フロリダより、愛を込めて! 全盲の娘の子育て日記。

7. 大切なお姉ちゃんの役目


7. 大切なお姉ちゃんの役目                  

読者の方からミッシェルのお姉ちゃんの事も書いてみてはとのメールを頂きました。上の娘には申し訳ないと思いつつも、私はミッシェルが生まれたその時から私の時間の多くを彼女のために費やすことになりました。子供全員に同じように時間をかけてやれれば、それに越したことはないのですが、障害を持って生まれたミッシェルには病院通いを始め、何を教えるにも何倍も時間がかかりました。その反面、ありがたいことに、上の娘は小さい頃からとても、物分りが良く一度説明するとすぐに理解をし、私の手伝いはもとより、ミッシェルの面倒もとても良くみてくれました。そんな訳で、ミッシェルが生まれた時、まだ2歳と4ヶ月だった上の娘は、私に抱っこされることも殆どなくなり、時間に追われてあちこち移動する私の後ろ姿を、べそをかきながらも一所懸命についてきてくれました。

子育てに完璧ということは決してありません。皆、悩んだり失敗しながら、日々の子育ての中から親としての自分の学びを得ているのはないでしょうか。壁にぶつかったら、少し壁から顔を離して視野を広げると、周りが見えてくるものですよね。一つ試して、うまく行かなかったら、自分は親としてだめだ-とか思わずに、もっとさっぱり考える努力をして、また別な方法を探せばいい。あまり、深刻になり過ぎないことですよね。、、、とは言っても、我が子の事となると、知らず知らずの内に心配事が頭一杯に広がり、24時間そのことばかり考えてしまう。ついつい他の子供と比較したりして、悩みを大きくしてしまうのが、親の常。それを執着と言うそうです。無駄な執着は捨てるべきです。身軽にして、先に進む事です。その子の人生を、その子の個性と才能を活かして、その子にとって幸福な人生を送る。そこをついつい忘れてしまう親って多いのではないでしょうか、、、。自分の人生を生きてこそ、最高の幸せ。他の人に代わって他の人生を生きることは出来ません。だから、”足ることを知り”子供にとって、なにが幸福な人生か考えることも必要です。 、、、 話が少しづれましたが、成績優秀な上の娘と、学校嫌いで成績はちっとも振るわない下の娘と言う二人の正反対な子供を育てながら、最近つくづく感じる事です。

さて言う私は母親失格だと思ったことが何度もあります。でも、子供はそんな時でも常に親の愛を100%信じてついてきてくれます。「あなたの命は今日限りです。」と宣言されて、はたと今までの人生を振り返り、涙がでないようでは人間ではない。と言われたことがありますが、上の娘に対しても、今振り返ると反省の連続でありました。もっともっと、抱っこをしてあげるべきだった。もっともっと話を聞いてあげるべきだった。もっともっと、優しい口調で話しかければよかった。と上げたらきりがありません。でも、よく、ここまで曲がらずに育ってくれたと思っています。きっとミッシェルと同様、一大決心をして生まれてきたのかもしれません。ただ、ひとつ私が努力してやって来た事は、夜寝る前に本を読んでやることでした。その時は、親子3人川の字になって、笑いの絶えない楽しい時間でした。

子供の素晴らしさの一つは、先入観や偏見を持たずに、素直に愛を表現できることではないでしょうか.。ミッシェルが生まれた時の上の娘の喜び様を今でも覚えています。 生まれてすぐに、目にシリコンをいれ始めたので、目から白いシリコンの柄が飛び出ているのですが、上の娘は、会う人、会う人に ”私の妹、ミッシェル、かわいいでしょ? かわいいでしょ?”と心の底から妹をいとおしみ、自慢していました。当時2歳と4ヶ月だった上の娘には、”目が無い”事は何ら重要でもなく、妹を愛することとは、何の関係も無いことでした。 私はその娘の姿から何度となく、勇気を分けてもらいました。あの、底抜けに明るい娘がいてくれたから、頑張れたこともありました。それから12年。ミッシェルにとって、お姉さんはなくてはならない存在の一つであります。

まさにティーンエージャーの反抗期真っ只中の上の娘ですが、良しにつけ、悪しにつけ、ミッシェルはお姉さんから学ぶことが多いようです。いつの間にか、私の知らないミュージシャンの名前や歌も覚えたり、マニキュアやらイヤーピアスもつけたいと言い出し、(ちなみに、アメリカでは、幼児の頃からイヤーピアスをつける子供が多く、マニキュア・お化粧も中学生ぐらいからつけ始める子も多いのが現実。上の娘はスポーツに熱中してるので、お化粧はしてませんが。)、又、お姉さんに髪の毛を編んでもらうのが大好き。ミッシェルが幼児の頃に受けたアドバイスには”目の見えない女の子は、子供の頃からおしゃれに関心を持たせる事が大切だ。”とありました。 見えない分、自分がどんな格好をしてるか、どんな風に人に見えるかを教える事も、必要です。話は少し飛びますが、盲学校のリーディングの指導のアリーシャ先生は5歳位で視力を失った方ですが、いつもとてもおしゃれで背筋もすっと伸ばし、見えている私たちよりもはるかに優雅に歩かれます。娘を含めて、全盲の人は、ついつい頭を下げて、つまり下を向いている人が多いのですが、その先生はまったくそのそぶりがありません。何気なく、先生に尋ねると、”私が10歳ぐらいの時に、母が無理やり私をモデル養成クラブへ入れたのです。そこで、一週間に一回歩き方の練習をし、また家に帰っても頭に本を載せて落とさないように座る練習をさせられました。最初はいやでしたが、今では本当に感謝しています。”との返事。モデル養成クラブとは恐れ入りましたが、それも、母親の知恵だな、と関心しました。

上の娘は、妹のことではめったに泣くことはありません。姉妹喧嘩もあまりしませんが、一度だけ心を痛めて泣いた事がありました。それは、家族で旅行に出かけた時のことです。アメリカのリゾート地には親が息抜きをできるようにと、子供を預かってくれるサービスをしているところが多いのですが、私たちも当時11歳と9歳の子供たちをそのプレールームに子一時間預けることにしました。家ではとても面倒見の良いお姉さんなので、私も心配せずに二人をスタッフの方に預けました。暫くしてプレールームに戻る途中、向こうから娘二人が泣きながら歩いてくるのです。訳を聴くと、ミッシェルが、プレールームでの遊びが面白くなかったらしく、頑固な性格も手伝って、だだをこねだしたらしいのです。スタッフの人はきっと盲児の事はあまり知らなかったのでしょう、上の娘は何とかミッシェルをなだめ様と、自分が楽しむことはあきらめ子守りに徹したようでした。昔は泣いたら泣き止まない娘でしたので、きっと上の娘は恥ずかしさで一杯だったことでしょう。”もう、二度とミッシェルの子守りはしない!!”と泣きじゃくる11歳の娘をぎゅっと抱きしめるのが精一杯でした。

見えないミッシェルにも、この社会で生きて行くことは、相当なストレスでしょう。でも、家族にとっても、けっこう”まいった!きついなー!”と思う時があります。しかし、環境のせいにしても、ましてや人のせいにしても、仕方ありません。やはり、きつい時こそ、笑顔で頑張る。それが一番の方法のようです。 お姉ちゃん、これからも皆で頑張ろうね!それに、マミーもダディーもいつもお姉ちゃんの事も心から応援してるよ!



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