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某職員の憂鬱

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Jul 10, 2008
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カテゴリ:職場のハナシ

各機関の夏季休業のお知らせが某所より,一斉配信されてくる。

 各機関がうちの大学に対して,お知らせしてくれるのは良い。むしろ,親切だ。

 

けれども,なんで,そのお知らせを学内津々浦々までお知らせしないといけないのだろうか?

念のためと思っているのならば,全大学を調査して,とりまとめたものを送って欲しい。

そんな気がないなら,送らないでよ? 

なんのための通知なのか,いまいちわからないんだよなあ。







Last updated  Jul 10, 2008 10:18:11 AM
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Jul 2, 2008
カテゴリ:職場のハナシ
mixiばかりをしていて,こちらはとにかく放置。

けど,mixiは友人ばかりで愚痴が吐きにくいからなあと,こちらで愚痴を吐いてみる。



さて,コクダイパンについてである。

http://blog.kokudaipan.info/

コクダイパンとは国立大学職員一般職員の事を対象とした自発的かつ全国的な勉強会である。

イメージとして国立大学職員一般職員の学会という感じなのだろうか。

共通する課題に対し,全国的に有志を集め,年1回,フォーラムと懇親会を行う。

その結果を受けて提言を行う。

まさに国立大学一般職員を対象とした学会だ。



ちなみに自分のとこでも,自分のような年代の連中が集まって自発的な勉強会を行っている。

今年で3年目だ。

内容としては,業務情報交換が主だけれども,今年ぐらいから「改革案」的なものを検討しようかという話になってきた。

勉強会を起ち上げたのは自分だ。

自分というと大声過ぎるが,みんながやろうかという気持ちはあったので,ちょっとだけまとめ役になった。

自分とその同期が集まって,てか,このままだと自分たちが「やばい」んじゃないか。

という意識で,とりあえず情報交換をしようという事で集まってみた。

この場合の「やばい」にはいろいろな意味が込められている。

大学に求められる役割が変化しているのに,大学全体が変化に対応していないから,「やばい」。

事務職員の業務が,従来の右から左だと対応できないぐらい複雑化しているのに,誰もなんもしていないから「やばい」。

公務員体質だから「やばい」。

OJTだけで,研修が少なく,専門馬鹿になりそうだから「やばい」。



等々。

「やばい」の意識が自発的な勉強会の起ち上げに結び付いたのだ。



それはいい。



ただ,思うのだ。

事務職員が集団化し,何かしらの改革のアイデアを作ったとして,

結局,行うのは教員の方々なのではないか。



事務職員は研究も教育は行えない。

地域貢献はできるのかもしれないけれど,それはあくまで「地域のゴミ拾い」的なものでしかなく,

大学が持つ「知」を利用したものではないだろう。

そうなると思うのは

事務職員「だけ」が集団化し改革を掲げることは,

大学というものをはき違える結果にならないか。



いや,良い点も数限りなく思いつくのだけれども,

どうも懐疑的にならざるを得ない。



自分としては,事務職員は事務職員で結束するよりも,

自学の教員とのコミニュケーションの方がより重要じゃないのか。

と思ってしまうのだ。



さてさて,どうしよう。

下手な考え休むに似たり。

それもわかっているんだけれども。







Last updated  Jul 2, 2008 06:46:00 PM
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Nov 13, 2006
カテゴリ:職場のハナシ
週末、実家から母親と父親と仲の良い女性の先生が遊びにきました。
先生はアメリカの大学で東洋史を研究なさっている方で,アメリカの某有名大学に籍がありましたが,
リタイアされた方です。ちなみに日本人,けど、アメリカ生活のほうが人生の中心です。
一緒に近場の観光案内をしたり,食事をご一緒させていただきました。

当然、日米の大学の話しがありました。
今、日本の大学は大きな過渡期にあります。
特に国立大学は法人化され,羽が生えて自由に飛びたてるんだか、
重りをつけたまま徒競走をさせられてんだかわからない状況です。
そのため、今まで何も考えずに奇人,変人として好きに研究してればよかったのが,
突然,普通の社会人として、慣れない事務仕事を押し付けられるという状況になりました。
国家財政がおかしくなるなか、費用対効果、コンプライアンス、アカウンタビリティ、社会貢献、
地域貢献、就職支援、産学連携、資産運用、病床稼働率等等、
国立大学の役割は「象牙の塔」から「裸の城」へ。

ただ、問題なのは過渡期特有の減少として,
今までのスタッフ,体制で,改革にあたらなくてはならない、また上からの押し付けなので、
どうしたいかもよくわからないというとにかく混乱期になっております。
結局、今までの公務員型職人と改革派アイデアマンたちが押し合いへし合いしながら、
わけわかんねーって感じで日々が過ぎていっているわけです。

そして、考えなくてはならないのは、先生方の権限は大きくなっているわけです。
つまり、先生方は従来的な研究・教育だけでなく、学生募集等も含めた「経営」の権限が強化されています。
異論はあるのかもしれませんが、先生方ってのはめちゃめちゃの権限がありまして、
もうなんていうか、事務方の意見ってか、ワークフローとか無視して,
「研究と教育と学生のため!」の論理で押し切られたらとてもじゃないがかなわない。
そして、その論理は正しいです。
むしろ、事務方の方が間違っているというか、もう少しふんぎれないし、ふんばれない。
なぜか?
それは公務員だから。
給与体系や出世に如実に表れています。
講師やポスドク等を考えたりしたら議論はつきませんが、結局のところ事務屋は現行の組織体系では,
学長になれない。
学長は先生しかなれないし、一般企業で言う取締役は天下り。
意思決定の部分での事務屋の意見というのはとても小さいし、
そこに逆らっても何の得もしない事をよくわかっているわけです。


一方で、米国です。
米国の一般というよりある大学の事例になります。
私は彼女に対し、
「私はマスターも出ました。働きながらドクターに行けたらいいなと思います。」と
夢見がちの事を言うと
「是非、そうしなさい!!」
彼女は大賛成なわけです。
なぜ彼女が大賛成かというと、
「研究職なんてだめだ!!行政職は給料が高くなるから!!」
というわけです。
彼女によれば、彼女の所属する大学の日本でいう学部長は「行政職」がなる。
先生達は小さな委員会等には所属し大学の行政に関わりますが、
結局の決定権は「行政職」にある。
そして、トップも「行政職」。
「行政職」はまさに大学の「経営のスペシャリスト」として存在しているわけです。
だから、彼女は「研究職なんてだめだ!」というわけです。

つづく。






Last updated  Nov 13, 2006 05:54:25 PM
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Nov 6, 2006
カテゴリ:職場のハナシ
さて、ひさしぶりに日記を書いてみる。
こうやってみると、一年間は放置していたんだなあ。
飽き性の私らしい☆

さて、ちょうど日記を書くのをやめたあたりから、
私は自分らの同期の一部と「勉強会」と称して,
1月に1回~2月に1回ぐらいのペースで集まっちゃあ、
自分の持ち場についてプレゼンしたりされたりを繰り返しております。

そもそもの目的は
「新人だと,まわりのことわかんないよねー。
いろいろ、知りたいよねー。」
って事で,自分の持ち場以外の情報を手に入れる事なわけです。

なるべく、裏話を交えて,上の人には気づかれないようにw

飲み会での戯言だったのをエネルギーが余っている時の私が,
勢いではじめてみたのです。
ただし、今の私は失速、会の運営は他の人にまかせてます。

で、段々と話しは進んでいって、今は自分達でプレゼンするだけでなく、
自分より目上でおもしろそうな人を呼んで話しを聞いたりしていたり。

呼んでみたのは事務系の中でも上にいる人と,広報の担当者とか。
いろんな情報が入ってきて、ネットワークは広がっていく。
こうやって派閥とかってでけていくのかなあって、他人事のように眺めております。

来月かその次には一番上の人がわざわざ時間を割いてくれるらしい。
おーすばらしい。飲み会の戯言がドンドン進んでいく。

これからとしては、うちの職場は事務系とそれ以外の断絶がひどいので、
それ以外の人たちの話も聞いてみたいなと思うのですが,
意外につてはないなと考え中だったりしているのが、今の現状です。






Last updated  Nov 6, 2006 03:50:27 PM
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Jan 31, 2006
カテゴリ:勉強なハナシ
頼まれもので4000字のレポートを書かなきゃいけないのですが、

終わってない。

だって、仕事が終わんなくて、土日しか進められなかったんだもの・・・。

あー、昼休みに頭を下げて、一週間伸ばしてもらおう・・・。






Last updated  Jan 31, 2006 09:50:52 AM
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Jan 30, 2006
カテゴリ:職場のハナシ
新年、あけましておめでとうございます。

あー、もう2月だ。

忙しいです。

仕事の量が劇的に増えました。

って、いうか、計画的に使おうよ、先生。

予算が使えるようになってから、半年あるんだから。

まとめて使おうとしないで。

って、思います。

特に、科研はねえ。

この時季に科研で大量購入している先生とか、冷笑です。

だって、研究に必要だから、お金を申請してるのに、

この年度末ぎりぎりまで、その研究してなかったの?って言いたくなりますもの。

って、感じです。

こんないやらしい愚痴を言ってますが、実はただただ大変だなあとしか思いません。

みんな事情はありますしね。

あー、残業しよーっと。






Last updated  Jan 30, 2006 05:47:13 PM
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Dec 25, 2005
テーマ:競馬全般(5529)
カテゴリ:私的なハナシ
2005年の有馬記念はディープインパクトが負けた有馬記念として語り継がれる有馬記念だと思う。
同時にサンデーサイレンス産駒だけが馬券の対象になったということで、
行く末に不安が残る有馬記念だった。。

サンデーは死んでいるし、後継は次の三歳世代が最後。
90年代前半から上昇し97年で売り上げ的にピークを迎える中央競馬人気が陰っていく90年代後半から21世紀の競馬の歴史は、そのままサンデーサイレンスの歴史でもある。
サンデー以前のオグリやトウカイテイオーのようなドラマが連続した世界から、社台とサンデーによる圧勝と覇権は、不況の中で、勝ち組と負け組という言葉が表すような社会状況の中で、競馬の世界ですら産まれた時からのトップエリート=サンデー産駒のみがヒーローであるという世界を生み出す。
それは、そのままオグリキャップのような庶民が抱ける偶像とは乖離し、人気が離れていく過程でもあった。

歴代でもタレント揃いだった98年クラシック世代はダービー馬のスペシャルウィークこそサンデー産駒だったが、ライバル馬達はサンデー外である。セイウンスカイはシェリフズスター、キングヘイローはダンシングブレーブ、エルコンドルパさーはキングマンボ、グラスワンダーはシルバーホーク、エアジハードはサクラユタカオーといったメジャーからマイナーまでを揃えていた。

それ以後の代表的な同世代的なライバル関係では、テイエムオペラオーとナリタトップロードとアドマイヤベガ、アグネスタキオンとクロフネとジャングルポケット。

いつの間にかサンデーの一番星対それ以外の異能の者達という構図ができていたと思う。
それはサンデー産駒達があまりにも重賞やGIで席巻しすぎた結果、あまりに「当たり前のようにエリートの強さ」を見せつけていく中で、しかし、ベストパフォーマンスを行うのは常に異能のサンデー外の者達である。クロフネやタニノギムレット、タップダンスシチー、シンボリクリスエス達。

その一方で常に優等生的で「つまらない強さ」のサンデーの子達は徐々に多少のパフォーマンスでは個性が発揮できなくなっていった。それがまた、競馬をつまらなくした原因だと思う。

普通の強さ。またサンデー産駒。
エリート達の出来レースと優等生的な脆さ。

その中でディープは血統エリート、サンデー産駒という背景は無視され、
ディープインパクトという確固たる才能と個性のみがクローズアップされ、
三冠というドラマを与えられ、ファンは熱狂した。
それはかつての英雄達がむしろ血統でなく、その個性のみに注目されたように。
事実、オグリキャップやナリタブライアン、トウカイテイオーはその血統自体に注目が集まったのは引退直後だけであり、今では満足な後継すらいない。
ディープは三冠の舞台に立っている間だけ、非サンデーだった。
いや、サンデーではあるが、そのサンデーらしさ、極端な瞬発力であり、黒い毛色であり、常のサンデーのような常勝性であるといったものが際立たされ強調され個性となった。

サンデーでありながら異能。
サンデーでありながら個性的。

ディープインパクトは日本の競馬における「サンデー」という現象の一つの到達点として、確固たるドラマを与えられたように思える。
そして、それにディープは若き英雄として完璧に応えていってくれた。

だが、ディープは負けた。
そして、勝ったのはハーツクライ。サンデー産駒。参着リンカーンもサンデー産駒。
そう、今日の有馬記念はディープが普通の馬ならば、
ただのサンデーが強いだけのいつもの平凡なG1なのだ。

我々がディープに求めたのはそんなものではない。
圧倒的に強く、どこからも隙が無いような完全なる覇者。
かつてのサイレンススズカやテイエムオペラオーみたいなものではなかった。古くはシンボリルドルフのような絶対的な強さではなかったか。

古馬の壁や、疲れなどの
言い訳がましい負け方をするようなヒーローはいらないのである。

ヒーローは幻想であるべきだった。

ディープが負けた。
ディープはただのサンデーと気づいてしまった。
どこか心の底で隠していた不安が顕在化した。
これで、また僕らは落胆するのだ。

やっぱり、サンデーなのかと。
所詮はサンデーなのかと。

幻想は現実に打ち砕かれるのだと。






Last updated  Dec 27, 2005 08:28:17 AM
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Dec 16, 2005
カテゴリ:職場のハナシ
忘年会ですよ。

職場といっても、前回のは部全体だったわけですが、

今日はちょっと小さめの課の忘年会だったわけです。

ふぐをつつきながら、なごやかに場は過ぎていったわけですが、

酒が入ると普段いえないようなハナシになるわけです。

というわけで、

50過ぎたおっさん二人から説教つД`)

いろいろ、聞けるわけですよ。

二人とも職場ではかなりえらい方なので、直々に説教食らうという事は光栄なわけです。

内容としては、簡単な事です。

自分のとこはお金を扱う部署な以上、なんでその事にお金を使うのかという説明責任をおっています。

そのための法令や規則もあるわけで、違反したらいけないわけです。

公的機関な以上、決まりにはずれた方法で仕事してはいけないのですよ。

しかし、日々の業務ではもちろんトラブル続きなわけです。

それも、もうどうしようもないようなトラブルってわけでなく、ちょっとしたトラブルですよね。

上に相談する事も必要の無いぐらいのトラブル、そんなものは日々、ちょいちょいと対処しているわけです。

まあ、現場の知恵ってやつです。

が、やっぱり、そういう業務で残った書類は往々にして、ちょっとおかしいわけですが、上も見逃してくれているわけですよ。

ですが、今日に限っては、

その日々対処している現場の知恵ってのは、

建前としてはおかしい!

ってのを理解しているのか、ってとこで訓戒をされたわけです。

新人なんだから、ちゃんとその辺を理解しているのか不安なんだとさ。

いやー、わかってますよー。

自分のお手々とお腹はもう真っ黒だ

てか、そんなんになったのも、

最前線にいる現場のおセンセイ様たちがおれ達無視して仕事を進めているからだー。

って、思ったりするんですけどね。

言わないけど。








Last updated  Dec 29, 2005 11:54:52 PM
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Dec 14, 2005
カテゴリ:職場のハナシ
豪雪!

ってわけで、日本海側を中心に雪ばっかふっているわけです。

当然、車は雪に埋まっているわけで、早起きしてえっちらおっちら雪かきしてから仕事場にむかうわけです。

仕事場は街よりも高地にありますから、当然、雪が降り積もっているわけですよ。

そうするとですね、当然。

雪かきも職務

なわけですよ。

いつもより、30分早く駆り出されて雪かきしてきました。

仕事の前の一汗。

後の仕事はとってもだるいです。



けど、思うわけです。

雪かきする場所はどこかというと、

事務職が働く棟のまわり

だけです。

あれ?

おれたちって、そこらに寒いねーっていいながら、ミニスカはいている人たちのお金で働いているんじゃないかしら?

つまり、

ユーザーのための雪かきは無し!!!

バス停に通じる道も雪かきはしますが、それも結局は自分たちの利害が絡むからだしね。

そう僕らは自助努力という言葉の大切さを冷気と雪をもってかみ締めるまで教育してやろうってわけですよ。

こんな事いっている自分ですが、

職務じゃなかったら誰が他人のために雪かきなんざしてやるか!

そこまでのボランティア精神はありませんが、組織としてユーザーを無視した態度はどうなんでしょ?とは思います。







Last updated  Dec 19, 2005 10:12:22 PM
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Dec 13, 2005
カテゴリ:私的なハナシ
ジブリの次回作が『ゲド戦記』に決まったそうで。

『ゲド戦記』といえば、言わずとしれた世界三大ファンタジーの一つ。

その分、数々のファンタジーの原点と言うべき、設定、表現、世界観などが満載なわけです。

読んでみてわかるのですが、

古典

という表現がぴったりくると思います。

つまり、

どこか覚えがある設定ばかり(苦笑

それもそのはず、以後のファンタジーが受けた影響の大きさを考えたら当然なわけです。

真実の名前、竜との関係、魔法学校、光と闇といったものは特にありがちに思えてしまいます。

つまりね、『ゲド戦記』をそのまま映画化してもですね、

どっかありきたりな映像、世界観の提示。

にしかならない気がするんですよ。

危惧しているのですよ。


そんな話を『ゲド戦記』ファンの友達の金正日とメールで話しているとですね、

「物語はあくまで本と読者の一対一の関係だと思うんだよね。映画化されると、消費されるって図式に転化されるじゃない。それが辛い。」

って、一言がメールできたわけです。

これは最もだと思うんですよね。

古典で思い入れの強いファンがたくさんいるような『ゲド戦記』。

ちゃんとした解釈と独自性を発揮した映像を提示できるのか。

『ゲド戦記』の持つ静かかつ繊細かつ、人間とは何かを考え抜く世界を、映画として一流のクオリティを持って提示できるのか。

見ものです。

ちょっと、見ものです。

きっと、ヒットするんでしょうけど、なんかそれって、ジブリアニメの持つ偏執狂的なものからかけ離れた、普通の商品としてのヒットの仕方じゃないのかな。

ハリウッド映画と何が違うのか。

って、いろんな心配があるわけですが、

これだけ心配させてくれるだけ、うれしいなって思います。






Last updated  Dec 18, 2005 10:48:44 PM
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