ネット文芸館　木洩れ日の里

　２０２０年、無差別テロ集団や無法国家がはびこり、世界は混沌とした空気が漂い始めていた。そんな折、平和国家の日本が満を持して開発した最新防御システムが完成した。それは通称『平和電波』と呼ばれるシステムで、イージス艦、ＰＡＣ３、ＴＨＡＡＤなどのミサイル防衛システムなども全て不要になるという画期的な防衛システムであった。
　もっと言えば、全世界の兵器そのものが不要になり、それらに費やしてきた膨大な経費を平和と幸福のためにだけ投入できるのである。なんと素晴らしい発明であろうか。

　そもそも人が喧嘩をするのは、自己中心的で傲慢かつ理解力に乏しいからである。さらにその喧嘩が国家レベルに増幅すると、戦争を引き起こすことにもなるのだ。
　また一般的に女性は母性本能により平和的思考が強いが、男性は狩猟本能なのか好戦的思考が強いようだ。ところが最近は男女の性差が逆転し、女性犯罪者なども多数出現しているので単純に男女の性差だけで好戦度を計る訳には行かない。

　ところが数年前に北山博士によって、人が好戦的になる脳の仕組みが解明された。また脳のある部分を刺激することにより、好戦的な思考力をなくすことも解明されたのである。
　さらにはある特殊電波を流すことにより、脳の一部を刺激させる技術も開発されたのだった。それが冒頭に記した『平和電波』と呼ばれる電波なのである。

　ところがこの偉大なる発明は、公にされず国家機密として黙々と実用化が進められていた。それは圧倒的な兵力を誇り、兵器産業を保護し続けている某大国が快く思わないからである。
　だがやっとこの平和電波システムが完成し、それを人工衛星に乗せて全世界に電波を流す時が来たのだ。そして「ムーン」という小さな昆虫の羽ばたきに似た振動感が５分間くらい続いたような気がした･･･。

　人工衛星から発せられた平和電波は、全世界の人々の脳下垂体を刺激し、脳内に含まれているエンドルフィンを大量に増殖させることに成功したようである。この電波を浴びた人々は、何だかホワンとうっとりした気分で、とても幸せな気分に満ち満ちている。まるで天使が空から舞い降りてきたかのようだ。
　とにかく幸せ過ぎて他人と争う気分は全く起きない。それどころか欲望もわかないから、金もセックスも不要になってしまった。だから働く気分にもならないし、異性を意識する気にもなれない。ただニヤニヤしながら、ぐったりと寝転んでいるだけの生活が続いた。
　あーあ、このまま何もしないまま、やがて人類は絶滅してしまうのだろうか･･･。そう考えるような悲観的な人は誰もなく、人々は幸福感で満ち溢れていたという。

作：：河村道玄