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カテゴリ:日本国の生い立ち
「和を以て貴しと為す」の考えが、終戦前の日本にはしっかりと根付いていたことを、再認識しました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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杉原千畝の行為は立派ですが、彼の行為が戦後どのように外務省=国家ないで評価されたかと思うと、
義を重んじた多くの日本人を誇りに思います。 と、単純には思えません。 (2021.02.22 09:58:21)
そういう史実があったことは知りませんでした
杉原千畝の処置もそういうバックグランドがあったのですね 救われた気分です。 一抹の疑念は当時の日本の立場での人種差別は黄色人種vs白色 人種間の不平等で白人vs有色人種の意識があったのでしょうか。 中国人や朝鮮人に対する意識を思い出しますと疑問がわいてきます。 (2021.02.22 11:46:47)
maki5417さんへ
書き込みありがとうございます。 仰る通りだと思います。 私も杉原千畝の戦後のことを調べたことがありますが、どうも、事実がはっきりしません。はっきりしていることは、ユダヤ人に対するビザ発給後も、7年間チェコスロヴァキア、ドイツ、ルーマニアで7年間に渡り外務省で勤務し、昇給も昇進もし、1944年(昭和19年)に勲章(勲五等瑞宝章)を受章していることです。もちろん、外務省退職時の退職金や年金も支給されています。 実際に、どのようなことがあったのか、もっと、証拠に基づいた事実が必要だと思いました。 いずれにしても、迫害された多くのユダヤ人をウラジオストックで日本行の船に乗船することを許可し、本土側も彼らを日本の地に上陸させた事実はすごいと思います。 (2021.02.23 15:05:48)
rakuten0811さんへ
書き込みありがとうございます。 そもそも日の人は、肌の色の違いによる差別感は小さかったのだと思います。飛鳥、奈良時代にも、たくさんの人々が西アジアから来ています。それぞれ、日本で活躍しています。また、織田信長も、黒人を武士待遇にして家来にしています。 それでも、中国人や朝鮮人に対する差別意識ということが良く言われていますので、私は、その辺の状況をもう少し掘り下げたいと思っています。そのためには、日本による朝鮮併合時に存在していた当時の朝鮮の身分制度、良民、賤眠制度がどのようなものであったのかを調べる必要があると感じています。 (2021.02.23 15:55:10)
GKenさんへ
事件の責任を問われて47歳でクビです。 その後はつらい人生だったようですね。 参議院事務局、連合国軍の東京PXの日本総支配人、米国貿易商会、三輝貿易、ニコライ学院講師、科学技術庁、NHK国際局などの職を転々。1960年(昭和35年)に川上貿易のモスクワ駐在員、1969年(昭和44年)に蝶理へ勤務、1971年(昭和46年)からは国際交易モスクワ事務所長などを務め、1978年(昭和53年)に国際交易モスクワ支店を退職して日本に帰国した。 (2021.02.26 23:31:45)
maki5417さんへ
書き込みありがとうございます。 杉原千畝は、おそらく外務省の意向に沿って退職を決めたようですね。 私がすごいと思うことは、ユダヤ人が日本に上陸するためには、ビザの発行のみならず、ソ連の通過、日本へ向かう船への乗船、日本での上陸許可等のハードルがありますが、当時の役人が、全てのハードルで、ユダヤ人を助けたことです。これら多くの人の助けがあったからこそ、ユダヤ人が日本へ入国し、第3国へ出国することができたわけです。ドイツと同盟を結んでいながら、このようなことをした人道的な行いに感動です。 (2021.02.27 20:00:07) |