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2017.10.20
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カテゴリ:忍草シリーズ

浅草花川戸町 七軒店

老忍、礫の退四朗の巻 2



飯だけ食えればいいってもんじゃないらしいやっ、
自分の居場所だとか、生きがいだとかいう、訳のわからぬものに悩まされ、
やがて、気がふれるか、胃の腑が腐ってくる、
ふんっ、人間様ってやつは、厄介な生き物よ、

 大川の対岸を滑る箱舟を見ながら、退四朗は、十年前の仕事が鮮やかに蘇っていた。賄賂で膨れ上がった黒腹持ちの、近江水口藩二万石の江戸家老石川監物を殺った時のことである。
 吉原遊郭から朝帰りの、石川監物を乗せた箱舟が今戸橋を潜って大川に出た。石川監物は小便が我慢できずに舟の横腹から、気持ちよさそうに放尿していた。退四朗の礫が水面を滑って跳ねた。
 江戸家老石川監物は逸物を握ったまま、ぶるるんと震え、突然よろけた。船が揺れ、小便があちこちに飛び、挙句、大川に投げ出された。
 泥酔の上、大川にて溺死、という不名誉な事件で片付いたが、石川監物の股間が退四朗の放った礫で紫色に腫れあがっていたのは誰も気がつかなかった。あの事件からもう十年が過ぎた。

 退四朗は普段、裏長屋で、虫篭、楊枝、耳かきなどの竹細工を作り、つつましく暮らしている。浅草寺の暮れ六つの鐘がゴーーンと響くと、腰を上げ、表店の一膳めしや『猫まんま』の暖簾をくぐり、奥の小上がりで、一人、ゆっくりと五合の酒を飲むのが日課だった。
 その一膳めしやで、事件が起きたのは、丁度一年前の秋だった。常連客が冗談を言い合って和やかだった店の中が突然、険悪な空気に包まれ、騒々しくなった。月代も伸び放題の汚れた崩れ浪人が、徳利五本も飲んだ頃、何が気に食わないのか、突然大声で怒鳴り散らし、卓の上の酒や料理皿をまきちらし、刀を抜いて振り回して、暴れだした。

「ああ、畜生め!俺のことをわかっているのか、本当の俺様のことを、、、産まれてきて、酒飲んで、飯食って、糞して、死ぬだけの無意味な人生なんか糞食らえってんだ。俺の気持ちがわかるか?俺の居場所がねえんだよ!俺様はこんなもんじゃ終わらねえんだ!こんなはずじゃなかったのだ、なあそうだろう、おいっ、お前ら、なんとか言え!!」

 訳の分からないことをわめきながら客に突っかかってくる。心が病んでいるのだろう。手がつけられない有様だった。とんだ災難にぶつかって、客は次第に青ざめ、縮こまって震えていた。
 関わりたくはなかったが、仕方がなかった。退四朗は、隠してはいるが草と呼ばれる忍者であり、伊賀で、『忍者八門』を習得していた。武器を持たず素手で戦う骨法術の達人であり、礫にかけては右に出でるものがいない腕を持っていた。よぼよぼの爺さんでも、そこらあたりの無宿人や遊び人の関節を締めあげることなど朝飯前であった。

 退四朗はすすっと、その浪人の前に立つと、振り上げた無宿者の剣先を手で挟み、捻り上げた。たまらず浪人は土間に転がった。退四朗はその浪人の腕を ぼきっ、と折った。刀に対して素手で挑む「忍法無刀取り」という骨法術の技であった。
 顔を歪めて倒れ込んだ浪人は、「俺ははだめな人間だ。生きてゆく価値のない人間だ。俺など死んだほうが良いのだ、俺の居場所などどこにもなかったのだ、亭主ご迷惑をかけた」
 と、泣き言を言いながら、折れた腕を抑えて、店から出て行った。陰庭退四朗にはその浪人の気持ちがグサッと心に刺さった。

 一膳めしや『猫まんま』の亭主の歌右衛門にとって、店の中のいざこざが一番頭の痛いことであり、常に不安を感じていたことであった。退四朗の技を目の前でみた歌右衛門は、その日以来、用心棒のつもりで、奥の小上がりを定席にして、毎日退四朗にただ酒を飲ませている。
 陰庭退四朗にとっては、いい話なのだが、暮れ六つの鐘から、店が閉まるまで毎日ただ酒を飲む生活に慣れていしまうと、だんだんに生活も荒んできて、長屋でつつましく竹細工をしながら糊口をしのいでいたのが、ついついほったらかしになり、忍草の仕事のことも遠くに霞み、いよいよ、酔い酔い爺さんになりつつあった。

『ねこまんま』の店に、暴れ者が年中来るわけでもなく、職人同士のたわいのない喧嘩の仲裁や、茶くみ女の尻から手を離さない助平爺をとがめる程度のことをしていたにすぎない。
「これではいかん」と自省しながら、酒の魔力に引き込まれ、汚沼にずぶずぶと身を浸し、毎日泣きながら酒を飲んでいたのである。

(つづく)

作:朽木一空


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最終更新日  2017.10.20 13:07:56
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