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万人のための美術史 森耕治

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2021.12.19
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カテゴリ:美術

「力」 ボッティチェリ 1470年 テンペラ ウフィツィ美術館


 ボッティチェリの作品中、来歴が明確な最古の作品が、この「力」です。日本では「剛毅擬人象」(ごうきぎじんぞう)という、イタリア語の原タイトルFORTEZZAと、テーマ本来の持つ意味合いから逸脱した作品名で知られています。またボッティチェリが、他の画家との実力の差を見せつけた出世作でもあります。


 この作品は、フィレンツェのシニョリーア広場にある、商業裁判所法廷で、裁判官が座る7脚の椅子の背もたれの装飾として制作されました。最初は、7脚全部の装飾が、フィレンツェの別の画家ピエロ・デル・ポッライオーロに発注されましたが、最後の「力」が納期遅れとなってしまいました。そこで、フィレンツェの僭主ピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチの参事でもあった、商業裁判所判事のトンマーゾ・ソデリーニがボッティチェリを推薦して、「力」が制作されました。作品の上部が、非常に変わった形状になっているのは、画面そのものが、大きな椅子の背もたれだったからです。

「七つの美徳」

ところで、当初商業裁判所がピエロ・デル・ポッライオーロに発注した7点に共通するテーマは、「七つの美徳」でした。これは、過去の巨匠達がしばしばテーマとしました。最も有名な作品は、バチカン宮殿の「署名の間」にある、ラファエロの壁画「美徳のアレゴリー」です。作品の理解を深めるために、まずこの説明から始めます。


 「7つの美徳」または「七元徳」(しちげんとく)と呼ばれる概念は、カトリック教徒が、日々の信仰生活の中で、順守すべき7つの心構えのことです。時には「七つの大罪」(傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰)と対比して説明されます。

つまりフィレンツェの商業裁判所では、裁判官たちは、これら「7つの美徳」に基づいて、裁決を下すということです。ただ私なら、巨匠が描いた直筆の作品を背もたれにして座るなどと言うことは、到底できません。

「7つの美徳」のうちの最初の4つは、「枢要徳」(すうようとく)とも呼ばれていて、(英語のCardinal virtues)知恵、力(勇気を含む)、節制、正義からなります。この4つの美徳は、古代ギリシャの哲学者プラトン著の「国家」第4巻中に、次のように表されています。「この国家は知恵があり、勇気があり、節制を保ち、正義をそなえていることになる」

「7つの美徳」の最後の3つの要素は、「対神徳」(仏語ではVERTU CATHOLIQUE、カトリック的美徳)と呼ばれていて、信仰、希望、愛(慈悲を含む)です。新約聖書の、「愛は忍耐強い、愛は情け深い、ねたまない」の言葉で有名な「コリント信徒への手紙」第1313節に書かれた「それゆえ、信仰と希望と愛。この三つは。いつまでも残る。その中でも最も大いなるものは、愛である。」が、対神徳の主要典拠となっています。

「画面概説」

最初にライバルのピエロ・デル・ポッライオーロが受注した「七つの美徳」のうち、納期遅れとなって、ボッティチェリが制作することになった「力」は、考えようによっては、最も表現しにくい寓意です。なぜなら、ポッライオーロは、他の6つの美徳を、玉座に座した女神像として表していて、各々の違いは、手にしたアトリビューション(役割を示す持ち物)でしかありません。

 例えば「信仰」では、女神は左手に十字架を、右手にカリス(聖杯)を持っています。これなら人体のプロポーションが異常であっても(下半身が大きすぎて、頭が小さすぎる)、また蝋人形のような血の気のない表情であっても、見る者がテーマを見間違うことはありません。



 また「節制」においては、女神が、ワインの入った大きな碗に、水差しから水を注いで薄めています。非常に明快ですが、見る者によっては、「禁酒」または「アルコールを控える」戒めと勘違いしかねません。



 反対に、ボッティチェリが得た美徳のテーマ「力」(勇気)は、不正や異教徒に対する戦いを暗示していて、それを、のんびりと玉座に座った女神像で表せと言うのは矛盾しています。この困難さが、もしかするとポッライオーロが「力」を納期切れにしてしまった原因かもしれません。しかし、この難題を、ボッティチェリは、見事な表現力で克服して、ライバルとの力量の差を見せつけました。

 まずボッティチェリは、ポッライオーロが背景に使った、誇張されすぎた線遠近法によって、女神像を前に押し出すという空間処理を緩和した上、むしろ勝利を確信した女神の力強い表情と、左足を半歩前に出させたポーズによって、女神が見る者の方に迫ってくる効果を生み出しました。




 また戦場の指揮官が持つ指揮棒を、女神に両手で握らせて、知恵と戦争の女神であるアテナ神を想起させる甲冑を着せました。また細部まで丹念に描き込まれた甲冑と、玉座に施された浮彫は、ボッティチェリが、画家修行の前に、一時期、金細工師のアトリエで奉公していたことを思い起こさせます。


また同時期か、直後に制作された代表作の一つ「ユディトの帰還」で、敵将の首を切り落として、堂々と帰還する女傑ユディトの表現は、「力」で描いた女神像が、その下敷きになったと思われます。



MORI KOJI 2021.12.19






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最終更新日  2021.12.19 12:46:47
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