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雪月花~北海道からの日記

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たび

2019.02.05
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テーマ:できごと(55)
カテゴリ:たび
​​旧国鉄士幌線は,が高校生のときに東大雪から表大雪へ縦走する際に
乗ったことがある路線です。
思い入れのある路線ですが,もうすでに廃線となり鉄道も撤去されています。
その士幌線沿線に糠平湖ができて,かつての線路がむず海の底に沈んだという話は
前から聞いていました。
その中で,冬や春先にダムの水が減ったときに現れるタウシュベツ橋梁というのがあるのを知っているでしょうか? 
昭和14年に十勝三股まで路線が延びた際に使われていたもので,
美しいアーチ状の橋梁が有名で「幻の橋」と呼ばれています。
かなり痛んできていて,もうすぐそのアーチが崩れてしまうだろうと
言われています。

前から行きたいと思っていたその橋へ,山岳会のツアーで行ってきました。
当日は,素晴らしいお天気で,旭川から上川を通り十勝三股に入りました。
南から回ってきた南富良野の仲間と合流し,五の沢の駐車帯を出発です。
たくさんのツアー客が訪れていて道が固まっているので,つぼ足で十分歩けました。
林を抜けて凍った湖に下りると,遠くにお目当ての橋が見えてきます。




南の方にはワカサギ釣りのカラフルなテントが並んでいます。




ここからはもうただ歩くだけ。青空広がる湖面をスイスイ進みます。
山と違って登りがないので,スピードも上がります。
でも,厚着をしてきたせいかだんだん汗ばんできました。
太陽に照らされて,風も穏やかだったので仕方ありません。
ニペソツがその大きな姿を現しました。



湖の上からのアングルは冬ならではのものでしょうね。
1時間もかからずに橋に到着。薄い黄土色の橋が静かにたたずんでいました。



この上をSLが走っていたのが想像できませんが,何だか感慨深いものがあります。
北海道の辺鄙な地方でも当時はたくさんの人が訪れていたのでしょうね。







しばらくは氏の前で写真撮影をした後,帰路につきましたが,
途中でアイスバブルに出会えました。



固定から湧き上がったメタンガスが湖の氷結で途中とじこめられて
出来上がったものです。不思議な現象に思わず見とれてしまいました。
こちらも貴重な体験ですよ。


車に戻って,今度は然別湖へ移動です。
ここは,コタンという凍った湖面上に氷の村が出来上がるのです。




氷のホテル,氷のカフェ,氷の露天風呂と,全て氷づくしの楽しいイベントです。
初めて訪れたのですが,今度はもっとゆっくり見てみたいですね。
富良野周りで帰ってきましたが,
ちょうど大雪山を時計回りに一周してしまいました。
400㎞の道のりでしたが,楽しいドライブでした。






最終更新日  2019.02.05 00:23:10
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2017.08.14
カテゴリ:たび

今日は,北海道へ帰る日です。
当初訪れる予定だったところは,全て機能農地に行ってしまっていたので,
予定になかった駅周辺の観光スポットへ徒歩で移動します。





まずはここ,森林博物館です。
この場所は,映画「八甲田山」の冒頭のロケを行ったところです。
手前の柱のひび割れが,映画にもしっかりとありましたよ。





中は,別に八甲田山の資料館ではありません。
青森の森林に関する資料がたくさんあります。
そんなに興味あるわけではありませんでしたが,
スキーの部屋に「秀岳荘」の昔の山スキーや私が使っていた竹ストックがあったりして感激しました。
また,青森が森林鉄道発祥の地だということで,ルートやレールの違いなどが大変おもしろかったです。
でも,何といってもここでの映画のロケ風景が写真で飾られているのが感動的でした。





もう亡くなった方がたくさんいます。
そして,会議のロケが行われた特別室。





映画ではこうです。






2時間近く見学したでしょうか。
色々感激してしまって帰るのが惜しいほどでした。




今度は,駅に戻って反対側へ行きます。





今度は,青函連絡船の八甲田丸です。
これは,別に名前が良かったから来たわけではありませんよ。
この船は,おそらく中学校か高校の修学旅行で乗ったことがあるのです。


これは,列車の引き込み線から見た八甲田丸です。
この可動橋,朽ち果てていますが当時の面影は感じられます。
中に入ると,始めは,連絡線とは関係のない昔の青森の様子を実物大で模型化した世界です。
人形がずっと同じ事を言っていてうるさいんですが,これはこれで当時の雰囲気がでていて良いかもしれません。
そして青函連絡船に関する様々な資料を見ることができます。
中でも感動したのは,現役の頃は絶対に見ることができなかった場所ですね。





ブリッジ




車両格納室。

エンジンルームなどです。





また,ここは昔来た記憶があります。
立った途端,とてもウキウキした気持ちになりました。
おそらく修学旅行で青森に行く途中だったと思います。
この施設,昔の人には懐かしくてうれしくなってしまいますね。



しかし,楽しい時間はあっという間に過ぎて,いよいよ北海道へ帰る時刻になりました。

早めに新青森駅まで移動すると,こんな新幹線が停まっていました。



H5系です。昨年デビューしたJR北海道の新幹線です。
今回の旅行で乗る列車は全てE5系で,見ることはできないと思っていたのですが,偶然目にすることができて良かったです。


この後,夕方の新幹線で新函館北斗に戻ったのですが,そこからすぐに旭川には帰りませんでした。
島牧まで移動して,山に登るのです。
ところが,途中で暗くなってしまい,おまけにキャンプ場も見つからず,やむなく道の駅の草原にテントを立てたのでした。
次の日は,山の日。でも,お天気が良くなさそうです。
一体どうなることやら。







最終更新日  2017.08.14 23:32:28
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2017.08.13
カテゴリ:たび

気がつくと,朝になっていました。

ホテルのベッドの上で寝てました。
昨日,居酒屋で支払いをした後の記憶が全くありません。
よくもまあ,知らない町を歩いてホテルまで帰ってきたもんだと感心しましたよ。
具合は最悪。腹の痛みに加えて吐き気もします。
肝心の2日目なのに,そんな日に限って調子が悪いなんて,自分の浅はかさに嫌気がさします。
でも,出発しなければなりません。


駅前のレンタカーで車を借りて出発です。
まずは,せっちゅこうぐんの足取りを辿る道。
台風5号から変わった温帯低気圧の影響で,突風と雨で天気も最悪。
そんな中,まずは雪中行軍遭難資料館を訪れます。





幸畑にある資料館です。すぐには入らないで,裏の遭難者をまつったお墓へ行きます。





お墓と言っても,本当にお骨が入っているわけではありません。
お骨は,近親者がゆかりのお墓に入れています。
ここは慰霊の場所なのでしょう。
写真では何度も見た事がありましたが,将校が中央の前の方に祀られていて,兵卒が横の方に祀られているのを初めて知りました。
写真を撮った真ん中は,草地の広場になっています。


そして,資料館の中へ入っていきます。
入口には,銅像になった後藤伍長のレプリカがあります。
この後,本物に会いに行く予定です。
偶然,31聯隊の雪中行軍隊を案内した子孫の方が見えられていました。
なんだか感動しましたよ。
早速中の展示品を見ます。
まずは,映像で雪中行軍隊の遭難のあらましを学習します。
まあ,ほとんどのことは知っています。
その後,当時の社会情勢や行軍に出掛けたいきさつ,遭難の様子などの展示品を見ていきます。




当時の者が実際に見ることができるのは,やはり感動します。東日本大震災の際に再発見されて資料の紹介などもありました。遭難した兵士の写真もありましたが,「吹雪の惨劇」の本で見たことのある写真を何枚も発見して,驚きました。
思っていたよりも見学者が多くて,じっくり見ることはできなかったのですが,一番来たかったところなので,感慨もひとしおです。


しかし,ゆっくりもしてはいられません。この後は,遭難現場へ行くのです。まずは,田茂木野村の地へ。






田茂木の村へ入って右に曲がり,しばらく進むとこんな場所があります。
ただこれだけの表示なのですが,ここで遭難者を直火で解かして新しい軍服を着せたのでしょう。
映画では高倉健と栗原小巻が出会った場所です。


さらに八甲田方面を進みます。狭い山道ですし,小雨模様なのでゆっくり進みます。
途中,小峠や大峠という映画にも出てくる地名があって,いよいよ八甲田山中にないっていくことを実感します。
有名な映画のポスターになったロケ地も通過しますよ。






ゆっくり走って探したのは,この場所です。
後藤伍長が発見されて遭難が明らかになったところです。
写真をぱっと撮って,すぐに出ます。
大滝平や賽の河原,第三露営地などいろいろ落としてはいけない場所もありますが,ゆっくりしていると車の通行の邪魔になるので,通過します。
坂をどんどん上がっていくと,程なく馬立場の銅像茶屋に到着。
しかし,お天気のせいなのか開いていません!
そのまま通過して,第2露営地へ。





この場所で,神成大尉が「天は我々を見放したらしい!」と叫んだのです。
さらに進んで,第1露営地を探しますが,見つかりません。
第2露営地からそれほど離れてはいないはずなのに,看板がありません。
もうちょっと行っても良かったかもしれませんが,あきらめて銅像茶屋に戻ります。
銅像茶屋がやっていないので駐車している車もなく,風と雨の中を後藤伍長の銅像まで歩きます。
わずか250mですが,一応雨具を着て歩いて行きます。





そこには,凛とロシアの方を向いた後藤伍長が立っていました。
遭難直後に建てられたこの銅像,私にとってはぜひ一度見て見たいものでした。
一つ残念なのは,銅像茶屋が閉まっていて鹿鳴庵という資料館の見学が出来なかった事。
でも,こればかりはどうしようもありません。


この後,予定ではロープウエイで八甲田山に登るはずだったのですが,
この天候では動いていないようなので,青森市内に戻ります。
午後の時間がぽっかり空いてしまいました。
次善の策として,映画八甲田山の冒頭のロケ地となった森林博物館へ行きました。
でも,そこの駐車場で考えました。
博物館は明日ホテルからも歩いて行ける距離です。
それよりも明日行く予定だった三内丸山遺跡は,車のある今行った方が良いのではないか。
というわけで,遺跡へ向かいます。






この遺跡は,小学校の教科書にも載っているくらい有名な場所です。
縄文時代の集落のあとが球場造成の際にたくさん出てきて,保存が決まったのです。
それが何と無料で見られるというのですからびっくりです。






広い敷地の中に当時の生活を表した建物がありますが,これらはもちろん想像上のものです。






有名なこの建造物も想像上ですが,6つの穴のあとが他のあとよりも大きいので何か象徴的なものだったのだろうと言われています。
しかし,諸説あって何に使われていたのかははっきりしません。
人とくらべるとおそらく大きな建造物があったことは間違いないですね。
この他にも,お墓や出土されたものの展示などもあって見ごたえたっぷりでしたよ。


これで,2日目の行動は終わりです。夜はさすがに飲みに出ることは控えました。
部屋ではちょっと飲みましたけれど。
それにしても充実した2日目でした。







最終更新日  2017.08.13 12:32:07
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2017.08.12
カテゴリ:たび

青森までの出だしは,車で新函館北斗駅まで向かうことです。

調べると7時間くらいかかるということなので,7時半に出発しました。
高速で行けばもっと速いのでしょうが,それほど急ぐこともないので一般道で向かいます。
昼食も運転しながら。
途中で駐車場の空きを調べたら「満車」の表示が!
そんなわけで途中で車を乗り捨てて,列車で向かうことも考えましたが,
臨時駐車場もあるということなので,とりあえず行ってみます。
駅に着いたのは,出発時刻の1時間以上前の3時でした。





駐車場は,幸いなことに空いていました。



ここから新幹線で,青森まで行きます。
久しぶりの新幹線ですが,思ったよりも速くはありません。
木古内までちょっとスピードを上げたかと思えばすぐに停車するし,
青函トンネル内は140キロ走行だし今一つ新幹線らしくありません。
それでも,1時間ほどで新青森まで行けるのはすばらしいですね。
青森駅前の東横ホテルにチェックインしました。
夜はフラッと居酒屋へ行きました。
考えていたはじめの居酒屋は満席だったのですが,
すぐに次の候補の店を見つけて入りました。
大将がとっても気さくな人で,そのおかげで大阪の人や地元の人と楽しくお話ししながら飲むことができました。
聞くとあの吉田類も訪れたことのある店なんだとか。





調子に乗って飲んじゃって,支払いまでは覚えているのですが,
それ以降は記憶がありません。
気付いたらホテルのベッドで寝ていました。
よくもまあ,知らない町で無事に歩いて帰ってきたものだと思います。
初日は,とても思い出深い夜になりました。







最終更新日  2017.08.12 10:40:03
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2017.08.07
カテゴリ:たび
今年の5月くらいから計画していたひとり旅。

私が小学生の頃から憧れていた青森の八甲田山。

あの有名な事件の地を実際に見て,色々と雰囲気を味わいたいと思っていました。


6月にはホテル・レンタカー,7月には新幹線の予約も完了し,あとは行くだけになっていました。

ところが,ところがです。

そんな思い入れのあったりょこうが大ピンチなのです。

台風5号が着実に青森に向かって進んでいます。

しかも,一番近づくであろう9日が私の八甲田山探訪の日。

まさにぴったり重なっています。

本当に死の彷徨になるかもしれない,なんて思いもしているのですが。


でも,実際には道路が封鎖されたり,交通機関が止まったりする可能性もありますよね。

行けない可能性があるのなら,キャンセルという手もあるのでしょうが。

でも,40年憧れた地なんですよね。

さらに,来年は予定があって行けそうにはありません。

明後日出発予定なのですが,明日には決めなくてはなりません。



今年一番楽しみにしていて,小遣い貯めたのにな~

行けても,現場に行けなかったら意味ないしな~

でも,とりあえず行ってみたいしな~

ずっと,迷い続けています。







最終更新日  2017.08.07 00:02:04
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2015.08.24
カテゴリ:たび

日曜日,ふとしたことで旅に出てきました。
行き先は,「羆嵐」の苫前町山渓。
まずは深川から留萌に出て,苫前の資料館へ。

 

 

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ここは,3回目の訪問ですが,行くたびに興味深いむかしの道具が見られて感激します。
でも,今回は羆事件の詳細を予習しに来ました。

 

 

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藁でできた壁を突き破ってクマが入ってくるなんて,信じられませんね。
でも,山深い六線沢の人たちにとっては,手作りの大切な家だったのでしょう。
当時その地に住んでいた人たちの図も見ることができて,これから訪れる現地の予習には持って来いです。

 

 

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資料館見学の次は,羽幌まで足を伸ばして「北のにしん屋さん」へ行きました。
行ってみると,丁度昼時で,駐車場が混雑してました。
1時間ほど,海岸で天売焼尻を眺めていました。

 

 

15082307.jpg

 

 

 

この辺は何回も来たんだけれど,初めて間近に天売焼尻を眺めたような気がします。
1時半になってので,「北のにしん屋さん」へ向かいます。
お目当てはこれ!

 

 

15082306.jpg

 

 

 

甘エビ丼です。
中盛りで1100円。
何とリーズナブルのなのでしょう。
こんなの内陸の旭川では食べられませんよ。
既に,皮が取られているので食べやすいし,何よりもプリップリの身がおいしいのです。
大満足した後は,いよいよ古丹別から三渓の地へ入ります。
ここは行き止まりなので,帰りは引き返すことになります。

 

 

 

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三渓にはこんな慰霊碑が建っていました。
そしてこの「射止橋」を越えると,事件の場六線沢です。

 

 

15082301.jpg

 

 

 

ここから奥は,今は住む人がいません。
人食いクマの出現で,次々と人が離れていったそうです。
当時は,ここから復元の地までの間に数軒の家が建っていたそうです。
そのほとんどが,熊に襲われたというから,ゾッとします。
復元の地は,正確には本当に襲われた場所ではないので,そこに行くまでの周りの雰囲気を感じ取りたかったのです。
当時は1軒1軒が数百メートルずつ離れて建っていたそうですから,心細かったことでしょうね。

 

 

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そして,最奥の復元の地。
500キロもある巨大熊の剥製が資料館にあったので,380キロと言われるここの人食いクマはちょっと大げさでしょう。
これじゃ,800キロくらいはありそうですよ。
見に来ている人たちもたくさんいて,この大きさにビックリしているようでしたが,私はちょっと…。
中には,熊よけの鈴を付けている人もいて,やはりこんな所には住めないな~,と思ってしまいました。
でも,実際にその地で雰囲気を感じ取るというのはとても貴重な体験だと思います。
どうせなら,当時の住んでいた人たちの家の場所が分かると,うれしいんだけどな。

 

 

 

 

早速,「羆嵐」再読してみました。
やっぱり,現地を見てから読むと,雰囲気が違いますね。







最終更新日  2015.08.24 23:08:20
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2014.07.28
カテゴリ:たび

中2の長女が,全道中学水泳大会に出場するため,函館に行ってきました。
金曜日の午後1時に旭川を出発。
実は,その夜7時に中学校の監督と打ち合わせをする予定になっているので,
遅れるわけにはいかないのです。
シベリア火災の影響か,白いもやの中車を走らせました。

 

 

高速道路を休むことなく走り続けました。
幸い,家族でトイレ休みを訴える者もいなく,順調に走ることができ,大沼の高速終点まで行けました。
そこで,監督から電話。
「もう1人の選手が遅れるようなので,打ち合わせは明日早朝に行いたい」
とのことでした。
休まずに走らせた意味はありませんでした。
それでも,6時半にホテルに着き,ゆっくり夕食と温泉を楽しむことができました。

 

 

 

翌日は,5時半に起きて水泳会場入り。
監督との打ち合わせのあと,公式練習です。
ただ,この日は出場種目はないので,9時には会場を離れて函館市内を観光しました。

 

 

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まずは,五稜郭地区へ。
数年前にできた箱館奉行所は,まだ見たことがなかったので入って見ました。
新しくて,時代を感じさせるものではありませんが,建物の作り方や内部構造が分かって興味津々でした。
思った以上におもしろかったですよ。

 

 

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次は,近くの五稜郭タワーから眺めてみました。
星の形がくっきりと表れて,これまた楽しいところでした。
この後,近くのラッキーピエロで名物のハンバーガーを食べ,おみやげを買いに金森倉庫に行きました。

 

 

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最初に入ったのがオルゴールの店で, 子ども達はしばらく眺めて楽しんでいました。
こういうのは,女の子に受けるんでしょうね。
1時間近く回っていたように思います。
その後,いろいろとおみやげを買って,結局金森倉庫は一部しか見ませんでした。
長女は来年修学旅行で来るので,それまでとっておきましょう。

 

 

二女が海で遊びたい,というのでホテルの近くの海水浴場へ行きました。

 

 

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時折雨もぱらつく中,海水に足を入れて貝や昆布を拾って遊びました。
二女が以前函館に来たときは,まだ3才だったので,ほとんど初めてです。
カモメや路面電車に歓声を上げてよろこんでいる姿を見て,大笑いしました。

 

 

 

翌日は,いよいよ競技です。
長女は,2種目にエントリーしていましたが,競技と競技の間隔が短くて,
どちらも好成績は残せませんでした。
残念でしたが,気を取り直してすぐに会場を後にし,朝市で昼食を食べて帰路につきました。

 

 

 

函館市内を出ると,猛烈な雨。
そして,高速では強風と豪雨。
ハンドルが取られるかと思えるような風と前方が見えないくらいの雨で,大変な思いをして帰ってきました。
途中,砂川のSAで娘が大会帰りによく食べるというコロッケを食べようと約束していたのですが,
その直前で,事故のため通行止めとなり,高速を降ろされたのが残念でした。
しかし,無事旭川に家族を運ぶことができ,ホッとしました。







最終更新日  2014.07.28 20:33:06
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2013.08.10
カテゴリ:たび

毎年恒例の家族キャンプに行ってきました。
もう子どもたちも大きくなったので,奇をてらわず近場ですませました。
行き先は沼田町のほたるの里オートキャンプ場。
ここは名前の通り,ホタルが見られることでちょっと有名です。
前日はカミさんが夏祭りの実行委員で働いているということで,
準備は当日になってから。
したがって近場です。
旭川から,大体1時間半くらいで着くことができます。

 

 

テントを立てて,夕食です。
いつものように焼肉です。
しかし,今回は肉の量が多すぎました。

 

1308101.jpg

 

 

 

始めはバクバク食べていたのですが,後半は満腹状態。
まあ,足りなくなるよりは良いんですけどね~。
その後,花火をして近くの幌新温泉に入りました。
露天風呂からホタルが光っているのを見ることができましたよ。
寝る前には,家族で星の観察。
一応,小4の二女には星の勉強があるので,実際の星を見せてあげて説明しました。
星座早見盤も持参しましたよ!
でも,そのせいでかなり虫に刺されました。
私は全部で20カ所はやられたでしょうか。
かゆみとの戦いの中,就寝しました。

 

 

 

翌日は,近くでパークゴルフ。
私以外はみんな初めてなので,チームを組んで楽しみました。
ただ,ちょっと暑くて二女には辛いゴルフだったようです。
まあ,家族みんなで楽しめたからよかったかな?

 

 

1308102.jpg

 

 

 

その後,もう一度温泉に入って帰途につきました。

 

 

 

帰りは,違うルートをたどりました。
そして思いつきで秩父別の「ローズガーデン」に立ち寄りました。

 

 

 

1308103.jpg 

 

 

 

雨不足でちょっとバラもお疲れ気味。
もうちょっと早い時期の方が良いかもしれません。
帰り際,2カ所の測定にもひっかからず,無事帰還することができました。

 

 

 

あ,おみやげももらってきました。

 

 

1308104.jpg

 

 

 

 

虫刺され以外の大きなおみやげ。
やけどの水ぶくれです。
炭を捨てる炉のふたが熱くて,気付かないうちに触れてしまいました。
破らないように気を付けて生活しま~す。







最終更新日  2013.08.10 13:04:16
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2013.08.07
カテゴリ:たび

アポイ岳を後にして向かったのは隣の浦河町。
ここは,小学校低学年の頃4年ほど住んでいたことがあるのです。
途中国道沿いのこんなところにも寄って来ました。

 

 

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様似町の観光スポット,親小岩です。
大きなお父さん,真ん中のお母さんに寄り添う子ども,かわいらしいでしょ。
手前は日高では珍しい海水浴場です。
昔は,こんな泳げるところなんてなくて,潮干狩りがせいぜいでした。
時代も変わるものですね。
ただ,日高は夏の気温が30度になることはないので,海水浴といった雰囲気ではありません。

 

 

次はいよいよ浦河町に入ります。

 

 

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私が住んでいた家の周辺です。
昔住んでいた家は,いまだに健在でした。
当時から古い家だったので,築60年くらいは経っているでしょうか?
周りにも見覚えのある家がたくさんあって,懐かしいですね~。
個人でやっているお店やお寺なんかには,昔の知り合いがいるかもしれないですね。

 

 

13080314.jpg

 

 

こちらは,通学路。
この周りで,よく遊んだ覚えがあります。
山奥まで足を伸ばしてみましたが,うっそうとした廃道同然で,やむなく引き返してきました。
40年も経つと変わるものです。

 

 

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こちらは小学校。
黄色い校舎は,その後の地震で建て替えられてしまいましたが,教室と体育館は当時のままです。
1年3組だったから,1階の右から3番目が私のいた教室ですね。
遊具も当時のままでした。

 

 

 

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こちらは,当時行っていた銭湯です。
学校のすぐ近くにあって,よく家族で行ったものです。

 

 

 

そんな懐かしくて心温まる自分なりのスポットを見てきて,帰路につきました。
しかし,途中でとんでもないことが起きました。
走行中,突然何かがフロントガラスにとんできて,ひびが入ったのです。

 

 

13080318.jpg

 

 

 

 

帰ってきて,かみさんに言われました。
「この時期に山行くと,必ず変なことが起きるからやめたら…」
そういえば,2年前の同じ頃にも車のミッションオイルを漏らして,レッカーを呼んだことがありました。
最後の最後で,がっかりでした。







最終更新日  2013.08.07 10:12:39
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2012.08.25
カテゴリ:たび

北海道は,20日から2学期が始まりました。
慣れない1週間はさすがに疲れました。
やはり,月曜日から始まるのは辛いですね。

 

さて,そんな疲れを癒やすための週末ですが,ちょっくら1人で出かけてきます。
家族を置いて…。
今,やっと支度ができました。
汗だくになってしまいましたが,今日はテントに泊まるだけなので気は楽です。
明日のお天気はどうでしょうか?
十勝晴れになると良いなァ。

 

 

 

 

そういうわけで,行ってきます。







最終更新日  2012.08.25 11:59:59
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