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愛知県知多郡南知多町の大慈山中之院の軍人像。
中之院は岩屋寺の山門のすぐ前数十メートル、岩屋寺の奥の院への山道入り口付近にあります。 そこには浅野祥雲のコンクリート像とは異なる、石像があります。 石像の多くは、まだ少年と思わせる顔立ちの兵士です。 浅野祥雲以外の4人の石職人の作品でしょう。 浅野祥雲はあえて若年の兵士の像を避けたように思えます。 似てはいますが、それぞれ別の石像です。 胸から上だけの像は、運搬時に親族不在で無縁となっていたもの。 運搬の都合から、これらは切断されました。 祥雲が健在であれば、さぞや憤慨したことでしょう。 これはコンクリート像(浅野祥雲作)でしょうか。 親子の様に見える像もあり、より哀れに思えます。 若い命が容赦なく奪われる。 それが戦争とあらためて感じます。 【中之院の兵士像1】 「記事のリンク1」 【 武力が人を狂わせる 】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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こんばんは
先日 寺院での忠魂碑 名簿 見ていましたら 20代が 圧倒的に 多かったです 希望に満ちた青春 突撃ラッパで 機銃 であの世に この像が 無念さを 潜めているのでしょうね (2020.09.23 20:05:47)
こんばんは
当時は日本が一番偉いと思い込んでいたから絶対勝つという信念から、戦争を起こしたのでしょうね。 今から考えれば無謀としか言えませんね。 戦争は行ってはいけませんね。 (2020.09.23 20:38:00)
わざとそういう像だったのではなくて、運搬の都合で…っていうのが悲しすぎますね。
私が子供の頃って、平和教育が一番盛んだったような気がしますが、戦争は悪と教えたいがために、軍人さんのことがないがしろにされていた気がしてなりません。 (2020.09.23 21:11:50)
(✿✪‿✪。)ノコンチャ♡。
戦争。私の母が3歳の頃に防空壕で泥だんごを作りながら遊んでいたそうな。 自宅のお庭の防空壕。柿の木の下に防空壕があったそうです。 柿の木、枯れたお知らせを聞いた事があるのでおそらく切ってサヨナラしたと思います。お庭の模様替えをしたんじゃないかしら? (2020.09.24 14:37:55)
戦後75年が過ぎ、私なども戦争を知りません。
しかしこうした兵隊さんたちの石像を見ますと 決して悲しみだけしか残さない戦争を 忘れてはいけないのだなと思います。 (2020.09.24 18:06:05)
こんにちは。
始めからではなく、運搬のために切断はちょっとなあ。 私は両親が戦争世代なので、学徒出陣は憎んでましたね。 母の実家は農家だったので、疎開してきた人に無料で野菜など食べ物を分けていました。意地悪な人はお金とっていたそうです。 若い命を摘んだ戦争。大戦など二度としたくないですね。 (2020.09.25 16:30:32)
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