2006/09/20(水)23:19
ミンダナオ記「南風と現実の風」
ミンダナオ期「南風と現実の風」
フィリピンのミンダナオ島での私の経験を書きたいと思う。
先住民族を支援するグループのメンバーとして、ミンダナオ島に2006年8月初めから、約1ヶ月滞在した。
首都マニラでは、大使館に勤める知人の家に2泊した。
空港を出ると、人の山が見えた。
インド渡航経験のある私だが、なにやらおじけづくくらいの、元気な人の山。
あそこを、くぐるのかと思いきや、知人のドライバー(!)が、空港まで迎えにきてくれるという。
今までの、旅とはずいぶん趣が違うことをこの時、感じた。
ドライバーのサニーは、誠実そうな笑顔の人だった。
知人宅まではもちろん、いい両替所など、行く必要のある所を言うと文句ナシに連れて行ってもらった。
マニラではいくつかの美術館などを見学した。
フィリピンのARTISTの作品や、主にはフィリピンの歴史―写真・絵・文章・スライドによる支配と現在の状態に至るまでの展示物であった。
美術館というところには、一部のお金持ちだけが行けるような印象を受けた。
こうして、美術館に入っている自分を思った。私は、日本では今はまだ「お金持ち」という部類に入っていないが、フィリピンではそう見えるのだなあ、ということ。
道端では、新聞売りやスナックなどを、子供たちも沢山働いている。
みんな、お金が必要なんだ。
経済的「格差」について考えた。
一泊目の夜は、マニラでも有名な「民族的おどり」を見せてくれる高級レストランに入った。
1品P150、つまり320円位であるが、これは高級なのだ。
ちなみにその後、ミンダナオ島で気に入った食堂では、その1/10の値段でご飯を食べた。
「高級レストラン」という、我が祖国、日本では手の届いていないエリアにフィリピンでは入れる。
とっても不思議な感じがした。
今回訪れるミンダナオ島以外の先住民族の踊りも沢山あって、楽しく過ごした。途中、一緒にステージで踊るという楽しさもよい経験であった。
レストランでは、先住民の踊りを共に楽しみながら、いくつかの疑問が私の中に芽生え始めていた。その一つは、真の文化とは?ということだった。
「観光化」された「踊り」より本当の現地の「聖なるおどり」、が残っているはずだ、という私の期待による気持ちだったのだろう。
多くの先住民族では、その文化はかなり共通しているからだ、例えば「踊りやうた」は、自然の神様へのささげ物であった。また、自然に対する感謝・祈りであることもある。
「今日の収穫に感謝し、命を頂いて生きている」以上こういう事があたりまえったった文化、自然と調和した生き方―だから、私は先住民に惹かれているのだ。
そして、その思いが彼らの「ダンス」や「うた」の、命であろう。
どうやら、厳しい旅になるやもしれん、と、その時感じたのであった。
それは、私の期待と現実の差、が主なポイントであった。
そうか、わたしは、「たましい」を感じに来たのかもしれない。
心理学・精神世界と先住民族のつながりは、「たましい」じゃないか、と今更ながら自分の興味の方向を垣間見た出来事であった。