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2021.02.22
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カテゴリ:日本国の生い立ち


川で食器を洗う子供たち↑(
1977320日、北西辺境州、パキスタン)

「和を以て貴しと為す」の考えが、終戦前の日本にはしっかりと根付いていたことを、再認識しました。
 日本には、ヨーロッパの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入れることが、1938年の五相(内閣総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣、大蔵大臣、外務大臣)会議により決定し、政府の方針として定まった事実がありました。
 
また、その前年の1937年に、満州で開かれたユダヤ人大会の席上、陸軍少将樋口季一郎がドイツの反ユダヤ政策を激しく批判する演説を行っています。1936年に日独防共協定を締結していたこともあり、樋口の演説に対して、ドイツから抗議を受けていますが、時の関東軍参謀長であった東條英機は、樋口を擁護するため、ドイツからの抗議を無視しています。
 そもそも、日本は、人種差別撤廃を従来から主張していて、第一次世界大戦後の1919年に行われたパリ講和会議の国際連盟委員会で、日本は、「国際連盟規約中に人種差別の撤廃を明記するべき」という提案をしています。これは、国際会議の場で人種差別撤廃の主張が世界で初めて行われた歴史的出来事です。(なお、この提案は17か国のうち11か国の賛成多数となりましたが、この結果を見た当時の議長であったアメリカ合衆国大統領ウィルソンは、この案件は全会一致の必要があると主張し、結果が覆されてしまいました。)
 
「和を以て貴しと為す」や「八紘一宇」の考えが、終戦前の日本にはしっかりと根付いていたことが、杉原千畝が発給したビザを無効として扱わず、日本へ向かう船へのユダヤ人の乗船を許可し、日本への上陸を認めたことに繋がっています。同盟国ドイツによるユダヤ人迫害という極限的な局面においても、義を重んじた多くの日本人を誇りに思います。

Bon appétit !
 On April 11, 1919, Makino stated the Japanese plea for human rights and racial equality. The British representative Robert Cecil spoke for the British Empire and addressed opposition to the proposal. French Senator Léon Bourgeois urged its adoption and stated that it would be impossible to reject the proposal, which embodied "an indisputable principle of justice."
 The proposal received a majority vote on the day, with 11 of the 17 delegates present voted in favor of its amendment to the charter, and no negative vote was taken.
 The chairman, Wilson, overturned it by saying that although the proposal had been approved by a clear majority, the particular matter had strong opposition manifest itself (despite the lack of any actual votes against the proposal) and that on this issue, a unanimous vote would be required.
https://en.wikipedia.org/wiki/Racial_Equality_Proposal







Last updated  2021.02.22 08:56:57
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Re:ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入る政府方針決定(1938年)(02/22)   maki5417 さん
杉原千畝の行為は立派ですが、彼の行為が戦後どのように外務省=国家ないで評価されたかと思うと、
義を重んじた多くの日本人を誇りに思います。
と、単純には思えません。 (2021.02.22 09:58:21)

Re:ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入る政府方針決定(1938年)(02/22)   rakuten0811 さん
そういう史実があったことは知りませんでした
杉原千畝の処置もそういうバックグランドがあったのですね
救われた気分です。

一抹の疑念は当時の日本の立場での人種差別は黄色人種vs白色
人種間の不平等で白人vs有色人種の意識があったのでしょうか。
中国人や朝鮮人に対する意識を思い出しますと疑問がわいてきます。 (2021.02.22 11:46:47)

Re[1]:ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入る政府方針決定(1938年)(02/22)   GKen さん
maki5417さんへ
書き込みありがとうございます。
仰る通りだと思います。
私も杉原千畝の戦後のことを調べたことがありますが、どうも、事実がはっきりしません。はっきりしていることは、ユダヤ人に対するビザ発給後も、7年間チェコスロヴァキア、ドイツ、ルーマニアで7年間に渡り外務省で勤務し、昇給も昇進もし、1944年(昭和19年)に勲章(勲五等瑞宝章)を受章していることです。もちろん、外務省退職時の退職金や年金も支給されています。
実際に、どのようなことがあったのか、もっと、証拠に基づいた事実が必要だと思いました。
いずれにしても、迫害された多くのユダヤ人をウラジオストックで日本行の船に乗船することを許可し、本土側も彼らを日本の地に上陸させた事実はすごいと思います。 (2021.02.23 15:05:48)

Re[1]:ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入る政府方針決定(1938年)(02/22)   GKen さん
rakuten0811さんへ
書き込みありがとうございます。
そもそも日の人は、肌の色の違いによる差別感は小さかったのだと思います。飛鳥、奈良時代にも、たくさんの人々が西アジアから来ています。それぞれ、日本で活躍しています。また、織田信長も、黒人を武士待遇にして家来にしています。
それでも、中国人や朝鮮人に対する差別意識ということが良く言われていますので、私は、その辺の状況をもう少し掘り下げたいと思っています。そのためには、日本による朝鮮併合時に存在していた当時の朝鮮の身分制度、良民、賤眠制度がどのようなものであったのかを調べる必要があると感じています。 (2021.02.23 15:55:10)

Re[2]:ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入る政府方針決定(1938年)(02/22)   maki5417 さん
GKenさんへ

事件の責任を問われて47歳でクビです。
その後はつらい人生だったようですね。

参議院事務局、連合国軍の東京PXの日本総支配人、米国貿易商会、三輝貿易、ニコライ学院講師、科学技術庁、NHK国際局などの職を転々。1960年(昭和35年)に川上貿易のモスクワ駐在員、1969年(昭和44年)に蝶理へ勤務、1971年(昭和46年)からは国際交易モスクワ事務所長などを務め、1978年(昭和53年)に国際交易モスクワ支店を退職して日本に帰国した。 (2021.02.26 23:31:45)

Re[3]:ドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人を受け入る政府方針決定(1938年)(02/22)   GKen さん
maki5417さんへ
書き込みありがとうございます。
杉原千畝は、おそらく外務省の意向に沿って退職を決めたようですね。
私がすごいと思うことは、ユダヤ人が日本に上陸するためには、ビザの発行のみならず、ソ連の通過、日本へ向かう船への乗船、日本での上陸許可等のハードルがありますが、当時の役人が、全てのハードルで、ユダヤ人を助けたことです。これら多くの人の助けがあったからこそ、ユダヤ人が日本へ入国し、第3国へ出国することができたわけです。ドイツと同盟を結んでいながら、このようなことをした人道的な行いに感動です。 (2021.02.27 20:00:07)


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