カテゴリ:Serial stores
構造から昼過ぎに連絡があって、芦花公園から新宿までは電車は走っていたけれど 徐行運転で、しかも各駅の停車時間が長く、途中で止まってしまったりもして 新宿まで2時間近く電車に乗っていたそうだ。 母がとりあえず家に来てもらいなさいというので、駅まで迎えに行った。 構造はブルーと紺と白の縞模様のスキー帽をかぶり、紺色のダッフルコートを着て スキー帽とお揃いのマフラーをして立っていたので誰だか初めわからなかった。 私が構造の前を通り過ぎると、構造は私の腕を掴んで引き寄せたので、思わず、キャーと言うと 「俺だよ」 と言いながら、ドサクサに紛れるように肩を抱いた。 私もかなり厚着をしていたし、特に寒かったので、まあそのくらいは許そうと思って黙って歩き出した。 「電車がそれでも動いてくれていて良かったよ」 と構造は白い息を吐きながら言う。 「良く来る気になったわね。そんなに逢いたかったの?」 と、探るように見ると 「嬉しかった?」 と聞き返すから 「そうね、嫌な気はしないわね」 と冷静に言うと 「随分だな・・・」 と言いながら私の顔を見て笑った。 「私は雪が好き。雪が降ってあたり一面が白く美しく見える。汚れた街が消えて、違う世界に変る現象が好きなの。 あと雪を踏むときのキュキュという音も」 「雪が好きって事に、随分情感がこもっているんだね。俺には素っ気無いくせに」 「言葉であらわせない事ってない?一言では言えないし、多くを語るのも違う気がして、だからただ黙っていることしか出来ない事って。 私にとって人を好きになるってそんななの。どう説明していいのかわからないの。説明できるものなんて 本当のものじゃないって気もするし、多くの美しい出来事は説明不可能だと思ってる」 私は普通に言ったのだけれど、構造は感極まったとばかりにいきなり抱きついてきた。 「人が見ているでしょう?ここうちの近くなんだから」 と小声で言うと構造は私を離した。 家に着くと母がお昼に、しょうが焼きと、けんちん汁と、揚げなすの煮浸しを作って待ってくれていた。 母と構造はお互いに挨拶をして、幼稚園の頃の構造と私の話をした。 構造は覚えているけれど、あれが私だったと聞いてとても驚いた。 私が覚えていないと知るとちょっと膨れた顔をした。 母は今日これからこの建物の中にあるフランス料理の教室のホームパーティーがあって、それに出かけて夕方まで帰っては来ない。 構造は母の作った食事をとても美味しそうに食べている。 「和食が好きなの?」 と構造が聞くので、本当は洋食が好きなんだけど、和食を食べるように水泳のコーチに言われているので、なるべく和食を食べるようにしていると話した。 「脂肪をあまり取らないほうがいいから?」 「そうみたい」 「随分熱心なんだね」 「最近調子がいいからもしかしたら現役に復帰できるかもしれないんだ」 「嬉しそうだね」 「そうね、とても嬉しいわ。やっぱり紗織に対して自分が納得できることをしなければ、何も前に進めない気がしてた。 ずっと水泳をしてきたから、それで華を咲かせることが私には一番の望みなの。 まだ期待できるってだけで復帰が出来ると決まった訳じゃないけど。 ただ今はそれに向かって全力を尽くしたいの」 「上手くいえないけど、水泳に嫉妬しているな、俺。素直に頑張れよって言えないもんな。 何でだよって思うよ。でも組織がしたい事を、するなとまでは言えないよ。 出来るだけの事を今するべきだと思うのなら、俺となんて付き合っていられないだろう?」 「明日から練習量を増やそうと思っているの。今は、月、水、金ってコーチについて習っているけど それだけじゃ足りないから、コーチに練習メニューを作ってもらって 日曜日以外はスイミングクラブの一般開放の時間に練習するつもり。 ごめん勝手に決めて、相談もなく。でも一緒に帰れるし、新宿まで、それに日曜日は会えるでしょう? それで構造が良いって言ってくれれば今までどおりにしていきたいけど」 「でも水泳の大会は大体日曜日にあるでしょう?これからはいろんな大会にも出るようになるんじゃないの?」 「うん。まあそうだけど・・」 その後はとても気まずい空気が流れて、構造は何を言っても心ここにあらずといった感じだった。 きっとショックだったのだろう。構造は二人でいる時間をもっと考えていたと思うし 一緒にいろいろなところにも行きたかっただろうし、もっといろいろ話もじっくりこれからしたかったのだと思う。 その望みを私が全部潰してしまったようなものだった。 「さっき言った事は本当だよね。信じてもいい?」 構造は急にお茶碗を洗っている私のところに来てそんなことを言った。 初め何のことを言っているのかわからなかったけれど、多分駅から家まで来る時に私が「好き」ということについて話した内容だと思ったので 「好きについての事?」 と聞くと 「ああ、そうだよ」 と言って、後ろから私を抱きしめた。 私は随分辛い気持ちになっていた。 構造のことを考えるといたたまれない気がした。 何故私は構造を一番に考えられないのだろう、こんなに好きなのに・・。 でも水泳の事と構造の事は私の中では全く次元が違っていた。 それは仕事みたいなものだった。 やめるわけにはいかないし、向上し続けなければならなかった。 それが小さい時から身についてしまっているのだ。 だからその意識を変えることは難しかったし 紗織のこともあるからなお更だった。 でもきっと紗織は構造のことを一番に考えてあげてというだろう。 だけど構造と会い続けていろいろ話しをするだけではきっと終わらない。 いつか構造は本気で私の全てを欲する日が来ると思う。 でも私にはその気持ちはなかった。 全くないわけではないけれど、その先に何があるのだろうと思ってしまう。 行き着くところまで行ってしまった先には。 そんなのは後の方が良いに決っている。 今ももう、構造は我を失いそうな視線になっていた。 玄関の鍵が開く音がして、構造は飛び跳ねんばかりに私から離れると、居間のソファーに退散して行った。 朝早くから出かけていた父が帰って来たのだった。 私は構造を連れて玄関に行き、父に構造を合わせた。 父はすぐ書斎に籠もってしまうので、その前にちゃんと挨拶してもらいたかった。 父はちょっと怪訝そうな目で私を見て、構造にごゆっくりというと、自分の部屋に入って行った。 それからずぐ 「俺帰るよ」と言うので構造を駅まで見送りに行った。 「今晩ゆっくりと考えてみるよ。今は何も考えられないから、冷静になって頭を冷してみるよ。明日一緒に帰ろう。校門にいるから」 「ありがとう。私を許してね。勝手なところを」 「いいんだよ。仕方がないことなんだよ。でもお互いの気持ちがあればどんなことでも乗り越えていけるんじゃないかな、きっと」 「そうね、そう思うわ。気をつけて帰ってね。着いたら電話して、心配だから」 「わかったよ。電話するよ」 構造は何度も手を振りながら帰って行った。 構造のことを思い出すとき、いつも決まってバッハのG線上のアリアが私の中で響く。 そしていつも哀しい気持ちにさせる。でももうそれは終わってしまったことで、私の中では完結していた。けれどそれを1つの形とし、私が生きたあの頃を、残しておきたかった。紗織のことも何もかもを。 つづく お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.01.22 08:44:27
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