インスタント・ラブアフェア(未完)
モバイルフォンに、データ着信の連絡が入った。カフェに入り、備え付けのコンピュータにIDカードを挿して、パーソナルモードに切り替える。画像付きのメールが届いている。私のサイトに訪問して、私に興味を持ってくれたらしい。淡々と賛美の言葉が並べられていて、シグネチャには、彼のサイトのアドレスが乗っていた。画像を見てみる。ごく普通の男性に見えた。少し神経質そうだけど、やさしそうだった。流行の髪型は寝癖にしか見えなかった。少しだけ、私は微笑んだ。彼のサイトにアクセスしてみた。虜になった。何故なら、私のサイトと対を成す内容だったから。テーマは『愛と死』。小説や詩、写真で彩られたサイト。らせんのように絡み合う彼と私。お互いがひとつになるような錯覚は生まれないかもしれないが、一定の距離感を楽しめる関係ではないかと思った。返事を書くことにした。淡々と秘めた想いを。あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう。大好きだった前の彼。旅先で出会って、忘れていた頃に、偶然、街の雑踏で再会したのだ。連絡先を交換して、週末のデートを重ねた。私の誕生日にプレゼントと一緒に、「俺と付き合ってくれないか?」というとても素敵な宝物をもらった。それから1年後の誕生日も二人で過ごして、2年後の誕生日は独りだったんだ。趣味の旅行も年に2回くらい一緒に行っていたけど、別れてからは、旅行に行くことも無くなった。突然、居なくなった彼への想いを昇華させるために、このサイトを始めたのだ。このサイトでいろいろな人から励ましの言葉をもらい、いつしか過去に溺れることがなくなっていた。2年の月日。長かったようで、短かったようで。久しぶりに懐かしい思い出に浸かりながら、メールをしたためた。どこかで会ったような懐かしい想いに浸りながら、心がフワフワと浮遊を始める。それから順調に毎日メールの遣り取りが続いていく。サイト仲間からの書き込みも「最近、明るくなったけど、何かあったでしょ?」という類の冷やかしが多くなってきた。私も心が喜んでいるんだもの、仕方ないでしょ、と開き直ってみたりする。でも、彼は淡々としていた。毎日、お互いのサイトの作品と批評し合い、どちらが始めるとも無く、同じタイトルの小説を書き始めた。実際に会ったことが無い二人の間で空想の世界の二人がデートを重ねる。小説の主人公である恋人たちの模様は、実際の私と彼のようで、少しくすぐったいような感覚と逢いたいという想いが募る。小説を通じて、とても濃密な会話をしているんだ、きっと。二人の物語は呼応するように盛り上がり、いつしか終盤に差し掛かろうとしていた。出会って半年間、電話で声も聞いたことが無いし、会ったこともない。でも半年続いたお互いの小説は、二百編ほどの長編になっていた。小説が終わりを迎えたときに、彼と会って、想いのたけをぶちまけようと思った。この彼なら、私を護ってくれると強く思った。「あと、一週間くらいで、この物語を終えようと思う。もしよかったら、新しい物語を始めるために、今度の週末会わないか?」彼と私は、同じことを考えていたようだ。とても嬉しいって思った。そして、金曜の夜にエンディングをアップして、次の日の13時に、お気に入りのオープンカフェで彼を会う約束をした。彼はどんなエンディングを書くんだろう。私はもう、決めている。そして、新たな物語を彼と紡いでいくんだ。嬉しい想いが溢れ出しているのか、エンディングに向かって、私の物語はハッピーでいっぱいになっていった。それに呼応するように、彼の物語は静かに淡々としている。「何故?何故なの?嬉しくないのかしら。」不安や期待、いろいろな想いが溢れてくる。そして、眠れないまま、金曜の朝を迎えた。仕事も手につかない。二人の物語は、今日の夜、結実し、明日は彼に会えるのだ。そして、また新しい物語を紡いでいく。仕事もそぞろに、あっという間に一日が過ぎて、夜、彼のサイトを覗いた。私のエンディングは、超ハッピーで夢に溢れている感じだ。ちょっとやり過ぎたかなと思いながら、彼の小説を読んでいた。彼の小説はバッドエンドだった。小説の中の彼は事故死していた。『愛と死』が書かれていた。涙が止まらなかった。彼の小説の感想をメールした。悲しみに溢れていたら、疲れて寝てしまっていた。次の日、彼から送られてくるはずの私の小説の感想がなかった。そして、約束の時間にカフェにも来なかった。カフェの閉店時間の30分前から涙が止まらなくなった。彼へのメールの返事も来なかった。痛みに耐えられなくなり、家に帰りめそめそしていた。一週間後、小説も休止していて、コンピュータにさえ触れなくなっていたが、ふとメールボックスを覗いてみた。彼のアドレスからメールが来ていた。「はじめまして。直樹っていいます。 以前、美樹さんと付き合っていた秋一の弟です。覚えていますか? 何度かお会いして、優しくしてもらったこと、僕は覚えてます。 兄貴が羨ましかったですもん。 あ、兄貴ですが、先週の土曜に、交通事故で亡くなりました。 兄貴の遺品を整理していたら、美樹さんとのメールの遣り取りを見つけて、 全て、読みました。 連絡が遅れてすみません。 最近の兄貴、とても楽しそうにしていて、今度、美樹とやり直すんだと 俺の頭を小突きながら言っていました。 俺も、美樹さんとまた会えるかもしれないと思ったら、すごく嬉しかったんですが、 こんな形で連絡することになってしまい、ごめんなさい。…………………… 」あのメールに添付されてきた画像は、直樹君だったんだ。ちょっと大きくなった直樹君。「格好良すぎるじゃない。」涙が溢れてくる。隠れていた真実が涙で洗い流され露わになっていく。「自分で書いた物語通りになるなんて卑怯じゃない。残された私はどうすればいいのよ。」知り合った頃の彼の物語の主人公の名前が男の子は直樹で、女の子が和美だった。彼に、和美って名前、私の妹と同じ名前だよってメールしたことがあった。そして、彼は、偶然だよって言っていたんだ。でも、偶然じゃなかったんだね。そして、決心したんだ。私と秋一の新たな物語を書いていこうと。そう、あの日から、新たな物語は始まっているのだもの。私は、涙を拭って、サイトにアップする新たな小説をしたため始めた。