|
テーマ:愛犬のいる生活(75330)
カテゴリ:*** 神話・お話 ***
その白い犬は「白」と呼ばれていました。
ある静かな春の日、白は仲良しの「黒」が犬殺しに狙われているのを見ました。 あぶない、と思った時、犬殺しは殺気の籠った目で白をにらみました。 思わず逃げ出した白の背後から、かわいそうな黒の悲鳴が聞こえました。 「きゃあん。きゃあん。助けて!」 死に物狂いで白は家に駆け帰り、ご主人様に怖かったよと叫びます。 しかし、ご主人様は白を冷淡に迎えました。 「このすごく吠えている黒犬、きっと狂犬よ」 そうなのです。 驚いたことに白の体は、なぜか真っ黒の毛並みに変わっていたのです。 白は血がにじむほど強く石を投げつけられ、なすすべなくご主人様のもとを去りました。 あてどもなくさまよう白の心には、最期の黒の声が響いていました。 助けてというあの声は、臆病だった白の罪を咎めているようでした。 「ぼくはなぜ、黒を助けなかったのだろう」 白は火事場に飛び込み人を救い、暴風雨に遭難した人を安全な場所へ導きました。 大蛇を退治し猫を救い、動物園から逃げ出した狼さえ撃退しました。 それらの行いは白の贖罪であり、黒く染まった自らの体を滅ぼしたいという願いからでもありました。 しかし、白は如何に危険な場所に飛び込んでも、死ぬことはできませんでした。 ある秋の夜、疲れ切った白は月に願います。 「わたしは黒を見殺しにしました。 そのため、私の体は黒く染まり、ご主人様からも追われました。 ご主人様に会えば、私は狂犬として打ち殺されてしまうかもしれません。 それでもかまいません。最期にもう一度、ご主人様に会わせてください。」 半年ぶりに家に戻った白は、月に願うとそのまま深い眠りに落ちました。 朝、懐かしいその声を聞くまでは。 「白。帰ってきたの? 一体、どこに行っていたのよ」 白は思わず飛び退きかけましたが、ご主人様のお嬢さんの瞳に映る自らの姿に魅入られます。 お嬢さんの瞳に映るのは、白い体に戻った一匹の犬でした。 やがて、その瞳に映る白犬の姿は揺れ滲み、お嬢さんの頬を涙が伝いました。 「白、よく帰ってきたね」 白はもう、涙をこらえることができませんでした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 芥川龍之介の名作「白」に、今年のあり方を想う。 【青空文庫】 「白」 【過去の日記】 「きみに ちかう - 捨て犬 -」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[*** 神話・お話 ***] カテゴリの最新記事
|