ラブ爺とターミ姉の言っちまいな!!

2010/08/06(金)23:10

わんこの情

動物をモノ扱いする今の日本の法律には、大大大反対だ。 この法律を作ったヤツの顔が見たい。 どこを見て、何を考えてそう判断したのか。 あるいは、そう思っている人の根拠が聞きたい。 理由は何なのよ、と。何日か前の、新聞の投書欄にあった話である。(読んだ方もいるかも) 散歩していた人が、瀕死の犬とその犬に寄り添う犬を見かけたそうだ。 その人は、病院に搬送してもらおうと、動物保護団体(だったかな。違ったら ごめんなさい)に電話をかけたそうなのだけど、間もなくその瀕死の犬は死んでしまった。 交通事故だったらしい。その寄り添って人間に助けを求めていた犬は、死んでしまった犬とは別に 仲間でも何でもなかったのだそうだ。 ただ、瀕死の他犬を無視出来なかったのだろう。 とにかく何とかしてもらおうと、通りすがりの自分に助けを求めたのではないか、と その投書をした人は書いていた。人間はどうなのかな。 倒れている人がいたら、大方の人は救急車を呼んでくれるかもしれない。 でも、見て見ぬふりをする人だっているよね。犬だって、全ての犬がそうするかどうかはわからない。 ただ、相棒の犬が交通事故に遭って死んでしまった時、いつまでもそのそばにいた 犬の写真は見た事がある。 たぶん、稀な事ではないのだと思う。話は変わるけれど、とっくに死んでしまった老人の年金をちゃっかりもらっていた と言う人の話を時々聞く。 犬の世界には年金はないから、そういう発想はないけれど、人間としてそれは、 あまりにもあさましくないか? もらえるのなら、何でも良いの? と言うか、亡くなった人に対して、思う事はないのだろうか。何が言いたいのかと言うと、「情」のある生き物を、「情」のかけらもない人間と 区別(差別)して、モノ扱いしてはいけないのではないか、ということだ。自分の親族を殺せる人、金の為ならば恥も何もない人。 こういう人こそ、モノ扱いすべきじゃないのか? 人権てのは、人だから持っているんで、鬼畜以下の輩は人間とは呼べないんだから 人権は要らない。動物をモノ扱いする事の問題は、もう一つ。 命ある存在を、モノとしか見る事が出来ないと言う事は、立場の弱い存在、 無抵抗な者への虐待などに結び付く可能性があるからだ。 何故かと言えば、「命」を軽く見ているから。 動物を簡単に殺して、幼児を虐待死させて、老人を詐欺にかける。 対象は違うけれど、根底に流れるものは同じだ。 自分以外の「命」なんて、どうでも良い。自分さえ良ければ、それで良い。 そんな輩が、昨今多すぎる。 でも日本の法律は、どんな鬼のような奴にもクズのような奴にも、人権を認める。 そして、情にあふれた動物はモノ扱いする。先進国とは思えないこの矛盾だらけのクソ法律を、一刻も早く改正して欲しいと 願わずにはいられない。 そうだよね、みんな良い子だよ クソ人間には無性に腹が立つ私ですが 良かったら・・・ にほんブログ村 にほんブログ村

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る