ついに70歳 仕事は訪問鍼灸指圧マッサージ師
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本書を読みながら、中学・高校時代、東京大学の受験に至るまでの数学の勉強中や試験の間に考えていたことを思い出した。「考えるな。手を動かせ」これが数学を学ぶ際のコツだと、私はいまでも思っている。問われているのは「頭の良さ」ではない。決められた操作を練習してきた回数であり、鉛筆を動かす速さだ。人間の認知能力には限界があり、それを補うのがノートや計算用紙に書くメモである。初見の問題でも量を多く書くことにより、既知の事柄を組み合わせた発想が生まれてくるとずっと考えていた。人類は直立二足歩行を覚えたことで両手を使えるようになり、道具を獲得した。その使用は能力の限界を補い、世界を拡張してくれた。計算の歴史は計算のための道具の歴史である。全編を通して、人類が「道具」によって計算の能力を向上させるとともに認識を拡張してきた歴史が書かれている。さらに計算の歴史を辿った末に見えてくる現代の問題点、そして我々が未来にとるべき行動まで示唆している。人工知能が人類の計算能力を遥かに凌駕している現代において、人類であることの意味、人類ができること、人類にしかできないことを浮き彫りにする。著者の真意は読者に数学を理解させることではない。実際、数式はほとんど出てこない。先人の試行錯誤の歴史を通して、自らが「計算する生命」=人類であると自覚させることだろう。「できる」ようになってから「分かる」と実感するのは数学の勉強中によくある現象だ。それもそのはず、天才たちが何年、何十年もかけて編み出した計算方法を数日でマスターしようというのだ。先人の試行錯誤の産物を、咀嚼もせずに飲み込み続けることが、数学の試験勉強のあり方だ。私は勉強するたび、計算の歴史を飛び越える秘密の特急券をいくつも享受してきた。味わいを失っていた。それは悪いことではない。人類が何千年も続けてきた計算の試行錯誤のすべてを味わう時間など、我々には用意されていないのだから。だから本書には計算の「味」を感じる。旨味を感じる人工知能も存在するかもしれないが、「美味しいものを食べて明日も頑張る」というように、味覚を明日への活力にできるのは人類だけだ。生得的ではない能力を道具で獲得してきたなんて、なんと希望のある話だろう「計算する生命」とはすなわち、先人の力を借りながら、自らと自らを取り巻く現実を変革できる希望に満ちた人類像なのである。(鈴木ゆりえ)
2021.06.10
75歳以上で足の不自由な方は、訪問によるマッサージや鍼、お灸の治療を健康保険で受けることができます。鍼やお灸、マッサージを受けることでよりよい健康生活を維持できます。知らない人が多いので噛み込みました。
2018.07.12
告白する前の愛って、何?自分たちにしか通じない言葉を持つこと見えないものは存在しないという実証と経験の番人など、、
2018.07.11
2018.07.09
2016.05.01
さてさて、再開しますか
2015.12.21
天皇陛下の新年の感想 全文1月1日 5時38分天皇陛下は、新年にあたって文書で感想を表されました。その全文は次のとおりです。昨年は大雪や大雨、さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ、家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。また、東日本大震災からは四度目の冬になり、放射能汚染により、かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。昨今の状況を思う時、それぞれの地域で人々が防災に関心を寄せ、地域を守っていくことが、いかに重要かということを感じています。本年は終戦から七十年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています。この一年が、我が国の人々、そして世界の人々にとり、幸せな年となることを心より祈ります。
2015.01.02
正岡子規にはとぼけた味わいの俳句が多い。〈蒲団(ふとん)から首出せば年の明けて居る〉。時間とはありがたいもので、荷車を押すように力を込めなくても流れてくれる。明けて新春。365日、8760時間の1年がまっさらな顔で始まった。 日本海側では大雪の新年を迎えた方も多いことだろう。この冬一番の寒波が南下して、九州や関西、東海地方にも雪の予報が出た。正月の雪は吉兆ともいうが足もとは滑りやすい。雪を踏んでの初詣は、くれぐれもご注意をされたい。 〈十二月三十一日、敵ありて味方なし。一月一日、味方ありて敵なし〉と明治の文人、斎藤緑雨(りょくう)は書いた。昔は大みそかになると掛け売りの集金人が押しかけてきた。世間も忙(せわ)しく、ざわついている。それが、わずか数時間寝て目覚めれば、めでたい元日に切り替わっている。 毒舌にして貧乏暮らし。敵も借金も多かった緑雨だが、年あらたまる朝の、昨日と違う淑気(しゅくき)は、いまの時代も変わらない。見慣れた景色もどこかきりりと引き締まり、いつもと違って見えるから不思議である。 いまの時季、東京・武蔵野の雑木林を歩けば、木々は葉を落として色彩はとぼしい。雪国の山野は白い布団に眠っていよう。遠い春を抱くように万物が静まるときは、思えば新たな年の始まりにふさわしい。 まっさらな顔で始まった1年を、私たちはどんな表情で振り返ることになるのか。できるならそれぞれ、眉間(みけん)のしわより目尻のしわが刻まれんことを。笑う門には、福も来る。 http://www.asahi.com/
2015.01.01
「運命の年明く。日本の存亡この一年にかかる」。70年前の元日、のちに人気作家となる医学生の山田風太郎は日記にこう書いた。「祈るらく、祖国のために生き、祖国のために死なんのみ」。敗北の予感は市井に漂い、悲壮な決意を強いて運命の昭和20年は始まった。 戦局の険しさは誰の目にも明白だった。大みそかの深夜から、東京の浅草方面はB29に襲われているから正月どころではない。前線の戦いは一段とすさまじく、ルソン島では年明け早々に米軍の猛攻を受ける。しかも補給を断たれた「自活自戦」だ。戦争とは、あの戦争とはそういうものであったと歴史をかえりみて知る。 戦後の節目の、新しい年を迎えた。世界には痛苦が満ちているが、わたしたちの国はまずまず平穏、帰省してふるさとの山河に心を癒やされている方も多かろう。これだけの長い歳月、一度も戦争を経ずにやってきたのは本当に貴重なことだ。そのありがたさを思い、過去の栄光も悲惨も、成功も失敗も素直に見つめたい。 過ぎ去った日々はしばしば美しい。たしかにあの戦争の時代に、人々は生と死にひた向きに対峙した。しかしまた、無理無策を重ねてたくさんの過ちを犯し、アジアを苛(さいな)んだ現実もあった。「運命の年」から70年。運命を乗りこえて今日の繁栄を手にした日本である。そして明日をひらくために、記憶をなお胸に刻むのだ。 http://www.nikkei.com/
2014.12.31
犬も歩けば棒に当たる普通に歩いていてもいきなり殴りかかられることがある、ということ。いいことをしたと思っていても、そのことで恨んでいる人もいるとうことです。日本では、イスラム原理主義のテロを悪ときめている「アメリカ」に集団的自衛権で、テロ戦争にアメリカ側に立って参加します。でも、そのテロしかない社会に、経済的、社会的、思想的に追い込んだことを、反省もしなければ、その自覚もない。この構造を知ろうとしない、私たちが、日本人なのです。
暮れゆく今年は、映画の「ゴジラ」の誕生から60年でもあった。怪獣はなぜか、最後にラのつく名前が多い。モスラにガメラ、ギララもいた。恐ろしげなその響きに「エボラ」を重ねた向きもあったようだ。ただしこちらはフィクションではない。深刻な現実である。 エボラ出血熱のウイルスは、アフリカの密林深くでコウモリを自然宿主(しゅくしゅ)としていたらしい。活動域を広げた人間と遭遇し、恐ろしい疫病として登場してきたという。病原体は1976年に発見された。 大流行による死者は8千人に近づきつつある。米誌タイムは年末恒例の「今年の人」に、西アフリカで治療などにあたる「エボラと闘う人々」を選んだ。世界から駆けつけた専門家や地元のスタッフたちだ。 だが、世界共通の脅威はエボラに限らない。新型のインフルエンザなど未知のウイルス。異常気象をもたらす温暖化。資源の枯渇。あれやこれや、熟れた文明と繁栄を謳歌(おうか)する人間は、未来に向けて賢さを試されている。 〈人類は/もうどうしようもない老いぼれでしょうか/それとも/まだとびきりの若さでしょうか/誰にも/答えられそうにない/問い〉。かつて小欄で引いた茨木のり子さんの詩句を、1年の終わりに思い出す。 その人間同士にも、貧と富、幸と不幸の著しい格差がある。地上に蔓延(まんえん)するこの「怪物」は、人心をむしばみ、世界をゆがめ、テロや紛争を呼ぶ。火薬は要らない。さまざまな共通の困難を退治する「英知の矢」を磨きたいと思う。 http://www.asahi.com
2014.12.30
2014/12/30 10:20、 のメッセージ:
大きくなったら、どんな仕事がしたい? 小学生の男の子に聞くと、昔からの定番は、スポーツ選手や運転手といったところだ。ただ最近では、警察官や消防士、自衛官と答える子が増えているらしい。「人を助ける仕事だからなのでは」と、先生たちは分析している。 こうした職業の人気は、近年の災害の多発と無関係ではないのかもしれない。振り返れば、今年も気の休まる間のないほど風水害に見舞われた。ゲリラ豪雨、スーパー台風、爆弾低気圧と耳慣れない言葉がニュースで流れ、「数十年に1度」を何度も聞いた。災害現場での救出活動は子供たちの目にも焼き付いたのだろう。 先月、長野県北部で夜に起きた地震は、震度6弱の大きなものだった。多くの家屋が倒壊して住人が取り残されたものの、近所の人たちが家から懐中電灯やジャッキを持ち寄って救出にあたり、1人の犠牲者も出さなかった。制服を着た人たちの活躍はもちろん、普段着のたくさんのヒーロー、ヒロインがいたわけである。 来る年は、阪神大震災から20年の節目にあたる。このときは若者が全国から被災地に駆けつけ、ボランティア元年とも呼ばれた。新しい年が穏やかな日々となるよう心から祈る。だが災害をゼロにはできないのが現実である。何が起きても、そのたびにお互いが助け合う。そんな社会であれば、希望が失われることはない。 http://www.nikkei.com
2014.12.29
バベル 未来の日本で未知のウイルスが大流行した。国民の多くが次々に感染。恐ろしいのは発症すると、言語を失うことだ。家族同士でも、意思が伝わらなくなる。 政府は東京の中心に長城を築き、健康な者だけをその中に隔離する。壁の内側に侵入しようとする感染者。警察との攻防が生々しい。福田和代さんのSF小説「バベル」(文芸春秋)である。 強い感染力のあるウイルスが大流行した社会の混乱ぶりは、フィクションとは思えなかった。さらに頭に引っかかったのは、言語を失った社会がどうなってしまうかという点だ。 言語をしゃべれなくなっても手話をはじめ意思の伝達手段はある。しかし、言語のように人々が共通に識別できる「記号」そのものが失われたら、どうなるだろう。例えばリンゴと聞いて、人によってミカンや桃を思い浮かべるのでは対話が成り立たない。 積極的平和主義、限定容認…。人によって解釈が異なる言葉が今年も氾濫した。しゃれで本来の語意を変えるのならばいいが、あいまいなままでは怖い。言葉には人の心に住み着き、社会を動かす力があるからだ。 作曲家の高橋悠治さんは、「世界の根拠のなさについて」という一文を書いている。〈ことばは/うごいて止(や)まないものを/一瞬つなぎとめる/そして/ことばはことばを呼ぶ/ことばはことばを凝視する〉。思わず、言葉に向き合う居住まいを正される。 http://www.hokkaido-np.co.jp
2014.12.28
故・井上ひさしさんの肩書は作家もしくは劇作家だが、「喜劇作家」としても差し支えなかろう。笑いを武器に、深刻なテーマに迫った。喜劇という手法によって、非合理な権威のばからしさや、正体をあばくことができると信じた人だ。 大きく見えたおそろしいものの姿を小さくし、逆に私たちの小さい力を大きく見せる。しかし、その方法を使いこなすには勇気が必要になると言っていた。なぜなら、権威は、おのれが矮小化(わいしょうか)されるのを黙って見ているはずはないからだ。 北朝鮮によるとされるサイバー攻撃やテロの脅しのため、いったんは公開が見送られた米映画「ザ・インタビュー」が、米国で公開された。金正恩(キムジョンウン)第1書記の暗殺を描いたコメディーである。 オバマ大統領は「どこかの独裁者が米国で検閲するような社会を許してはいけない」と厳しい調子で語っていた。映画は傑作とは言い難いようだが、「表現の自由」の下に佳作も愚作もない。脅しをはねかえす勇気を、自由の価値を貴ぶ社会が支える図であろう。 この間、チャプリンの映画「独裁者」がよく引き合いにされた。権勢をきわめるヒトラーに、笑いを武器に立ち向かった名作は、公開に際して様々な脅迫を受けたことで知られる。 「独裁者」は現実より5年早くナチスの敗北を予言したといえる。刹那(せつな)的におもしろければいいのではなく、深い洞察を秘めていた。米のコメディー映画の製作者に、井上さんやチャプリンの「志」があったかどうかは知らない。
2014.12.27
「昭和の妖怪」と呼ばれた元首相は、今秋再刊された『岸信介(のぶすけ)の回想』で語っている。「日本人は気が短いとみえて、2年も総理をやると、さあ、お次の番だよということになる」。首相は4年は交代しない方がいい、との持論だ▼泉下の祖父は孫の姿に目を細めていようか。第3次安倍内閣が発足した。今の衆院議員の任期は2018年12月までだから、安倍氏も理屈上あと4年の首相在職がありうる。まっとうすれば戦後3番目の長期政権となる▼首相はきのうも自民党議員を前に強調した。「強い日本を取り戻す」。集団的自衛権をめぐる解釈改憲を受けて法整備を進め、憲法の条文改正も視野に入れていくのかも知れない。一寸先は闇とはいえ、首相が手中にした時間は潤沢だ▼自分の理想を実現するために必要な権力を持ちたいと考えるのは当然――。やはり最近出た『岸信介証言録』で元首相はそう語りつつ、権力欲の危うさも説いた。「ここら辺でもういいのだ、というその限度がなくなることもある」と▼祖父の述懐は首相も銘記しているだろうが、先の選挙で白紙委任を受けたと考えるなら、「限度」はなくなる。自民党こそ政権党と信じる支持層にすら、その点を恐れる向きがある。今回も応援のマイクを握った元宮城県白石市長の川井貞一(ていいち)さんは、本紙宮城版に語った。「安倍政権の暴走を危惧する」▼低投票率だったからこそ、静かなる多数派に丁寧に耳を傾けよ、と川井さん。声なき声を首相は聞くだろうか。
2014.12.26
人々の心から心へと伝えられる記録の量が年々減りつつあるようだ――。民俗学者の柳田国男は1920年に三陸海岸を歩き、その四半世紀前の明治の大津波の被災体験が、すでに風化していると感じた▼当時の東京朝日新聞に寄せた紀行文によると、「夙(つと)に経験を忘れ」、食うことの方が大事だと浜辺近くに出た者は漁業も商売もうまくいっている。逆に元の家を捨て高台に移転した者は随分前から後悔している。記念の碑は村ごとにあるが、もはやその前に立つ人もない、と▼大災害の記憶と教訓をどう継承していくのか。それはいまもなお難しい課題だ。ただ、柳田の時代と違って現代には文明の利器があふれる。デジタル技術を駆使した試みが相次いでいるのは心強い▼きのう、発生から10年を迎えたスマトラ沖大地震・インド洋津波。京都大の研究者らはインドネシアでの節目に合わせ、スマホ向けのアプリを公開した。その一つでは、衛星写真上に地域ごとの津波の高さが赤い線で示され、被災後の写真や生存者の証言を見ることができる▼多くの貴重な情報を後世に残す狙いという。年が明けると阪神大震災から20年になる神戸市にも、街角でスマホをかざすとその場所の当時の写真が出てくる「まち歩きマップ」がある。今の風景と見比べられる仕組みだ。最近も市内各地の当時の写真1千枚をウェブに公開した▼人は忘却する。発生の瞬間を知らない若い世代も増える。時間の流れに抗(あらが)う不断の努力を続けるしかない。
平和って何だろう。その答えは〈おともだちとなかよし。かぞくが、げんき。えがおであそぶ。ねこがわらう。おなかがいっぱい。やぎがのんびりあるいてる〉。リズミカルな言葉が快い。 沖縄市に住む小学2年安里有生(あさとゆうき)君の詩「へいわってすてきだね」の一節だ。与那国島に住んでいた頃に書いた。昨年6月、沖縄慰霊の日の追悼式でみずから読み上げたことは小欄でも紹介した。何の変哲もない日常こそが平和なのだと教えてくれる。 〈ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ〉。真っすぐな詩句は、人気絵本作家の長谷川義史(よしふみ)さんを動かした。「生きているだけでありがたい」と常々語る作家の心情と響き合うものがあったか。絵をつけ、本にした。 大胆な筆致で描かれる自然が美しい。いななく馬や豪快に泳ぐ亀が可愛い。沖縄発の平和のメッセージは広く読まれ、先日、全国の書店の児童書担当者らが選ぶ今年の「絵本屋さん大賞」の第1位になった。 作品を通じ、沖縄と本土の心の距離が少しでも近づくことを願う。しかし、現実はなかなか思うに任せない。きのう沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が永田町で就任のあいさつ回りをしたが、米軍基地問題を担当する菅官房長官らとは会えていない。 まさか普天間の県内移設に新知事が反対だからというわけではあるまい。忙しいのも確かだろう。それでもいささか冷え冷えとする一幕ではあった。基地負担が今のままでは、安里君が大好きな〈みんなのえがお〉は失われる。
久しぶりに飛行機に乗り、機内誌を見て驚いた。いつの間にか、空港の名前がにぎやかになっている。土地の名物を織り込んだ富士山静岡や徳島阿波おどり空港。動植物の名がついた対馬やまねこ、五島つばき空港。富山きときと空港のように方言が入ったものもある。 わが町を元気にしたいという願いが伝わってくる。鳥取では米子鬼太郎空港に続き、いまある鳥取空港が鳥取砂丘コナン空港として生まれ変わることになった。「ゲゲゲの鬼太郎」「名探偵コナン」の作者が地元出身であることが由来である。漫画のキャラクターが訪れる人を出迎えてくれる空港が、2つもできたわけだ。 愛称ブームは、地方空港の経営が苦しいことの裏返しでもあろう。あてにした格安航空会社(LCC)も特効薬とはいかないようだ。やっとの思いで誘致した路線が、実績が上がらないまま廃止されることだって珍しくはない。お金をあまりかけず、アイデア勝負でなんとか活性化につなげたいという気持ちはよくわかる。 空港はその地方の空の玄関である。親しみや温かみにあふれ、旅行客が扉を開けて入ってみたいという思いを抱いてくれるのであれば、一瞬驚くようなネーミングでも悪くはないのだろう。ただし玄関を飾るだけでなく、肝心の家の中をいま一度見回し、より居心地のいい空間にしてもらいたい。まだ大仕事が残っている。
2014.12.25
時代映す五輪 「圧政棒倒し」、「政権争奪騎馬戦」。明治時代、自由民権運動の活動家が考案した競技だ。当時は政治集会が禁じられていた。競技名に政治スローガンを掲げ、実際に体を動かしながら主張を訴えたという。スポーツライターの玉木正之さんの講演で聴いた話である。 当局も取り締まりにくかったに違いない。政治活動のつもりが後世に競技として生き残るとは、ご当人たちも想像していなかったはずだ。もっとも、最近は危険だとして、取り組む学校は減っている。スポーツは、その時代を映す鏡なのだろう。 五輪も第1回大会から続くのは、陸上や水泳、フェンシングなど数競技だけだ。綱引きやモーターボートなどが採用されては、消えていった。パリ大会では、ハト射撃があった。平和の象徴を撃つのは気が引けたのか。その回限りとなった(「オリンピック雑学150連発」)。 確かに選手の育成を考えれば同じ競技が長く続く方が望ましい。しかし、さまざまな競技に機会を与えるには見直しは必要だ。 国際オリンピック委員会は開催都市に、その大会に限定した種目を提案できるよう制度改革した。人気種目もいいが、時代に即するのなら中、高年が出場しやすいものを増やすのも一案だ。 例えば球を目標に投げ合うペタンクは年齢のハンディが小さいとされる。幅広い世代が参加できれば、身の丈にあった五輪となるかもしれない。
2014.12.24
司馬遼太郎さんが「仲間立(まりつ)」という言葉を使ったのが印象に残る。公と私について語る文脈で、英国の一部の私立学校をパブリックスクールと呼ぶのは、歴史的に仲間が金を出しあって運営してきたから仲間立であり、公的な意味合いを持つのだ、と。 新聞社のありようも仲間立ではないかとふと思う。社員が金を出しあうわけではない。ただ、私企業ではあるが、公器でもある。司馬さんによれば、会社を公器と考える思想は新聞社に限らず日本社会に根づいていて、これは世界に誇っていいと強調していた。 朝日新聞は公器としての責任を自覚しているのか。そう質(ただ)されていると感じた。本紙の慰安婦報道を検証する第三者委員会が報告書を公表した。なかでも夏以降の紙面作りは読者のためでなく、組織防衛のためだったという認定が胸に刺さる。 国民の知る権利に奉仕するから報道の自由が保障される、ということを忘れた――。報告書はそう書き、憲法21条の表現の自由を重ねて引く。この点は池上彰さんのコラムを掲載しなかった問題の核心でもある。頭(こうべ)をたれるほかない。 社内の議論や意思疎通の不十分さも指摘された。委員の田原総一朗さんは個別意見の中で、編集部門が経営幹部に対し「身体を張った議論」ができなかった点を問うた。 事実を真摯(しんし)に報道するという原点に立ち返るしかない。猛省しつつ、司馬さんの語った仲間立という気風を思う。内向きの発想を捨てて、仲間とともに読者の皆さんと向き合いたい。
2014.12.23
港湾労働をしながら思索を深め、「波止場の哲人」と呼ばれた米国人エリック・ホッファーが次の言葉を残している。「不平不満をもつことは、人生に目的をもつことである。不平不満は、希望の代替物のようなものとして機能しうる」。 『魂の錬金術』という本から引いたが、素朴な人生訓ではない。不平不満が姿を変えた希望の危うさをにおわせている。この言葉に、世界の若者を吸い寄せる「イスラム国」が重なる。貧困や差別が生みだす鬱屈(うっくつ)を、「邪悪な希望」に変える秘術に長(た)けた組織なのだと思う。 その「イスラム国」の傘下に、パキスタン・タリバーン運動の幹部らが加わると報じられたのは10月だった。この過激派組織もまた、不平と不満の荒野に「邪悪な希望」をはびこらせる。残忍きわまる学校襲撃の蛮行を、先日起こした。 一昨年、教育を受ける権利を訴えるマララ・ユスフザイさんを銃撃した組織である。歪(ゆが)んだ大義に多くのイスラム教徒は怒っていよう。今度は生徒ら140人以上が亡くなった。 断じて許されぬ行為だが、彼らを暴力に走らせる怪物、すなわち貧困、無知、憎悪などは武器だけで解決できるものではない。ここはマララさんの語った「1人の子ども、1人の先生、1冊の本、1本のペンで世界を変えることができるのです」を思い出したい。 惨劇に怒り、マララさんを称賛するだけでなく、ささやかでも私たちにできることはないだろうか。本物の希望をもたらす柔らかい支援というものを。
2014.12.22
2014.12.21
円安で大企業はもうかっているが、家計や小企業は負担が増している。負担増の代表は電気料金だ。円安で燃料費が増えると、自動的に引き上げられるからだ▼2013年度の電気料金の負担増は電力10社の合計で約1・5兆円。そこで電力会社に1・7兆円を補助し料金を10%下げれば、円安による小企業や家計の負担増を緩和できる▼財源は法人税の臨時増税で調達すべきだと、野口氏は言う。13年度の法人企業の税引き前当期純利益は56・5兆円で前年より16・8兆円増えた。「その多くは(円安による)棚ぼた式の増加だ」という▼国による円安策で労せずしてもうかった企業に負担を求め、苦労している人々に分配する。それは税の目的の一つである。
バター不足 朝食に欠かせないもの。ご飯ならば焼きのりか納豆か。洋食であればトーストにはバターがなければ始まらない。こんがり焼けたパンの表面にたっぷり塗ったバターの芳醇な香り。つい食べ過ぎるのが玉にきずではあるが。 バターの品不足が深刻だ。近所のスーパーの棚には一つも見当たらない。こんな異常事態が11月来続く。背景にあるのが原料となる生乳生産量の減少だ。 1993年をピークに国内生産量は右肩下がり。需給のアンバランスを正そうと生産調整が行われてきたためである。牛乳用が最優先で、保存が利くバター向けは後回し。昨夏の猛暑も相まって極端な品薄をもたらした。 全生産量の約半数を占める北海道には遠く及ばないものの、本県は国内第2位という酪農県だ。だが全国同様、減少傾向をたどる。旧知の酪農家は、急激な円安に伴う輸入飼料の高騰を嘆きつつ「もうけが減って厳しいよ。子どもも跡は継がないと思う」と肩を落とす。 需要が高まるクリスマスを前に、国も乳業メーカーにバターの増産を急きょ要請した。事態が好転することを願いたい。 バターで思い出すのが寅さんだ。写真撮影に臨んだ寅さんが、思わず口にしたのが「チーズ」ならぬ「バター」。周囲を笑いの渦に巻き込んだ。バター不足の混乱をあの世で苦笑している姿が目に浮かぶ。 http://www.shimotsuke.co.jp/special/raimei/201412/1800889
日本の古典の中で、なじみ深い書き出しの一つだろう。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」。名高い歌人の紀貫之(きのつらゆき)が女性を装う形で書いた「土佐日記」は、1080年前のきょう12月21日から始まる。 土佐守(とさのかみ)の任期を終えて都へ戻るまでの55日の旅日記である。当時は日記といえば、男が公的な記録などを漢文で記していた。女手(おんなで)と呼ばれたひらがなで身辺をつづる新奇な手法は、平安女性文学の開花につながったというから、貫之は偉大だった。 千年の時が流れて、師走。書店や文具店には新しい暦や手帳とともに日記帳が並ぶ。歳時記にも「日記買う」や「日記果つ」の言葉がある。三日坊主の過去を忘れて、つい手にとって眺めてしまう。 先日、東京で見た本紙の「ひととき」欄に「十年日記 4冊目は」という投書が載っていた。85歳の女性で、3冊目の十年日記が今年で終わるそうだ。新たな1冊を買い求めるかどうか思案している、とあった。 流れ去る歳月を「昨日(きのう)は今日の古(いにし)へ、今日は明日(あす)の昔」とうたった室町時代の古謡がある。10年3650余日をとどめた日記はずしりと重いはず。それを3冊とは、長続きせぬずぼら組は仰ぎ見るばかりだ。 憚(はばか)りながら、投稿女性のように思案するご高齢は、他にもおいでだろう。人生の先輩にさしでがましいが、かつて小欄で紹介した句を思い出す。〈ためらはず十年日記求めけり〉水原春郎(はるお)。1冊を座右に、未知の歳月へ歩みゆく意気が伝わってくる。 http://www.asahi.com/paper/column.html 2014/12/20 10:19、 のメッセージ:
2014.12.20
本日の天声人語 作家の内田百(ひゃっけん)は自分に言い聞かせた。〈少しく落ちつかなければいけない〉。国鉄職員の訪問を受けて東京駅の一日名誉駅長になってほしいと頼まれ、興奮したのだ。1952年の鉄道開通80周年の記念行事。汽車好きゆえに否やはない▼しかも、任務は昼の特急「はと」を名誉駅長の合図で出発させることだという。数ある中で一番好きな列車だ。〈むずむずせざるを得ない〉。当日、制服制帽姿の百は発車寸前に職務を放棄、はとに乗車してしまった。「時は変改(へんかい)す」という文章に書き残している▼その東京駅はきょうが開業100周年である。1914年の式典には首相だった大隈重信が出席した。当時の本紙によれば、大隈は明治初めの新橋駅の開通式にも出たことに触れ、「文明の進みの速(すみや)かなるに驚嘆せざるを得ぬ」と祝辞を述べた▼きのう丸の内南口から外に出てみると、超高層ビルが林立し、深い谷底に沈んでいるような錯覚に陥った。大隈がこの光景を見たら、驚嘆どころではすまないだろう▼駅構内のギャラリーで「一〇〇年の記憶」という企画展を催している。過去と現在の駅周辺の立体模型が目を引く。100年前はまだ一面の原っぱである。50年前は、地上8階建てだった旧丸ビルとほぼ同じ高さのビル群が行儀よく並ぶ▼百ではないが、変改きわまりなし。それでもホームには開業時の柱が今も残る。大隈が見た姿に復元された赤れんがの美しい駅舎には、きのうも多くの人々がカメラを向けていた。
2013.02.21
2013.02.01
2013.01.12
2013.01.11
福島の原発を押さえ込めていない状態で、よくオリンピック招致ができるなあ。もし東京に決まれば、怖ろしいことになると思う。東京はいまでも放射能汚染をされつつあるのに。
2013.01.09
人生の岐路や曲がり角は、通り過ぎて分かることがある
2013.01.07
「幸せ」と「しあわせ」と「シアワセ」は同じようで微妙に違う
2013.01.06
2013.01.05
2013.01.04
2013.01.02
----- Original Message ----- From: > To: ??????@ybb.ne.jp> Sent: Wednesday, January 02, 2013 11:00 AM Subject: 2日の日記
渋谷ルシファー (集英社文庫) 薬草・花を描く?ハーブドローイング 植物画を楽しもう (ロスト・ワールド?ジュラシック・パーク〈2 上〉 絶対内定の作文・小論文?マスコミ完全対策 ソ連軍日本上陸!?第三次世界大戦・日本篇 (1979年) 上記の本が売れました
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2012.11.12
2012.06.23
高句麗文化展 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@ybb.ne.jp> Sent: Tuesday, August 16, 2011 9:45 AM Subject: 16日の日記
2011.08.16
2011.07.07
2011.07.06
今日の夕食
2011.07.04
夕飯
2011.07.03
ひるのたこやき
2011.07.02