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カテゴリ:書籍・雑誌
![]() (「昭和40年男 vol.47」より) 雑誌「昭和40年男」には,Nゲージに関する興味深い記事がいくつか掲載されています。今回は,それらの記事を紹介するとともに,昭和と鉄道に関する他の媒体の記事も取り上げたいと思います。あまりまとまりのない構成となりますが,ご容赦願います。 「昭和40年男 vol.2」より 同号では,「タメ年モノ」として,同年に発売された関水金属のNゲージがあげられています。 「Nゲージは一部の鉄道模型ファンだけでなく,しだいに幅広い層にも受け入れられる。そして子どもにも大人気となっていった。昭和40年男の多くにとっても,あこがれの存在ではなかっただろうか。」 「昭和40年に国内メーカー初のNゲージが発売される・・・1/150スケール,9mmゲージのC50型蒸気機関車とオハ31系客車・・・ただ,当初から爆発的にヒットしたわけでもなかったようだ・・・昭和も50年代に差しかかると,Nゲージも広く受け入れられ,新たな鉄道模型ファンを獲得する。国内他メーカーからもNゲージが続々と発売され始め,さらにブルートレインブームなどもあって,参入メーカーは増えていった。Nゲージが鉄道模型の主流になったのだ。昭和40年男がNゲージに興味を持ったのも,きっとそのころではないだろうか。」 「昭和40年男 vol.13」より 昭和51年特集となった同号では,同年にスタートしたTOMIXについて詳しく取り上げられており,トミーテック・小松一也氏へのインタビューが行われていますので,一部抜粋します。 「私は企画担当ではなかったので,想像の域を出ませんが,113系は当時あっちこっちで走っていたんですよ。それで身近な存在だったのと,色替えができてバリエーションが増やせたんです。湘南色と横須賀線の色とに化けさせられたり,今は細かい形が違うと許されないんですけれども,当時は大らかだったので色が違うだけでごまかせたんです」 「DD51を出したときに,車番を車体に書き込むのですが,今だと何番台ならこうとか,細かく作らないといけなくて,少しでも違うとたちまちお客さんからクレームが来るんですが,当時はその点全く気にしなくて済んだので,756号機というのを作ったんですよ。実際の756号機はモデルとだいぶ違うんですよ。なのになんでそんな番号を当てたのかというと,その前の年に王貞治選手が756号のホームラン世界記録を達成したのにあやかったんですよ。そういうイタズラができた」 「24系25形客車はカトーさんもうちも同時に出していましたが,両方ともよく売れましたよ。本当に猫も杓子もという感じで,当時はみんなの憧れでしたからね。あのおかげでしばらく飯が食えた感じでした」
「昭和40年男 vol.47」より 「誕生!昭和40年」として,同年にスタートした様々なものに関する連載で,関水金属のNゲージが取り上げられました。 「小学生の頃,お年玉がたまると,今年こそは手に入れたい!と思うものがあった。それが鉄道模型だ。特に,1970年代のブルートレインブームの頃は,週末になると東京駅へ行って写真を撮り,平日には鉄道模型を持っている友達の家で触らせてもらい,“自分の列車”を走らせることを夢想したものだ。・・・今や,日本ではNゲージが鉄道模型の主流となり,多くのファンを持つようになった。・・・まずは,子供の頃に憧れた列車を走らせるところから始めてみたい。」 さて,上記のとおり,昭和の鉄道を振り返る上で重要なトピックスの一つがブルートレインブームです。日本模型新聞1035号(1978年3月1日)14面に当時の雰囲気を伝える記事があったので,抜粋してご紹介します。 「(株)有井製作所では,今春から新しい商品分野の開発で製造販売に積極的に取組むことになった。(略)その第一弾が,三月末から四月にかけて発売スタートする“ブルートレイン・シリーズ”のEF65形の電気機関車である。最近,SLブームに続く,チビッ子ファンの人気を高めており西日本地区を中心に全国的に衆目を浴びているのだ。(略)春商戦に突中して,企画生産の陣頭指揮をとる有井利行社長が熱ぽく語る。 『従来,うちは自動車主力の重点志向で,進んできましたが,ことしからは新路線もグンと拡充・強化します。そのためには常に話題性のある商品を開発して行くつもりです。従来の自動車一本ヤリの飛行が“片肺飛行”なら,こんどの路線は“両翼飛行体制”というわけです。そのため,上半期の第一目標は“ブルートレインシリーズ”の発売です。キットのセット内容もパッケージデザインもチビッコ・ファンの関心と魅力を換起(原文ママ)するように,イメージもガラット違うハズです』(略)『ことしは,うちがプラモデルを製造してから十五年目,法人設立してから十年目。つまり,次の前進へ一歩踏み出したわけですね。その意味で,ことしは張り切らざるを得ません』(略) 去る二月十九日には,有井社長自ずから,毎日曜の午前中,チビッコ・カメラマンが電車の到着を待ちかまえて群がっている-という情報で,東京駅へ出かけ,電車の模型を持参して,チビッコ・ファンに『ブルートレインのどこに魅きつける強い関心があるのか』製品化に備えてナマの声と意見を何度も聞いたりして,人気振りを確認する密着取材を行なったという。 『まア,何というか身の危険も忘れて,カメラを持ったチビッコたちが数十人も早朝から群がっていているんです。前日に九州・博多を出発し翌日の午前十一時二十分に東京駅へ電車が着くんですが早朝(六時二十分現在)でも四〇人ぐらい群がっており,電車の到着時には四倍の数に増えるんですからビックリです。なかには線路に降りて,撮影する子もいた。このため,鉄道公安職員らが。ホームにロープを張って,その整理に大わらわという光景もあった。安全対策から熱狂的なチビッコの特別リストまで当局で作成し,警備しているんです。名簿を見たら三六〇人もリストアップされていたんですよ』とブルートレインの人気のものすごさを熱ぽく強調する。このほか交通博物館へも出かけたり,製品発売にも『スーパーカーの次は,ブルートレインだ』の意気込みで生産に取り組んでいる。(略)『昼の新鋭機が,新幹線とするならば,ブルートレインは夜の女王,といえます』有井社長の製品にかける期待は大きい。」 また,昭和の鉄道を特徴づけるものといえば,ストライキを欠かすことはできません。 特に,1970年代の国鉄では,アジ電車やスローガン電車といわれる,労働組合が車体に各種スローガンを大書した車両がありました。映画「パッチギ!LOVE&PEACE」(2007)では,関東鉄道キハ350形が国鉄103系に「化けて」いますが,その姿は青22号の車体に「スト貫徹」「不当弾圧粉砕」等のスローガンを大書したものでした。余談ですが,同様に映画で鉄道車両が「化けた」例としては,「地下鉄に乗って」(2006)で営団5000系が営団300形に化けた例がありますね。 Nゲージの世界では,マイクロエースから2010年に発売された101系(赤羽線・カナリアイエロー)と113系(伊東線・湘南+横須賀色)には,「団結シール」として,「大巾賃上げ」「合理化反対」「春闘勝利」などと記載されたデカールが付属しています。また,以前,グリーンマックスの「電車庫」や「近代型詰所」に含まれていたデカールには,「合理化反対」「スト権奪回(※権の字は木偏に又)」の文字がありましたね。 当ブログでたびたび紹介している,トイジャーナル/トイズマガジンの2誌には,岸義弘・アサヒ玩具社長による,以下のような文が掲載されています(いずれも1976年2月号)。やや激しい表現もありますが,当時の雰囲気を伝える文章としてご紹介したいと思います。 「一党独裁の『社会主義政権』樹立を目的とする違法ストを許すな! (略)昭和五十年十一月二十六日から十二月三日迄行った公労協のスト権ストは、公共機関利用の我々国民としては、座視し得ない段階まできていると思う。我々国民の当然の権利を踏みにじり、我々利用者に、甚大な損害を与えた、八日間にわたる長期違法ストを行った公労協の言い分は、極めてゴリ押しの、ガリガリ亡者の自分勝手なものである。一番は公労法で禁止されている、ストライキを公然とさせよ、と言うものである。其の理由は、憲法二十八条で、勤労者のストライキ権を、民間並に、自分たちにもよこせ、と言うものである。人事院、公労協等の機関で、手厚く保護されて居り、其の上さらに恩給、官舎等で、民間企業に働く勤労者に比べると、比較にならぬくらいの『労働貴族』でありながら、『スト権奪還闘争』は、『階級的対立の接点で闘われるもの』だとか、『あくまでも力で闘い取る』、などと揚言する。そればかりではない。『資本主義制度が続く限り闘争を止めない』、と言うのだから、これはもう、勤労者の経済闘争ではない。この面でも、憲法で許された『団結権』からは逸脱している。政治ストであり、革命への予行闘争である。事実国労の綱領は、『階級の解放を目ざして闘う』、と書いてある。 つまり、国鉄内部の国労、動労は、『革命団体』であり、『解放勢力』の核である。それもなる程、動労の実力者、東京地方本部委員長、松崎明は、鉄パイプを振って、人殺しをして居る革マル派の大幹部だ。そのためか、『団結を破った奴は、殺されても当然だ』と言い、国労と動力車機関区の内部は、まるで、日本国の法の外にある、野蛮な暴力の世界であるそうである。『一切の国家権力を否認し、社会主義政権樹立のために闘う』つまり、労働団体ではなく、暴力革命集団である。此んな危険な暴力革命集団を破防法の対象に出来ないのなら、破防法なんか不要だと思うがどうだろう。言うまでもなく、破防法は、『暴力主義的破壊活動』を行う団体に対する刑罰規定を、『公共安全の確保のため』に定めたものである。国労、動労は明らかに『暴力主義』である。此んな暴力集団が八日間という、長期違法ストを堂々と、何故行ったのか。三木ウロチョロ首相が労働者に『理解』がある様なカッコウをしたり、藤井国鉄無能総裁が、『条件付きで、スト権を附与する方がよい』等と無責任な事を言う程、『まぬけ』だからであろう。どんな条件を付けて、スト権を与えても、『社会主義政権樹立』迄闘うと言う綱領を持つ集団が、国民の権利を認めて、まじめに仕事をする筈が無いではないか。公共事業利用者協議会長楠円治氏の談話では、国労は1日3時間、保線区では、休んでばかりいて、実働2時間しか働いてないそうだ。警察官や自衛隊員を、つかまえて、税金ドロボーなどと、ほざく馬鹿者は、自らが税金ドロボーなのに、頬被りして居る。(略)」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.01.05 20:20:17
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