2023/08/16(水)12:45
橋まで作りました
誰もが驚きました。
まさか彼らに逆らう者がいようとは。
彼らは近隣を荒らしていた荒武士達。
彼らに抗議する命知らずは誰でしょうか。
その命知らずは、なんと12歳の少年。
奉公先を逃げ出し、橋の上で寝ていた日吉丸(豊臣秀吉)でした。
日吉丸は一行が彼の頭を蹴ったから、詫びろと行っています。
日吉丸は一行の頭の刀の鞘をつかんで離しません。
血気盛んな荒武士達は、すでに臨戦態勢です。
行く手も阻まれ、日吉丸に逃げ場所はありません。
静かに成り行きを見守る者たちもいます。
一行の後方の者たちは、まだ何が起きたかよくわかっていません。
実は一行の頭は、蜂須賀小六でした。
小六は荒ぶる一行を諭します。
この件で、蜂須賀小六は日吉丸の度胸に感心しました。
そのうえで小六は日吉丸を家来にします。
これが後の豊臣秀吉の出世のきっかけとなりました。
これは「日吉丸 矢作橋 出世の緒」。
愛知県の五色園で、浅野祥雲の最高の力作と私は思います。
なにしろ矢作橋まで作っているのですから。
しかし、五色園という宗教公園に無関係な秀吉の話。
しかも秀吉の時代には矢作橋はできておらず、後の作り話とされる逸話。
想いの読めない祥雲さんの熱意に戸惑いつつ、私も唐突にピクチャー撮影中心でのご紹介でした。
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