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2021/07/05
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カテゴリ:⛳ SPORTS 🧤
​​​​​​​​​​ご冥福をお祈りいたします。
名球会入りの選手の中では地味だったが
言動は漢だったね。​




元中日ドラゴンズの大島康徳さん死去 70歳
中京テレビ 2021/07/05 17:07
1969年にドラフト3位で中日ドラゴンズに入団し、2度のリーグ優勝に貢献した大島康徳さんが6月末、亡くなっていたことがわかりました。70歳でした。
 大島さんはその後、日本ハムに移籍し、44歳まで現役を続けました。
近年はステージ4の大腸がんや肝臓への転移を告白。治療を続けながら野球評論家としての活動を続けていましたが、6月30日に大腸がんのため亡くなったということです。

がん闘病の大島康徳さんが70歳で死去 生前の「メッセージ」に
大きな反響 
2021/07/05 14:00 AERA
現役時代に中日、日本ハムで活躍し、日本ハムで監督を務めた野球解説者・大島康徳さんが6月30日に大腸がんのため死去した。70歳だった。葬儀は親族らによる密葬で4日に行われた。
 大島さんは16年にステージ4の大腸がんと診断され、17年に手術を終えたと報告。しかし、がんは肝臓や肺に転移して治療を続けていた。闘病中も自身のブログで病気のこと、家族への感謝の気持ち、野球に対する愛情あふれる思いを綴ってきたが、6月28日にブログの執筆が辛くなったことを報告。以後は夫人に代筆してもらっていた。亡くなる前日の29日のブログが最後の更新に。今月5日に夫人が、大島さんが生前に残した言葉を綴った。
「命には必ず終わりがある。自分にもいつかその時は訪れる。その時が俺の寿命 それが俺に与えられた運命 病気に負けたんじゃない 俺の寿命を生ききったということだ その時が来るまで 俺はいつも通りに普通に生きて自分の人生を、命をしっかり生ききるよ」
 ブログのコメント欄には、「いつも言葉のひとつひとつが心に響きました。生き切った。素晴らしい人生だったんですね。幸せな人生だったんですね。私も、この先そんな素敵な言葉を残せるような人生を送りたいと思います。有難うございました。心より御冥福をお祈りします(原文ママ)」、「大島さん、今貴方の言葉を読み胸に熱くこみ上げるものがあり何も言えません。貴方はとてもかっこよく自分の人生を生ききられましたね。私もあなたのように生きたいと心に強く思います。本当にありがとうございました(原文ママ)」など大島さんのご冥福を祈るメッセージが殺到している。
 大島さんは異色の経歴だ。中学時代はバレーボール部でアタッカーを務め、中津工業高校から野球を本格的に始めた。68年ドラフト3位で投手として中日に入団すると、野手に転向し、2度のリーグ優勝に貢献。83年には36本塁打で本塁打王のタイトルを獲得した。その後はトレードで日本ハムに移籍し、最年長39歳10カ月で通算2000安打を達成。94年限りで現役引退し、日本ハム監督、WBCの日本代表打撃コーチを歴任した。

 日本ハムの監督時代に担当記者を務めたスポーツ紙の記者はこう振り返る。
「野球に対する愛情、選手に対する愛情はすさまじいものがありました。打撃不振でスタメンから外した選手の精神状態を心配したことが印象に残っています。豪快に見えて、凄く繊細だった。裏表のない性格で誰からも愛されていました。まだまだ野球界に必要な方でしたが…。天国でゆっくり休んでほしいです」
大島さんの生きざまは私たちの脳裏に深く刻まれている。​​​​​






最終更新日  2021/07/12 10:14:02 AM
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