逢いたい 第44話
↑応援クリック↑をお願いします 「逢いたい」 第44話 翔の部屋に着くなり、インターホンを何度も鳴らす。 忙しなく、翔がいて欲しいと願いながら… 私の思いが通じたのか、まだ翔はそこにいた。 玄関が静かに開き、忘れたくても忘れられなかった姿が目に飛び込んでくる。「菜々…?」 私の顔を見て驚いた表情を見せた翔に、飛ぶ様に抱きついた。 勢いの余りに翔がバランスを崩し、玄関の中で倒れ込む。「痛っ…菜々どこかぶつけてないか?」 私の下敷きになった翔の方がよっぽど痛かっただろうに、真っ先に私の事を気遣ってくれる。 優しいところも、暖かい腕も何も変わっていない… 顔を上げて翔を見ようとしたところで、部屋の中に幾つかのダンボールが荷造りされている事に気が付いた。 やっぱり…翔は故郷に帰るというのは本当なんだ…「行かないで…」「え?」「私を置いて、どこにも行かないで…」 私の目から、涙が止め処なく溢れていく。「好きな事を仕事にするって、お魚の事?こっちじゃ出来ない事なの?故郷に帰らないと無理な事なの?」 まるで子供の様に泣きじゃくりながら、翔に捲くし立ててしまう。「お、おい、ちょっと菜々…」「だったら私も一緒に連れてって!もう翔と離れたくないっ!!」 きっと今までで一番素直な言葉を口にした。 少し翔は混乱しているようだけど、構わず首にしがみ付く。 すると翔の大きな手が、私の背中をゆっくりと擦った。「菜々、少し落ち着けよ…」 なんでそんなに冷静なの? もう私の事は待たなくて済むとでも思っているの…?「話の筋が読めないんだけど…?」「弘子から聞いたの…」「…何を?」「翔が…故郷に帰るって…」 その言葉を聞いた翔は眉を顰めて何かを考え始めた。 私には知られたくなかったのかな…「俺の故郷って…どこ?」 はぁ!? 聞きたいのはこっちの方なんですけどっ。 なんだか段々腹が立ってきた… そう思っているところで、翔の口から信じられない言葉が飛び出す。「俺の実家って…都内なんだけど?」 …えっ?「…仕事は?」「電気工事業。今のところ変わるつもりはないけど…」 ちょっと待って、混乱してきた…「じゃあ、なんで荷造り…」 そう問いかけた時、私のバッグから携帯の着信音が鳴った。 見てみると、弘子からのメールだった。『翔くんが仕事変える為に故郷に帰るっていうのは、全部ウソだよ~。私からのクリスマスプレゼント。捨てたものは、自分で拾いに戻りなさい!』 ……やられた。 またあのお節介女め… 少しの間、沈黙が流れる。 翔の顔を見てみると、なんだかとても楽しそうに笑っている。 なんだか居心地が悪くなり、翔にから離れようと顔を上げた時、翔の腕が強く私を抱き留めた。「…故郷に帰るなら、連れてっていいの?」 翔の顔が悪戯めいた表情に変わり、私を見上げる。 恥ずかしくて涙は引っ込み、代わりにどんどん顔が熱くなっていく。「ひ、弘子に騙されて…」「でも菜々の本心だろ?…無理矢理どっか故郷にしちゃおうかな」 もうその話は勘弁して欲しい… その上、翔に圧し掛かったままの体勢が尚更恥ずかしい。「翔…とりあえず放して…」「やだ。菜々の本心を聞くまで、絶対放さない。」 翔の瞳が、私を射抜くように見つめる。 その視線が、心の奥底から本心を引き摺り出していく。「…何か言う事は?」「……逢いたかった…すごくすごく翔に逢いたかった…」 再び翔の首にしがみ付くと、翔も苦しいくらい抱きしめ返してくれた。 もうここまできたら、素直になろう。 日を追うごとに、翔への想いは忘れるどころか募っていくばかりだった。 もう逢えないかと思っていた人に、やっとこうして逢えたんだから…「やっぱり私には翔が必要なの…」「…やっと素直になった」 嬉しそうに呟くと、大きなその手で頭を撫でてくれる。 いつもの、暖かくて優しい翔の腕の中…「俺も…ほんとはずっと逢いたかった」「ならどうしてすぐに来てくれなかったの?」 勝手な話なのは分かっているけど、すぐ逢いに来てくれたらこんな思いはしなくて済んだのに…「だって菜々意地っ張りだから、俺から行ったら突き放すだろ?」 私の顔を少しだけ持ち上げて、鼻を摘む。 確かに… あの後翔が来たとしても、もう来ないでって追い返したかもしれない。 自分の意固地さがそもそもの原因だった…「だから、菜々から俺に逢いたいって言い出すまで、弘子さんに協力してもらって様子をみてたんだ。…弘子さんにはどんなに感謝しても、し足りないな」 きっと先ほどの私の醜態の事も言っているのだろう。 翔の顔が含み笑いしている。 もう、暫くそのネタで揶揄われるんだろうな…「菜々、さくらの事なんだけど…」 翔の口がそう語りかけた時、翔の口に手を添えて言葉を止めた。「さっき偶然さくらさんに会ったの。…全部聞いた。あと、“今は赤ちゃんが出来て本当に幸せだ”って、伝言頼まれた…」「そうか…」 それを聞いた翔の顔が、柔らかく微笑んだ。 そして、まるで重い枷が外れたかのように、肩の力を抜いたように感じられた。「…さすがに、床の上だから背中が痛くなってきた」 翔は私の身体を抱えたまま起き上がり、そのままベッドの上まで連れていく。 ベッドの上に優しく横たわらせると、再び強く抱きしめた。「…こんなに痩せちゃって、また眠れなかったんだろ」「うん…」「ったく、菜々が何と言おうと一緒に暮らす事決定。一人にしておけないっての」 翔は深く溜息をつきながら、決心したように言う。「でも…私、すごい独占欲強いから束縛しちゃうよ?」「だから?菜々からの束縛なら大歓迎。それに…夜は俺の方が束縛ひどいよ?束縛っていうより…拘束のが近いかな」 相変わらずのすけべ加減に、なんだかホッとする。 …言葉の意味はホッとしてる場合じゃないんだけど。 そういえば…「ねぇ、翔…どうして荷造りしてたの?」「…笑わない?」 翔の顔が一瞬にして照れた表情に変わった。「前に一緒に暮らそうって話した後、菜々悩んでるみたいだったから、強行で押し掛けようかと思って荷造りして…そのまま」 翔の話に噴出してしまう。「そんなに一緒に暮らしたかった?」「俺は菜々の安眠枕だろ?菜々は俺の抱き枕」 私の頭を抱き寄せ、額に頬を擦り付ける。「翔…私の事、許してくれるの?」「許すも何も…俺、菜々と別れるつもりないし」 翔の言葉の嬉しさに、思わず顔が緩んでしまう。「だいたい、本当は別れたくないのに意地張ってるだけのヤツの言う事なんか誰が聞くかっつーの」 翔の唇が額から頬を伝って、口角で止まる。 暫くそのまま動かない翔の顔を見上げると、すぐ目の前にある熱の篭った瞳と視線が絡まった。「意地っ張りで、我儘で、だけど本当は泣き虫で…俺の知ってる菜々は、年上とは思えない程かわいい女の子だよ…」 女の子なんて年じゃない…前にもそう思った事があった。 否定したくてもその言葉が嬉しくて… 翔の瞳が薄く閉じられ、翔の唇が静かに合わさる。 角度を変えて幾度か優しく触れるだけのキスをすると、翔の指先が私の唇を撫ぜた。「…それに、こんなに俺を掻き立てるのは、菜々しかいないって言ったろ?離れれば離れるほど、菜々が欲しくて堪らなくなる…」 再び触れた唇から、翔の舌が侵入してきて歯列をなぞる。 久しぶりの深い口付けと、翔の熱い腕の中でもう何も考えられなくなる。 変わらず心地いい翔の腕の中。 安心して、眠くなる… どうしてこんなに優しい腕を、手放すことができたんだろう…「菜々…?もしかして眠くなってきた?」 おとなしくなった私の様子に気が付き、顔を覗き込むと静かに微笑んだ。「うん…ごめんね…」「いいよ、とりあえず今は少し寝てろ」 いつもの様に腕枕をしながら、翔の手が頭を撫でる。「菜々の実家どこ?」「ん…?それこそかなり田舎だよ…」「そっか…じゃ、一緒に暮らす前に一度挨拶に行かないとな…」「…うん…」 安心と、その腕のあまりの暖かさと…耳元で優しく囁く翔の声が益々眠気を呼び寄せる。 なんだか翔が嬉しい事を言ってくれているようだけど、睡魔に襲われた私にはもう処理しきれなかった。「俺の実家にも連れていくからな」「…うん…」「菜々…もう離れようと思うなよな」「…ん…」「…おやすみ。起きたら覚悟しておけよ…」「……」 結局、年下の筈の翔に振り回されっぱなしで…というより、一人でバタバタしていたようで、なんだか悔しくなってしまう。 いつか…いつかは振り回して参りましたと言わせてみせなきゃ。 そんな事を遠退く意識の中で考えて、2ヵ月ぶりの安息の時を得る為に、一番大切な人の暖かい腕の中で眠りに落ちた。 (完) 最後まで読んでくれてありがとう↑最後に↑ここを↑押してね↑ありがとうございました