|
カテゴリ:忍草シリーズ
浅草花川戸町 七軒店 老忍、礫の退四朗の巻 2 大川の対岸を滑る箱舟を見ながら、退四朗は、十年前の仕事が鮮やかに蘇っていた。賄賂で膨れ上がった黒腹持ちの、近江水口藩二万石の江戸家老石川監物を殺った時のことである。 退四朗は普段、裏長屋で、虫篭、楊枝、耳かきなどの竹細工を作り、つつましく暮らしている。浅草寺の暮れ六つの鐘がゴーーンと響くと、腰を上げ、表店の一膳めしや『猫まんま』の暖簾をくぐり、奥の小上がりで、一人、ゆっくりと五合の酒を飲むのが日課だった。 「ああ、畜生め!俺のことをわかっているのか、本当の俺様のことを、、、産まれてきて、酒飲んで、飯食って、糞して、死ぬだけの無意味な人生なんか糞食らえってんだ。俺の気持ちがわかるか?俺の居場所がねえんだよ!俺様はこんなもんじゃ終わらねえんだ!こんなはずじゃなかったのだ、なあそうだろう、おいっ、お前ら、なんとか言え!!」 訳の分からないことをわめきながら客に突っかかってくる。心が病んでいるのだろう。手がつけられない有様だった。とんだ災難にぶつかって、客は次第に青ざめ、縮こまって震えていた。 退四朗はすすっと、その浪人の前に立つと、振り上げた無宿者の剣先を手で挟み、捻り上げた。たまらず浪人は土間に転がった。退四朗はその浪人の腕を ぼきっ、と折った。刀に対して素手で挑む「忍法無刀取り」という骨法術の技であった。 一膳めしや『猫まんま』の亭主の歌右衛門にとって、店の中のいざこざが一番頭の痛いことであり、常に不安を感じていたことであった。退四朗の技を目の前でみた歌右衛門は、その日以来、用心棒のつもりで、奥の小上がりを定席にして、毎日退四朗にただ酒を飲ませている。 『ねこまんま』の店に、暴れ者が年中来るわけでもなく、職人同士のたわいのない喧嘩の仲裁や、茶くみ女の尻から手を離さない助平爺をとがめる程度のことをしていたにすぎない。 (つづく) 作:朽木一空 ※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。 またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2017.10.20 13:07:56
コメント(0) | コメントを書く
[忍草シリーズ] カテゴリの最新記事
|