神谷ちづ子・ついつい・一言

2017/08/22(火)11:44

市長と校長がいけしゃあしゃあと不正をする時代

山梨市長が職員採用試験の成績を改ざんしていた、 しかも、お金が絡んでいた・・という呆れた事件で、 なんとまあ、贈賄側が、公立中学校の校長と、元山梨市収入役の住職だという・・ おどろおどろしい話になってきています。   しかも、賄賂で職員採用にしたのが、校長の息子だという。   そこにあるのは、地域のいわゆる「有識者」とされる人が、 自分らの利益のためだけに、いいように行政を動かしていた、 という情けない事実があるだけで。   とんでもない話ですが、もっと驚くのは、この記事に付いたネットのコメントの大半が、 「そういうことがあると、言われていたよね」 「地方の役所の職員採用なんて、コネがないと無理だと、みんな知っていた」 「日本中、どこでも、まかり通っているんじゃないの」という、 諦めというのか、地域のコネ社会の現実を、淡々と受け止めていることでしょうか。   そういえば、昔、私も「学校の先生とか市の職員なんて、コネがないとダメだ」 となんとなく、聞かされていたなぁ・・と思い出しました。   外務省のような官庁だって、親が職員だった子弟は、 なんだか入省し易いよな、という疑問が、いつもありましたし。   某議員さんの選挙事務所でお手伝いをしていた時、「先生のおかげで 保育園、無事、入れました」と挨拶に来た夫婦がいたなぁ・・というのも思い出すし。   そこにお金さえ絡まなければ、「世の中って、そんなもの」と、 黙認というのか、コネとは無縁の我々はあきらめて来たのではなかったか。 なんだかんだ、きれいごとは言うけれど、日本ってそういう社会だったのではなかったか。   ましてや民間の会社は言うに及ばず・・なわけで。 あんなに競争率の高い放送局だって、出入り業者の社長のダメ息子や、 広告提供会社のバカ娘が、簡単に就職できちゃうそうですし。 某大手ゼネコンも、某大手広告代理店も、コネがなければ、 絶対、就職は叶わない・・と当たり前のように言われていますし。   そういう社会で、よくもまあ、首相のお友達だと組閣にしろ、 加計学園問題で、大騒ぎしたものです。 糾弾する当人だって、どうやって生きて来たか、分かったものじゃあ、ないのにね。   人間関係って、情で成り立っているもので、ある程度のそれこそ「忖度」は むしろあって当然、社会の潤滑油みたいなものだったりもするわけですが、 しかし、お金を絡ませてしまったら、完全にアウトです。   それが分かっていながら、しかも、親しい間で、どうしてそういうことをしてしまうのか 市長はお金に困っていたようですから、目先の利益に走ってしまったのでしょうが、 ステイタスの誇りが、矜持ではなく、慢心の方にいっていたのでしょうね。 失うものの大きさを、想像できなかったのでしょうか。   ずるく生きる、ということが、いつの間にか、「利口に生きる」 「人脈がある」「力がある」という言葉にすり替えられて、 むしろ賞賛されることが多くなった、今の社会の、悲しき一例じゃないか・・・ と思ったりもするんですけどね。  

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