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2006.02.17
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カテゴリ:Short stores
MONOという賃貸住宅は3階建てで、建物の中央に入口があり、例えば西側の1階の部屋を1-W、2階を2-W、東側の3階3-E、という具合に部屋番が決められていた。
麻子が住んでいた部屋は2-W。
麻子はこの部屋を偏愛していた。

外観はコンクリートの打ちっ放しで、無機質な感じ。
部屋は収納十分なシューズクローゼットに、15畳弱のフロアがあって、大きな窓が通り沿いにあり、ブラインドがついている。
東側の壁面には、収納棚が一面。
ビデオもCDも本もDVDもテレビも収まるし、引き出しも付いていたので、こまごましたものも収納できた。
西側の壁は何もないので、机と、クラビノーバと、二人用のテーブルと椅子を置いた。
広めの縦長キッチンと、バス、トイレ、ランドリーがあって、八畳強の広さの寝室がある。クローゼットが十分すぎる程付いて、大きな窓があった。

家具がほとんど必要ないので空間が多く、それだけで仕事から帰ってくると疲れが取れるのだ。
この部屋を借りる為に麻子は、残業をし、買いたいものも我慢して、食べるものも控えめにしていた。

家賃は麻子の給料の半分を占める。
切り詰めてはいても、赤字の月がほとんどだった。賞与の一部や、年末調整、臨時手当などで埋めていた。
仕事の帰りの飲み会も断ったり、友達の付き合いも減らしていた。
人との付き合いを削ってまで、この部屋に住みたかったのは、一目見た時からだった。
ここは私の為の場所だとさえ思った。

目の前が私立の男子高校だったので、夜は静かだ。
休みの日に家にいても、学校も休みだったから、生徒のざわめきに朝早く起こされることもなかったし。

住んでいる人たちは、I-Wがクリントンさんという日本人の奥さんとのカップルと、1-Eはスミスさんという年配の男性、2-Eは日本人のレントゲン技師、3-Wにはジョーさんという黒人男性を中心とする数人のグループ、3-Eはこの建物のオーナーの親戚の日本人男性、子供が1人もいないせいもあってとても静かだった。

金曜日の夜が一番好きだった。
次の日が休みで、夜遅くまでのんびりと過ごせるから。
仕事から戻ると、軽く食事をして、例えばカルボラーナとサラダとスープですませて、バスタブにお湯を満たしてゆっくりつかり、洗濯物をランドリーにいれて、部屋をかたずけて、それから、好きな音楽を聴きながら、好きな本を読んだり、何か弾きたくなったら、クラビノーバでヘッドホーンをして弾いたりする。

そして、北海道に行っている、映二からの電話に出たり。
映二と麻子は3年前に知り合い、恋人関係になった頃、映二の北海道への転勤の知らせがあった。
まだ二人の関係は結婚するほどの仲でもなかったし、かと言って友達関係でもなかったので、二人は結構混乱したけれど、年末年始、夏休み、ゴールデンウィーク、それ以外に有給を取って会うことが出来るから、暫くそれでやってみようということになっていた。

「何していたの?また、本読んでたの?」
「札幌はどう?相変わらず雪?」
「今年は降り始めが早かったかな」
「そう・・」

話が続かなかった。
映二はまめな方ではないので、電話もたまに気が向けばかけてくる程度だったし、東京へもお盆と年末だけ帰ってくるだけになっていた。
麻子もそんな映二を不満には思わず、それならそれでいい、なんて思っていたりした。
ただどちらとも自分から別れるような話をしないだけで、付き合っていると、いえない状態だった。

「淋しくない?それとも楽しくやっているのかな」
「あなたは?そっちでいい人でもできたんじゃない?」
「なんにもないよ。ただ仕事して、部屋に帰るだけだよ。たまに部長に付き合うけどね」
「私も大体部屋にいるわ。私この部屋が大好きなの。ここにいられればそれでいいって感じ」
「まだ君の部屋にお邪魔していないな。今度東京へ行ったら、寄らせてもらえるかな」
「あなたにそんな気がまだあるなんて知らなかった。私にはもう興味もないのかと思っていた」
「来月纏めて休みとろうと思っているから、また連絡するよ」

けれど映二からはその後何の連絡もなかった。きっと約束した事さえ忘れているのだろう。だったら何も言わなければいいのに・・と麻子は思うのだ。

ある金曜日の夜、麻子の部屋のドアをノックする音がした。
ドアの穴から覗いてみると、映二が立っていた。
麻子はびっくりして、どうしたの?こんな時間に,しかも急に・・と言いながらドアを開けた。
映二は疲れ果てている様子だった。

「上がらせてもらっていいのかな?」
「ここまで来て何言ってるのよ。駄目です、なんて言えると思う」

麻子は重たい旅行バッグを受け取ると、部屋に運んだ。
映二はお邪魔しますと言うと、まるで未開の地にでも足を踏み入れるかのようにおずおずと麻子の部屋に入った。

とにかく疲れていると思ったので、お湯をバスタブに溜めてあげた。
お腹は?と聞くと、何か食べるものがあれば有難いけどと言うので、作り置きして冷凍してあるカレーを、解凍して暖めて、ゆで卵のサラダと出してあげたら、あっという間に食べてしまった。
相当お腹が減っていたのだ。
まだ何か食べる?と聴くと苦笑いして頷くので、冷凍のピザをオーブンで温めて出して、コーヒーを入れて向かいに腰を降ろすと、満足した映二の顔があった。

映二は少し痩せたようだった。
多分きちんと食事を普段とっていないせいなのだろう。
けれど映二と逢うのは久しぶりだったから、懐かしい気持ちがして、麻子にとっては思いがけない夜になった。

映二は何故突然ここへ押しかける事になってしまったかを、一所懸命説明していたけれど、麻子は説明なんて要らないのにと思って、ただ熱心に話しをする映二を見ていた。
ただ会いたかったからと言えば、そのほうがどれだけ二人の関係が良くなるかと思わずにいられなかった。
きっと映二は夜遅くに押しかけた事を悪く思っているのかもしれないけれど。
この先の二人の行方は、麻子にもまだ何も見えはしなかった。






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Last updated  2006.02.17 07:59:18
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