ひろし君の学校では鉱石ラジオを組み立てるのが流行っていた。まだICやトランジスターがなかった時代なので、真空管を使ったラジオが全盛だったが、高価で本体が大きくなるため子供が専用に使うことは出来ない。
ところが鉱石ラジオなら、廉価だし超小型で電気や電池を使わずに、イヤホンを通して手軽にラジオ放送を聞くことが出来たのである。ただ一般的な鉱石ラジオは、組立セットとして売られていたため、まだ低学年のひろし君には組立が難しかった。
しかしゲルマニウム・ダイオードを使ったゲルマニウム・ラジオというものも発売されていて、こちらはすでに組み立て済で感度も良いし、ロケット型などおもちゃ風の形をしているものもあった。もっともこのゲルマニウムラジオも、広い意味では鉱石ラジオの仲間なのだが…。
ひろし君はこのロケット型のゲルマニウムラジオが欲しくて欲しくてたまらない。それでそれまでお年玉や小遣いなどを貯えておいた全財産を数えてみた。だが700円のラジオを買うには100円近く足りない。
それで妹の知子に100円貸してもらえないか頼んでみた。知子は自分は人形用の洗濯機が欲しいので、一緒にデパートに連れて行ってくれるなら貸してくれるという。
さっそくひろし君と知子の二人は、梅ヶ丘駅前から渋谷行のバスに乗って渋谷駅前にある東横デパートのおもちゃ売り場に出かけることになった。おもちゃ売り場に着くと、ひろし君はすぐにロケット型のゲルマニウムラジオを見つけた。また知子のほうも、気に入ったおもちゃの洗濯機を見つけることができたようだ。
それで二人揃って店員に会計をしてもらうことにしたのだが、知子が持ってきたのは一円玉と10円玉がいっぱいに詰まった貯金箱だった。背伸びしながら貯金箱をひっくり返し、ショーケースの上にジャラジャラと小銭をばら撒くので、通りがかりの大人たちに笑われたり冷やかされる。
ところがどうしても1円足りないのだ、ひろし君はあと10円残してあるのだが、これを使ってしまうと帰りのバス代がなくなってしまう。だからと言って、1円のためにまたわざわざ渋谷まで来るのは気が滅入る。
ひろし君は知子に100円借りていることも忘れて、「知子が別のおもちゃを買えばいいじゃないか」と罵ってしまった。それを聞いた知子は「それならお兄ちゃんに貸した100円を返してよ!」と言い返し、急に涙顔になって泣き崩れてしまったのである。
それを見ていた見知らぬおばさんが、「足りないのは1円でいいのね」と言って、1円玉を店員の前に差し出してくれたのだった。この時ばかりはひろし君も大喜び、何度もこのおばさんにお礼を言った。なんとさっきまで泣き崩れていた知子までが、ペコペコと頭を下げているではないか。げんきんなものである。
こうして二人は無事に、目的のゲルマニウムラジオとおもちゃの洗濯機を手にして自宅に帰ることが出来たのであった。めでたし、めでたし。なおその後ひろし君は毎日このゲルマニウムラジオを抱えて寝ていたが、3か月くらいするとこのゲルマニウムラジオにも飽きてしまい、ラジオは捨てられるまで机の引き出しの中から出てくることは無かったとさ。
作:五林寺隆
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