忍草 浅草花川戸町七軒店
豚鼻の儀十の巻 1
その屁、お買いいたします、
春夏秋冬 、匂いあり
蛙の小便、河童の屁、馬のげっぷ、 犬の糞
生きていくことに匂いは付き添い
匂いには、記憶がちらちら、寄り添っている
たしか、あの時のことだったよな、、、
「あんた、朝からゴロゴロしてて、すっかり怠け者になっちゃって、これから、どうするのさ、」
お福は、まんまると太った大きな体を捩りながら、伝蔵に向かって愚痴をこぼしていた。伝蔵は竈造り(へっついつくり)の職人だったが、親方の巳之助に気味の悪い嫌な竈つくりを頼まれ、挙句、大喧嘩して、もう、10日も仕事を休んで、長屋でぶらぶらしていた。
「しょうがねえじゃねえか、竈(へっつい)ってえのは手抜きしたら火事を呼び込んじまうんだ。そのために『荒神様』を祭ったり、『火の用心』のお札を貼ったりしてるんだ。それを親方の野郎、腐った泥の上に竈を作れなんて威張ってやがる。竈ってのは土台が大事なんだ。納得のいかねえ仕事はしちゃいけねえんだよ」
「だからって、、あんた、米櫃はからっぽだよ、もう三日もさつま芋ばっかり食ってるから、おならばっかり出ちゃって、わたしはもう、さつま芋を見るのもいやになっちまったよ」
「そういやあ、おめえ、ぶよぶよの芋太りになっちまって、屁ばかりこいて、肌まで黄色くなってきたなあ」
「ああいやだいやだよう、あんたぁ、、、どうにかならないの」
「釜の蓋じゃあるまいし、ぐずぐずぐずぐず言ってるんじゃねえよ、そのうち親方の方から折れてくるだろうよ」
江戸の町では朝から夕方まで、あっちからこっちから、棒手振りの物売り声が絶えることはなかったが、伝蔵とお福の耳に聞いたことのない、奇妙な呼び込みの声が表通りから聞こえてきた。
「へーーーいっ、臭いありませんか、屁買いましょう、屁買いましょう」
んんっ?なんとも妙な呼び声が聞こえてきた。誰かがふざけているのか?
「おいっお福、今の呼び声聞いたか?んっ?確かに屁を買うといってたな?おいっ、お福ちょっと表見てこい」
「わたしや嫌だよ、聞き違いにきまってるよ、誰が屁なんぞ買うものかね、そんな馬鹿なことがあるわけがないよ、からかわれてるにきまってるじゃないのさ」
「へーーーーいっ、臭いありませんか、屁買いましょう、屁買いましょう」
また呼び声が聞こえた。
「おいっ!聞こえたろう、確かに屁を買うといってたな、よし、俺が見てくる、お福、屁を売るんだからな、そのあたりでぶっぱなさないで、腹の中で唸ってるもの、我慢して大事(でいじに)とっとくんだぞ」
伝蔵が長屋を飛び出して表通りを見ると、竹棒を肩に担ぎ、その竹棒に提灯のような紙袋をいっぱいぶら下げた、豚鼻の男がいた。
「屁買いましょう、屁買いましょう」と、間違いなく声を出して歩いていた。
「おいっ、そこの豚鼻の旦那、屁を買うってどういうことだ」
「へいっ、屁を買うのでございます、そちらさん、屁お持ちですか、三文から六文でお買いいたします。匂い、音、量、色、質によって、松竹梅とございますが、、」
「およくっちゃいねえだろうな、本当に屁を買うのだな、よし、おいらの家に来てくれ、かかあの屁がたまってらあ」
「へいっ、かしこまりやした」
豚鼻の儀十は伝蔵の後から長屋の門を潜った。
(つづく)
作:朽木一空
>※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。
またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。
にほんブログ村