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2006.05.17
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カテゴリ:独り言

電車を乗り継いで一時間とちょっと、黒い春物のワンピースを着て、真珠のネックレスをして、たどり着いたのは、埼玉県の吉川という駅だった。

東口のタクシー乗り場からタクシーに乗った。


越谷市斎場、わかりますか?


と聞くと、そのタクシーのおじさんは


わかるよ


と訛った口調で言った。

そのおじさんはとてもゆっくり話す人で、声が優しかった。


つい最近まではこの駅の近くに斎場があったんだけど、随分遠くに新しいのを建てたんだよね。
結構かかるよ、20分くらい。タクシーでも。


わたしは見慣れない風景をその旧式のタクシーの窓から眺めていた。

ずいぶん日が延て、もう五時半になろうとしているのに、夕暮れ時はまだ始まったばかりだった。




ひと月前に会ったときには、まだ話も出来たし、確かに痛そうにしてはいたけれど、それをなんとか、表情に表さずにいられるほどには元気だった。


わたし、いかにも病人ですって、見えない?


いつも控えめな人で、物腰も女らしい人だった。

今、日本で使える抗がん剤で、一番強いものを使っていたけれど、それも効かなくなってしまって、手の施しようが無いと見放されて、とりあえず自宅に帰って来ていた。

明日からは、治療を目的としない、はっきり言えば、人生の最後を迎えるための、病院的な場所へ入ることになっていた。

なのに、ちゃんとお化粧をして、身綺麗にして、いつもと変わりないようにしている姿が健気だった。

叔父と知り合って、お互い遅すぎる春だったけれど、優しさを絵に描いたような叔父と、その人はとても似合いだった。

お互いにおっとりしていて、二人でいつも微笑んでいる姿が、とてもほのぼのとしていた。

なのに何故あっという間に二人を引き離してしまうのだろう。

何故、二人がいっしょになったのが遅かった分、長く生きさせてあげないのだろう。




そんなことを考えていると


どっちの方から来たの?


とおじさんが聞く。


東京の〇〇の方から来たの。


そんじゃ、こんなことろめずらしいなぁ。
どのくらいかかった、時間。


一時間とちょっとで着いたけど。


電車混んでただろうねぇ。


ええ、とても。


ラッシュだものなぁ。




何故かこのおじさんと話していると、張裂けそうな気持ちが静まっていった。
不思議なおじさんだった。


誰が亡くなったの。


叔母さん。


なんで?


癌で。


癌かぁ。


ひと月前に会ってから、あっという間に逝ってしまったんです。
子供がいない夫婦で、でもとても仲が良くて、二人っきりだし、女の人は強いから、全部叔父は叔母に話しをしていて、「もう直ぐ死ぬのね、わたし」なんて平気で言っていたんです。


女の人は強いねぇ。
わたしもねぇ、妻を亡くしたんだけどね、自分が病気になってしまって、しばらく何も出来なかったんだなぁ。
くも膜下出血で、ある日突然、倒れてそれっきりだった。
あの時は辛かったね、やっぱり。




叔父は叔母が亡くなってしまうことを知っていたから、心の準備が出来ていた。

叔母と二人で生前、葬儀の話までしていた。




もうすぐだよ。
ほら、あそこに見えるでしょう。
川の近くに。



何にもないところに、平たい建物が何個か建っているのが見えた。




叔母の顔を見るまでは、心はざわめいていたけれど、その死顔は、ほっとした表情をしていて綺麗だった。

それを見て、ああ、良かったと思えた。

叔父は悲しいのだろうけれど、ごく普通にしていた。



お清めの席でとなりに座る叔父に


叔父さん大丈夫?


と聞くと


できるだけのことはしたからね


と自分自身を納得させるように言った。




わたしは駅まで親戚に送ってもらうと、また電車を乗り継いで帰っていった。

どこか全てが夢の中のような一日だった。

あのタクシーのおじさんは今ごろどこを走るのだろう。





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Last updated  2006.05.24 15:44:42
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