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2019.06.08
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カテゴリ:小説



 躊躇うな、やると決めたら、やりきれよ、
 躊躇いの底では損得善悪欲得が蜷局を巻いて嗤ってる、
 躊躇えば、元の木阿弥、躊躇ってるうちに人生終わっちまうよ、
 愚女よ駆けろ!かなぐり捨てて突っ走れ!
 

 柳原町の幽霊屋敷の中は蜘蛛の巣城の有様で、人が入ってきた形跡はどこにもない。
ーここは、アジト(隠れ家)にぴったりだー
 おりんは、にんまりした。三日かけて、畳を変え、襖、障子を張替、修繕し、掃除した。堅川から柳の木の下を潜って家に入る、誰にも見られない。表の門は使わない。道から見れば、ただの朽ち果てそうな幽霊屋敷だった。そこがおりんの気に入った。

 おりんは女忍者風葉(カザハ)から聞いた、四谷伊賀丁に住む、忍び大工の棟梁小源太に家の造作を頼んだ。堀から屋敷の下へ船が入れるように、トンネルを掘り、地下蔵をつくり、隠し部屋をつくり、戸板返しの部屋を造った。外からみれば幽霊屋敷も今や、からくり仕掛けの忍者屋敷になっていた。
 さらに、小ぶりの船を改造し、苫で屋根を葺き、二重底にした船底には忍刀や煙球、忍具をしのばせた。船棹は槍を忍ばせた仕込み棹にした。
 ーここからだ、ここからが戦いだー
 おりんの瞳は月の光のように青く冷たく光っていた。
 暮れ七つ、おりんの柳原町のアジト(隠れ家)の柳の下から屋根に苔の生えた小船が、堅川から、新迷橋を右に舵を取り、横川を北にすべり、法恩寺橋の橋下の葦の陰にじっと浮かんでいた。
 横川の土手には縞模様の綿の着物に帯をうしろで結び、前垂れをかけ、茣蓙を抱えた女たちが、男を物色していた。夜陰に紛れて、材木置き場に蓆を引いたり、土手下の藁小屋でことをすます。そば16文で夜鷹が24文という安さである。おりんは川越の岡場所『いろは店』が地獄だと思っていたが、地獄の底にはまだ黒い穴が開いていたのだった。

 船の上から様子をうかがっていた黒装束のおりんが暗闇を敏捷な動きで、夜鷹たちの牛さん(用心棒)の弥助に当て身をくらわし、橋下に引きずり込んだ。
「ここを仕切ってる元締めは誰だ、誰が女の穢汁を吸ってるんだ、言え!」
「女たちはみな借金のかただ、金を借りて返さないほうが悪いのだ」
「金を貸し、高利で回し、一生夜鷹で死ぬまで春をひさいで、女が哀れと思わぬのか、その金を貸したのが誰かと聞いているんだ、早く言え!」
「そいつは言えねえ、俺は、ただ、女たちにタダ乗りをする奴をとっちめたり、町方の手入れがあるときに女たちを助けたり、そんなことをしているだけだ、女たちの正義の味方の用心棒なのだ」
「おいっ、正義の味方が女たちの上前を撥ねるのか、言わなければ、痛い目にあうぞ!」
「言えねえよ、このからくりがばれちゃ、困るお人がいるんだ」
「わかった、では言わなくてよい」
 おりんの右手がぴっと横に動いた、冷徹な動きだ。
ーうえっ、、、ー
 弥助の鼻が切り取られ、血潮が飛んだ、弥助は鼻を抑えて転げまわる。股から小便が漏れる。おりんは冷徹な目で見つめて、ニヤリと笑う。
 「さてと、では、今度は金玉を刎ねようか、、」
 「わかった言う、言うから命だけはとらねえでくれ、、、花町の煙草屋金兵衛だ、表看板は煙草屋問屋だが、裏で賭場を開いているんだ、そこで、金貸しをやってる。南町の同心酒井様にも賄賂を渡してあるから、奉行所が手入れをしても、鼠いっぴき出て来やしねえよ、俺が、女たちを助けてるんだ」
 おりんは弥助に縄をかけ、土手下の杭に縛り付けた。
 「よいか、一時で帰ってくる、いい土産を持ってくるから待ってんだ」
 おりんは船を横川から堅川へ出、花町の船着き場へに繋いだ。煙草屋金兵衛の横の水桶で三尺手拭いを濡らし、塀の上に、ぴしっ、あっという間に塀を乗り越え、金兵衛の屋敷の中に姿を消した。

 金兵衛の寝床に立ち、忍刀を握って、金兵衛の首元を掴んで、
「金兵衛、夜鷹の女たちの借金の証文を出しな」
「何を言う、お前は誰だ、何の話しかわからん、儂はそんなことは知らぬ、」
「とぼけても無駄だ、すべて、牛さんの弥助から聞いたんだよ、」
「だめだ、あれはわしが貸した金の証文だ、それに女たちを捕まえておく大事な金蔓なのだ、」
「だからさ、その証文を出しなと言ってるんだ、命と金蔓とどっちが大事かよく考えるんだな」
 おりんの小刀が闇を裂いた。ぎゃあ、という金兵衛の叫び、金兵衛の耳が飛ぶ、血が飛び散る、
「次は鼻かな、それとも、金玉がいいか、、」
 闇に光るおりんの冷徹な目が光った。おりんは煙草屋金兵衛から、夜鷹たちの借金の証文を奪い焼き捨てた。
 おりんは金兵衛が貯め込んだ金庫から三百両を超える金を奪い、恨みのこもった眼でおりんを睨みつる金兵衛の咽をえぐった。有無を言わせぬ瞬殺であった。

 法恩寺橋下におりんの小船が戻ってきた。弥助の縄を解き、
「よいか、女たちの借金の証文は焼き捨てた、女たちを自由にしてやるのだ、お前は牛さんなのだからな、百両を置いていくから、女たちに分けろ、弥助も治療代として五両とっていいぞ、ちょろまかすなよ、闇に眼があるぞ、今度は耳でなくて、大事な逸物をちょん切るぞ、ああ、それから、金兵衛は死んだぞ、」
ーうええ、勘弁ーー
 おりんは弥助が女たちに訳を話し、金を配るのを闇から覗きながらもじもじとした義賊の快感を感じていた。誰かが鉄槌を下さねば、虐げられた者が解放されることはない。虐げれた者を虫けらのように扱うことを御法が取り締まらないなどと言う馬鹿なことが許されていいはずもない。
 上者が下者を踏みつけ、上者が安泰に生きるためにある御法は無法より腐臭している。荒井町の尼寺の参道では女が尼僧の姿で売春をさせられていた。暗がりで、よく顔が見えないが評判の美女もいたが、厚化粧の老女までいたのである。そこを仕切っていた、私娼窟の糞坊主明慶が脳天を割られて死に、女たちは解放された。
 船饅頭と呼ばれ、饅頭を売るのを表向きに隅田川の船中でたかが32文で売春をする最下等の私娼たちを仕切っていた元締めの魚松が逸物を斬られ殺された。女たちは町へ流れていった。
 本所深川ではこの事件で持ち切り、瓦版では、
ー遊女の燈火、苦界脱出のお助け桜のお出ましでぃーと囃し立てた。

 遊女は男を喜ばすために生きているが、誰だって他人を喜ばすためだけの人生ではないはずだ。そんな馬鹿な人生があっていいわけがない。誰でも自分のための人生を生きていいのだ。
 幕府の御法は一部の人間の者が楽しく暮らすためのものだ。遊女が支配から脱出するのに御法度や善悪の概念は邪魔だ。おりんの極悪非道を抹殺しようとする狼煙はぶすぶすと煙り、今にも燃え上がりそうであった。

 暮れ七つ、おりんの柳原町のアジト(隠れ家)の柳の下から、小舟が出、闇の中を滑るように、船は堅川を登り、大川を北に向かい、吾妻橋を潜り、花川戸から新河岸川に入った。この川はおりんが凡平と川越から下った川であった。おりんの棹捌は疲れを知らない、まるで、魚が泳ぐように、すーっと、船が川を上る。
 武州川越の城下、善通寺の裏にかっておりんが囲われていた『いろは店』とよばれ、60人を超える下等な淫売婦を抱えた岡場所があった。安女郎を求めて、男たちが糞でもするように集まる。川越では人気の岡場所であった。
 仕切っていたのはやくざの鬼政だが、その裏には札差の越後屋甚五郎がいて、口入屋孫兵衛がいて、代官所の役人内藤式部とも繋がっていて、穢金と悪の吹き溜まりにのなかで、女は泣哭すらできなかった。その『いろは店』が炎上し、鬼政、甚五郎、孫兵衛、内藤式部が一夜のうちにみな、首を刎ねられて殺された。もちろん、女たちがみな姿を消してしまったのは言うまでもない。

-やあ~きぃいも~、、、やあ~きぃいも~ 栗より旨い十三里半~~~
 芋売り凡平は本所の町を焼き芋を売りながら、川越の『いろは店』が火事になって消えたこと、吉田町に夜鷹が出なくなったこと、荒井町の尼寺の参道に比丘尼がいなくなったこと、隅田川の饅頭売りの元締めが殺されたこと、、、瓦版屋がはしゃぎたてている本所のお助け桜は、、
ーもしかして、いや、まさか、おりんが、、、やはり、、、ー
 凡平の脳裏には不吉な予感がしたが、
ーざまあみやがれー
 暗い宿運の下で生きてゆくしかない凡平は、どうあがいたって地獄から抜け出せない、虐げられた人間が自由になり、虐待し、女たちを縛りつけていた悪人が罰を受けたことに清々しさ感じていた。


(つづく)

作:朽木一空


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最終更新日  2019.06.08 14:25:17
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