フロリダより、愛を込めて! 全盲の娘の子育て日記。

6. 幼稚園入園までの頃

6. 幼稚園入園までの頃                       

 義眼が入ってほっとしたものの、つぎなるハードルが待っています。人生は不思議なほどに、なにか最初から計画を立ててスタートしたような気がしてなりません。娘が今度は幼稚園に入る頃になると、さて、どのような教育が一番彼女のためになるか、全盲の娘は見えていないことで、普通の子供より2歳ぐらい発達の遅れが感じら、健常児とわけ隔てなく育てたい気持ちは強いものの、初めての集団生活についていかれるのか不安でした。特に上の娘は小さい頃から明朗活発で、気が早いのかハイハイをスキップして口と両手でベビーベッドのはしを握っては立ち上がり、9ヶ月の頃にはよちよち歩きをしていた程なので、全盲の下の娘の発達のペースには、いささか心配になりました。それでも、着実に毎年すこしでも発達していたのですから、長い人生において、幼少時の発達の個人差にはそれほど神経質になることは無かったのかもしれません。それに、障害の程度によりどこまで発達するかも、その子の個性と呼べるかと思います。それぞれの子供の能力を最大に生かしてやる、そこが重要なのかもしれません。友人家族にも良くいわれました。”他の子供と比べちゃいけないよ。娘さんのペースを大切にしてあげてね。”でも、育児の渦中にいると、それがなかなか冷静に考えられないものです。ついつい、他の健常児や、他の視覚障害の子供たちと比べては、日々あせる私がありました。これまた、多いに反省するべき点であります。

 娘が生まれて、たしか盲児の育て方といった本を読んだ覚えがあります。まず、家の中にはとがった家具など置かないようにすること。沢山話し掛けて、また、赤ちゃんマッサージなど、刺激を沢山与えてあげること、などが書かれていたように思います。心臓に心室中隔欠損を持つ彼女はとにかく青白く、細い赤ちゃんで1歳でやっと7キロ弱と常に10%の発育ラインを下回っていましたが、それでも、身軽な分、よく体を動かしていました。 (ちなみに、娘は1997年にアメリカで心臓の手術を受け、心室にあった裂け目をきれいにふさいでもらいました。その後の発育振りには親の私たちも驚くほどで、今ではクラスでも背の高い方です。) ハイハイも目の前の目標物が在りませんから、ぶつかっても一番痛くないように本能が働いてか、頭を床につけ、両足を伸ばして後ろに進むハイハイでした。家の中にとがった家具を置かないとの忠告は我が家では守りませんでしたが、特に頭をぶつけることもありませんでした。身軽なことが幸いしていたのかもしれません。また、娘が幼稚園にあがる頃には、ストーブ、裁縫道具、アイロンなど、電源の差込口など危ないものもあえて触らせて説明しました。何が危険が学ぶことにより、娘は以後そういったものへ注意を払うようになりました。

 伝え歩きができる頃になると、家中あちこち探検の始まりです。なんでも、触って感じてほしかったので、彼女のために物を整理整頓することはあまりしませんでした。我が家を知ってる人たちは、そのももの多さを今でも覚えていると思います。娘は形のはっきりしない、ぬいぐるみのようなものには全然興味をもたず、キッチンの流しの下の扉を開けては、なべやら大きなスプーンやら出して遊ぶのが好きでした。一つのオモチャに興味を持つと、30分でも1時間でもそれに熱中して手で触ったり、一番敏感だと言われている口の周りで触れたりして遊んでいました。二階家に越してかは階段の上り下りが楽しかったらしく、けらけら声をたてて笑いながら一日に何度も上っては降り、上っては降りを繰り返しました。それが、だいたい3ヶ月続くと、次は階段の上から大きな人形を投げ落としては、落ちていく音を楽しみ、また下へ降りて拾っては上まで上りまた落とすといった、次なる遊びへと移って行きました。

 一つ困ったことは、娘が1歳になるころまで、彼女の中で昼と夜が殆ど逆になっていました。昼間ぐっすり昼寝をして、夜になると活発になり、一晩中泣いたり遊んだり。どうしても、直りません。動きが活発になる1歳の頃には、なんとかきちんと夜眠るようになりましたが、それでもたまに何かの拍子に夜と昼が逆になるのです。1歳半の頃、丁度雨戸の存在を発見した頃です。夜中に突然、”ガラガラー、ゴロゴロー”と雨戸を開け閉めするけたたましい音が響きわたりました。 何とか寝付いたと思った娘が実は元気一杯に、小さな体の力を振り絞って雨戸を開けたり閉めたりしながらその音を聞いては、けらけら笑っているのです。これが何日か続いた時には、本当に閉口しました。又、ソファーの上でのトランポリン。背もたれに両手を乗せてバランスをとりながら、ひょこひょこ、ソファーの上ではねるのが大好きでした。家にあったセクションソファーは一つスプリングがいかれ、また一ついかれ、とうとう、最後の一つがだめになる前に、小さな体操用のトランポリンを買いました。わたしには目を閉じてその小さなトランポリンの上で落ちずに飛ぶことは、不可能に近いことでしたが、娘は不思議と何にも触らずに上手にバランスをとり、さらにはトランポリンの上でぐるぐる回転しながら30分でも1時間でも飛んでいました。幼稚園に入った頃には、ぶら下がり健康棒を相手に、ぶら下がったり、バーの上に両足でたって天井につかまったりとかなりのアクロバットを楽しんでいました。言葉は遅かったものの、根っからの運動好きだったようです。 

 全盲である娘は、小さい頃、高さに対する知識や恐怖心が全く無かったようです。家の階段の一番上の手すりにつかまっては、今にも落ちんばかりに、足をぶらぶらさせて、ダンスを踊り、私たちをひやひやさせました。2階の子供部屋で遊んでいる時に、庭にいる主人の声を聞いた時には、2階のベランダの策の間から頭をだして、主人の声の方へ行こうしているのを見つけ、あわてました。さらに4歳の頃の小春日和の日に、2階の部屋の高窓の窓枠をつかみ、手すりの上に立ち上がっている姿を、外から見つけた時には、私の心臓は止まりそうになりました。声を出さずに大急ぎで、2階へ駆け上がり、2度と娘にはやらないように注意しました。高さの恐怖を学んだのは、階段を2階からどどどどどーんと転げ落ちてからのようです。体で覚えるとは、将にこのことです。何しろ、動くことが大好きな幼少時代をすごして、その後の娘は友達づきあいに未だに苦労しているものの、スポーツは大好き。アメリカに越してからも、大きなトランポリンはもとより、自転車乗り、ローラーブレード、カイヤックと何でも怖がらずに挑戦しています。

 娘が幼稚園にあがってから読んだ、盲児の育て方の本には”子供が一人で遊んでいると思って、ほったらかしにせず、過保護なぐらいに、沢山話し掛け一緒に遊んであげなさい。”と書いてあり、私はその時になり、しまったと後悔したのを覚えています。娘が一人で遊んでいるから、ついついその間に家事を片付けよう、夕食の支度をしようと、全盲の娘を一人にしておいたことが多かったように思います。でも、見えない分、家族が彼女の目となり、家の中で起こっていること、外の景色、細かすぎるぐらい説明し、又一緒に遊んで話し掛け刺激を与えることは、特に幼児期にはなくてはならないことだったと思います。それが、娘には足りなかったかもしれません。話し始めるのが遅かったのも、一つにはそれが原因がもしれません。また、お友達と遊ぶ事は未だに苦手です。何でも、集中しまた、1人で何時間も遊ぶ事が小さい頃から好きだったので、どうやって友達と遊んで良いのか、何を話題にしたら良いのか、その辺が難しく、今でも戸惑うことがあるようです。また好奇心は旺盛だったものの、幼稚園にあがってから、先生や他人から遊び方をあれこれと指導してもらうことを、非常に嫌いました。”わー!わー!”と言ってすぐに声をあげて怒るのです。先生は根気良く、それをたしなめ、他の遊びを紹介していってくれ、彼女も段々とおもちゃに関して人の指導を大人しく受けるようになりました。それから、家族以外の人との接触も最初は非常に怖がり、外に散歩に出て、近所の人に”おはよう、ミッシェルちゃん”と声をかけられただけでも、”ぎゃー!”と声をあげて嫌がるのには、私は穴があったら入りたい心境でした。私が思うには、性格によるところも大きいかと思いますが、目が見える人には回りに誰がいるか、黙っていても解りますが、娘にしてみれば、存在が解らないところで突然声をかけられて、驚いたのではないでしょうか?また、3歳頃までの娘にとっては母親の私との二人の世界が、なによりも素晴らしくまた、生活の全てであったのかもしれません。その世界にお姉さんを受け入れ、そして、父親を受け入れ、徐々に、ゆっくりと、他人を自分の世界へと受け入れて、自分の世界を広げて行ったのだと思います。幼稚園でも、先生がおっしゃっていましたが、娘は気をつけて危なくないように歩いてくれるお友達としか、手をつないぎたがらなかったそうです。この人なら安心だと信頼できるまで、他人を受け入れない事は、全盲の娘にとっての防衛本能だったのかと思います。今でも、新しい先生に代わるたびに”OO先生のことはまだ知らないから、緊張する。”と言って、とても神経をとがらせます。そんなときは”いいんだよ。ママだってOO先生のことはまだ、良く知らないよ。でも、とっても優しそうな先生だよ。ミッシェルのことが好きだから、厳しいことも言うかもしれない。知るまで一年かかったっていいじゃない。先生だってミッシェルのこと知らないよ。緊張しない!”と言って励ますと、娘も安心するようです。また、見えない分、声の調子からか、または手の優しさから、娘は人の心も良く感じています。




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