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万人のための美術史 森耕治

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2021.11.11
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カテゴリ:美術

「羊の群れ」 シャルル・エミール・ジャック 1861年 オルセー美術館

 

これは「羊飼いの画家」または「羊のラファエロ」の異名を持つ、バルビゾン派の画家シャルル・ジャックの代表作「羊の群れ」、副題「羊の群れを草原に連れ出す羊飼い」です。シャルル・ジャックは、元々版画家と言う経歴を生かして、羊たちを非常に正確かつ生きいきと描き出しました。彼の作品からは、羊たちへの溢れんばかりの愛情と優しさが、草原の春風と共に伝わってきます。


 こんな優しい絵を描いたシャルル・ジャックですが、フランス陸軍の軍人として、修羅場をくぐりぬけて来た経歴がありました。1830年にベルギーはオランダから独立しましたが、納得しなかったオランダ国王ウィレム1世は、2年後にベルギーに出兵して、再占領を企てました。そこでベルギーの初代国王レオポルド1世の要請に答える形で、フランスは「北方軍」を送って、オランダ軍が最後まで籠城したアントワープ要塞を包囲して、183212月に、24日間の戦闘の末、陥落させました。この「北方軍」の兵士だったのがシャルル・ジャックです。パストラル{牧歌)のような画面からは、想像できない画家の経歴です。

 彼のもう一つの功績は、1849年に、コレラが蔓延していたパリから、ミレー一家を誘ってバルビゾンに移住したことです。それ以後、バルビゾンを去る1854年まで、ミレーとは、「一緒に畑や森を探索して歩いた」お隣さんの関係でした。

 ミレーの親友であり、彼の伝記を書いたサンスィエにミレーが送った18496月の書簡には、この様に書かれてあります。(「ミレーの生涯」サンスィエ著、井出洋一郎監訳)「ジャックと私はしばらく当地に滞在することに決めた。二人共結局家を借りてしまったのだ。物価はパリに比べて極めて安く、パリに出ようと思えば、大した時間もかからずに行ける。とりわけここの風景が素晴らしい。パリにいるときよりもずっと静かに制作に打ち込めるだろうし、もっと良い物が描けると思う。要するに、ここにしばらく暮らしてみたいのだ」。結局ミレーは、この「しばらく」が、その後60歳で死ぬまで、26年間もバルビゾンで暮らすことになりました。

 

「画面概説」

絵の舞台は、バルビゾン村の近くに広がる、広大な平野です。バルビゾン村の付近には、今でも地平線の見える平野が広がっています。季節は、ようやく温かくなり始めた4月中旬ごろでしょう。緯度の高いパリ近郊は、日本と比べると。やや寒冷で、3月末でも、平均気温は13度くらいです。

ところで、非常に見落としやすい点ですが、今も変わらない平野とはいえ、一つ根本的に変化した点があります。画面上の草原には全く柵がありません。だから羊飼いと羊の群れは、草を求めてどこにでも移動できました。でも20世紀から、フランスの農地は、いたるところに柵が設けられて細分化されてしまいました。また道路脇は、必ず木製の柵や鉄条網、場合によっては家畜が逃げ出さないように、電流を流した電線が張られています。その為に、昔のように、羊飼いが、群れを連れて草原を歩き回るということは、物理的に不可能になってしまいました。

もう一度画面に注目してください。春になって、地面はようやく草で覆われ始めましたが、まだあちらこちらに、土がむき出しになっています。そこに、春の訪れを待ちわびていた羊飼いが、麦わら帽子に長い杖を手にして、数十頭の羊を連れて、草原に出てきました。牧羊犬も一緒です。羊飼いと犬は、これから進もうとする方角を眺めていて、彼らの視線が、さらに画面に広がりを与えています。


 羊たちに視線を移しましょう。この羊たちは、スペインが原産地のメリノスと言う品種で、第一帝政期に、ナポレオンによる大陸封鎖令によって、英国とその海外植民地から羊毛とコットンの輸入が困難になったために、ナポレオンがスペイン産の羊メリノスの輸入を促進しました。

羊たちは、冬の間、狭い家畜小屋に閉じ込められていたので、自由の身になって、新鮮な牧草を食んでうれしそうです。先月生まれたばかりの子羊たちは、まだ身体が真っ白で、お母さん羊に寄り添いながら歩いています。羊たちは、夏になる前に、伸びた羊毛を刈り取られることになります。


 この羊たちは、一匹いっぴき、実に細部までリアルに描写されているうえに、各々が向いている方向も表情も違います。「羊飼いの画家」と言う異名に相応しい、卓抜した描写力です。1870年代に流行したナテュラリスム、自然主義絵画の先駆けと言っても過言ではないでしょう。写真は、ナテュラリスムの巨匠ジュール・バスチャン・ルパージュの代表作「干草」です。


 ルネッサンスから「羊飼い」や「子羊」は、イエス・キリストの寓意として画家達に何万回も繰り返し描かれました。しかし、シャルル・ジャックは、羊を宗教的な意味合いから断ち切って、自然の中で、農民たちと生活を分かち合う動物たちとして、愛情たっぷりに表しました。またそこには、産業革命と、急激な都市化によって、永久に失われてしまった、のどかな農村生活へのノスタルジーも感じられます。

 






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最終更新日  2021.11.11 20:35:08
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