一昔前は、藤田嗣治という画家は日本ではあまり評価されていなかったばかりではなく、人間性に問題があるというようなことさえいわれていたような記憶があります。最近NHK等が主催して藤田嗣治の作品の展覧会が開催されるというので、テレビでよく放送されていますが、名画だとおもいます。
その藤田嗣治の作品を「原色現代日本の美術」という美術全集に、著作権(著作権は著作者の死後50年間保護され、財産権のひとつとして相続されます)を相続した藤田嗣治の未亡人の承諾を得ないまま掲載し、出版社が未亡人から裁判所に訴えられた事件があります(藤田嗣治絵画複製事件とか藤田嗣治美術全集事件または藤田・小学館裁判ともいいます)。
美術出版物に掲載されている作品の掲載方法に、鑑賞図版と補足図版というものがあるようです。「鑑賞図版」とは前半のきれいなカラー刷りのもの、「補足図版」とは後半に文章といっしょに載っているモノクロの図版だと思うのですが、出版社は、著作権者の承諾がないわけですから、さすがに鑑賞図版には載せないで補足図版に載せたわけです。しかし、東京地裁・東京高裁ともに出版社は負けています。出版社側は著作権法32条1項で抗弁しますが、これが認められませんでした。著作権法32条1項とは、他人の文章等の一部を自分の文章の中に括弧つきで引用し、最後に著書名、著作者名等を記入するというやり方等は、著作者の承諾なしにできます、というものです(著作権法第三十二条1項 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない)。
裁判では、主に適法引用の要件が議論されたようです。 また、出版社側は何度も掲載を許諾してくれるよう要請したが明確に拒否されたにもかかわらず作品が掲載され、その結果、「藤田嗣治は世界的評価を受けるべき画家であって日本の絵画の流れの中で位置づけることは許されない」とする未亡人の感情が著しく傷つけられた、と、東京高裁は言っています。日本画壇では藤田嗣治の作品が不当に低く評価されているという、未亡人側の怒りが感じられますが、この怒りは正当だろうと思います。ちなみにこの裁判は、昭和59年と60年に判決が出ていますから、約20年前です。時が過ぎて正当に評価されてきたのだと理解しています。ただ、この判決は、この怒りの感情をそのまま認め著作物の通常使用料以外に、慰謝料の支払を認めていますが、批評の自由との関係で、ちょっとひっかかります。