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2018.07.09
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カテゴリ:カテゴリ未分類
聖フランチェスコは愛したいけど、どうして愛したらいいのか解らないというジレンマ・・・・。
何日も苦しみが続き、不安が増し、イライラと絶望がつのり、ついに・・・・フランチェスコは悟ったそうです。
愛したいけど、どうして愛したらいいのか解らない。全身が疑問のかたまりのようになって、
そういう普通の意識状態を超え、意識の限界に達した時、
最後に一瞬の飛躍があり、意識の境界線を越えて、本来の自己が現れたのでしょう。
我をわすれて、そのものそれになりきった時、何らかの感覚の縁にふれて、
そのとき初めて、本来の自己を悟ると言うものかもしれませんウィンク
そのものになりきって、(ものになる)ところに本来の自己が現れるものだと思います。
臨済宗では公案という謎のようなものが、師から弟子に与えられると言われています。
これは自分の知り合いで臨済宗のある本山にいた、お坊さんをしていた方から聞いた事がありました。
本山修行では、「隻手の声」とよばれるものがあって、つまり両手を合わせれば音がするけれども、
片手の音が聞こえるかという問題だそうですびっくり
これはいく頭で考えてみてもどうにもならない問題ですが、それなのに独参といわれるものがあって、
何回も老師のもとに引き出されるというものです。。
その回答を何回も要求されるそうです。
そして普通の心理状態ではなくなり、次第に普通の意識状態を超えて、
最後に一瞬の飛躍があって、仏性の本来の自己を見るそうです。
これが臨済宗のにおける悟り(見性)だと思っているのです!?






Last updated  2018.07.09 14:06:31
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