン」)で残念会。1週間ぶりのビールは結果にもかかわらずうまかった。

【感想】

完走がならなかったのは残念だが、走歴わずか8ヶ月でフルも2回しか経験がないことを考えれば、当然の結果と受け入れるしかない。家族や友人には80キロまで行ったのだからと言われるものの、ことわざではないが、80キロをもって全行程の半ばとするくらいでないと完走はむずかしいのかもしれない。今回はウルトラの入口をほんの少し見て戻ってきたというところであり、フルマラソンとはまた別の奥深さがあると感じた。

レースはさすがはウルトラの草分け、老舗であり運営はスムーズで、よく考え抜かれ実践されてきた歴史を感じた。ボランティアの方々の熱意には頭が下がり、エイドでドリンクや食べ物をすすめてくれる中高生たちの姿には、同じ年頃の子供の親として本当にうるうるしました。

来年こそは完走を目指したい!




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