2010/07/30(金)18:24
引用による構成 “被爆者”という言葉の翻訳から考える
引用による構成 “被爆者”という言葉の翻訳から考える
今年も一度、舞台『父と暮せば』を観た。映画化されたものは観ていないのだけれど、四年ほど前に観た小舞台に続いて二度目だった。ここに貫かれている「生き残った者は幸せになってはいけない」という思いは、私の絡んでいる桜隊原爆忌にお出で願った被爆の語り部たちから聞いた声となり、胸に焼き付いて消えない。それは亡くなっていった人々への申し訳なさ、後ろめたさであり、その時の自分自身から失われていた人間性に対する悲痛なまでの罪の意識として現れていた。
今年の七月、ロバート・J・リフトンというアメリカの精神科医の著『精神史的考察 ヒロシマを生き抜く』上・下(岩波現代文庫)を新聞広告で見つけ、ぜひ読んでみたいと思った。初版本は一九七一年に朝日新聞社から発行された『死の内の生命?ヒロシマの生存者』(原書は一九六八年イギリスで発行)で、著者は一九五八年に来日し、被爆後十七年の一九六二年からヒロシマに移り住んで聞き取りを始めた、被爆者の心理学的研究論文である。
僕は、この本の序文を読んだところで、『父と暮らせば』や語り部たち被爆者と、それに対して加爆者と言っていいのか米側との心のずれに戸惑ってしまった。つまり殺す側と殺される側の大きな違いにである。原書のタイトルは『DETH IN LIFE Survivors of Hiroshima』、その中の「Survivor」という言葉に、著者が言及しているのだ。心理と翻訳を巡って、この著書(以降、『ヒロシマを生き抜く』と表記)と、もう一冊の本から、多くを引用として考察したいと思う。
【『ヒロシマを生き抜く』から】
アメリカ人が被爆者または被害者という言葉を英訳する場合には、生存者という言葉を用いるのがふつうである。なるほど、生存者という言葉は従来の用法にかなったものであり、比較的さしさわりのない表現ではあるが、アメリカ人の心のなかには無意識のうちに、原爆体験を中性化しようとする傾向があることを示すものと解釈できるのである。
【英和辞典から】
[動詞]survive
―(他)…の後まで生存する、…を免れる、…から助かる
(自)生き残る、生き延びる
[名詞]survivor
― 生き残った人、生存者……
【和英辞典から】
[動詞]被爆する
― be bombed, be A-bombed
[名詞]被爆者
― an atomic bomb victim
― a victim of radiation sicness caused by an atmic bomb
【英英辞典から】
survive
― v.t & v.i
―― Outlive, be still in existence
after the passing of, come safe through
be still alive or existent.
survivor
― (sur-), n.[sur-2, vi・va・cious]
(※和英注)sur-1
―― pref. =sub-.
sur-2
―― pref. 「上」の意.
vi・va・cious
―― a. 活発な, 陽気な.
右記のように、当然ながら英語には「atmic bomb」の意を含む言葉は存在しないのだ。正確なニュアンスまで翻訳するとなれば、和英辞典の最後の例のように訳さなければならない。
【インターネットで拾った記事から】
ハーバード大学ケネディスクール在学生の「ジャパン・コリア・トリップ '06」という、全世界からの超エリート大学院生64名が日本にやって来たときの会話だという。
学生達は被爆者を英語で「VICTIM」(犠牲者)でなく、「SURVIVOR」(復活生存者・生き残り)と呼ぶ。
日本人「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」
外国人「なぜサヴァイバーたちが平和を祈るんだろうか?」
【『ヒロシマを生き抜く』から】
日本ではもっぱらこの言葉(注:被爆者)が原子爆弾を経験した人を固定するために用いられているが、(略)この言葉は、日本語においても新造語であって、文字通りには「爆弾の影響を被った人」の意味であるが、単に原子爆弾を経験した人の意味で用いる場合もあるし、もう少し積極的に、原子爆弾により直接身体的被害を受けた人の意味で用いる場合もある。
(略)
被爆者という正式の呼び名のほかに、もう少しくだけた表現として、被害者という言葉も用いられているようであるが、このほうは犠牲者、負傷者という意味に近く、なんらかの形で苦しみを受けたことを強調する言葉である。日本語では「生存者」という言葉は、研究者によっても、その他の人たちによっても、あまり用いられないようである。そのわけは、生存者という言葉は、生き残ったという点を強調し、その当然の帰結として、不幸にして生き残れなかった人たちに対して申し訳ない表現になるからだと聞いている。もしそうであるならば、これは単に言葉の問題に止まらず、(略)原爆体験の根底に、自分だけが優先的に生き残ったことに対する罪意識が広く存在することを表すものと考えられるであろう。同時にまたこれは、被爆者の心のなかに強く残っている犠牲者意識を示すものでもある。
被爆者はただ生き残ったのではなく、生き残っても間もなく死んだり、現在生存しているにもかかわらず犠牲者であることには変わりがないのだ。そして、生きているが故の苦しみ……。
そこで、もう一冊の本、『夕凪の街 桜の国』を見てみよう。この本は数年前から読んでみようと思っていたマンガだ。昨年双葉文庫として再版され(初版コミック版 双葉社 二〇〇四)、ようやく先日読んだ。。著者は、一九六八年広島市生まれのこうの史代。
映画化もされ、ラジオドラマにもなったが、コミックを読んでいる読者は少ないと思うので、被爆から十年後に死んでゆく主人公皆実(死亡時は二十三歳の設定)の、以下の三か所のモノローグ部分をつないで、詩の形として引用したい。
わかっているのは「死ねばいい」と
誰かに思われたこと
思われたのに生き延びているということ
×
しあわせだと思うたび
美しいと思うたび
愛しかった都市のすべてを
人のすべてを思い出し
すべて失った日に引きずり戻される
おまえの住む世界は
ここではないと
誰かの声がする
×
嬉しい?
十年経ったけど
原爆を落とした人はわたしを見て
「やった! またひとり殺せた」
と ちゃんと思ってくれてる?
ラストは空白のマス目にモノローグだけが流れてゆく。強烈だった。この言葉を生み出した作者の気持ちを聞いてみよう。
【『夕凪の街 桜の国』あとがきから】
わたしは広島市に生まれ育ちはしたけれど、被爆者でも被爆二世でもありません。被爆体験を語ってくれる親戚もありません。原爆はわたしにとって、遠い過去の悲劇で、同時に「よその国家の事情」でもありました。怖いという事だけ知っていればいい昔話で、何より踏み込んではいけない領域であるとずっと思ってきた。しかし、東京に来て暮らすうち、広島と長崎以外の人は原爆の惨状について本当に知らないのだという事にも、だんだん気付いていました。わたしと違ってかれらは、知ろうとしないのではなく、知りたくてもその機会に恵まれないだけなのでした。だから、世界で唯一(数少ない、と直すべきですね「劣化ウラン弾」を含めて)の被爆国と言われて平和を享受する後ろめたさは、わたしが広島人として感じていた不自然さより、もっと強いのではないかと思いました。(「あとがき」から抜粋)
「被爆者」という言葉は、フランス語で「hibakusya」、英語で「hibakusya」。日本でも、広島を「ヒロシマ」、最近では、被爆者を「ヒバクシャ」と表すことが多くなった。そのことについての抵抗は多いと聞いている。しかし、前記リフトンの記述のように、この言葉はそれまでの日本語にはなく、一九四五年以降にできた新造語なのである。もちろん英語にもフランス語にもない。原爆を落とされた国にしか存在しない言葉だ。カタカナで表すのは、現実を薄めるものでも、かっこよさでも、事実を中性化することでもない。例えば既成の英語「Victim」や「Survivor」で表せない、「生き残った者は幸せになってはいけない」という思い、「自分だけが優先的に生き残ったことに対する罪意識」、そして何にも増して、苦しむ人たちの上を、何一つ手助けをしようともせずに通り過ぎてきた自分の中に潜む非人間性を憎んでの後悔、懺悔。「被爆者」という言葉を用いるには、これらすべてを理解しなければならないのだろう。今でこそ、精神崩壊をうむことが一般的に認識されているPTSD(心的外傷後ストレス障害)も、その最たるものが戦争であろう。核廃絶に向かおうとする中で、世界語になることこそ、その役を果たすのだと思う。
(詩誌『1/2』30号掲載2009・近野十志夫)