指先と心は、いつもプリンセス

フェアリー・ラブ 4 秘め事

1.ランジェリー

 とうとうその日が来てしまった。
 きっかけは卒業間近の妃沙美姉が記念にパリ・ロンドン7泊8日の旅行に出かけたからだった。
美咲のマンションでは何度も女性の姿になったことは有るが、この部屋では初めてだった。
さすがに姉と暮らすここでは躊躇いも有ったし、勇気もなかった。
しかし自分の部屋の半分を占領するクローゼットに納められた姉たちの華やかなドレスやスカート、5段の内一段だけは広海の男物だが残りの4段を占めるカラフルな女性用のブラウスやアンサンブル、そしてニットなどの誘惑にいつも引かれていたのだ。

 そこへきて春から京都の大学の院に行く予定の妃沙美が封印して捨てようとし封印した包みを開けてしまってのだ。
それにはモデルのバイトをしていた彼女のウイッグやパンプス・サンダル、そしてマイクロミニなどのかなり派手目の衣装が詰まっていた。
広海はそれを捨ててやる振りをして、そっと自分の部屋のベッドの下に隠していたのだ。
その秘密の行為は広海の女装したい、女の子になりたいという気持ちをいやが上にも燃え立たせてしまった。
美咲の所で女装をし、女の子の姿になった時、そのあまりにも末姉の真沙美にも似た自分の美しさの虜になってしまっていたのだ。
そして、それ以上に幼いころよりの姉たちへの憧憬、特に大好きな亜沙美お姉ちゃんと同じになりたいという秘めていた願望が、改めて芽を吹いてしまったのだ。

 姉を空港に送り出すと同時に、広海は浴槽にお湯を張って体を沈めた。
お姉ちゃんが時々自分だけで使って、決して広海には使わせないバブル・バスの浴剤をたっぷりと入れてだ。
ゆっくりと浴槽に浸かると皮膚が柔らかくなり、毛穴が開いてくる。
お湯の中で、白すぎる柔らかな肌を洗い始める。
首筋から胸、手先から腕、太股から脚、そして爪先へと優しく撫でるように洗った。
つい数ヶ月前まではいくら鍛えても貧弱な、その丸くて白い女の子のような身体が今はいとおしい。
お尻も、それにあそこも丁寧に洗った。

お湯に浸かりながら、剃刀を持ち産毛程度しかないひげを丁重に剃り上げる。
2~3日に一回、それも思い出した時に剃るだけの髭だったが、今は丹念に何度も剃り上がりを確かめた。
今度は脚だ。
泡の中から片足ずつを出すと、その剃刀で丁寧に撫でるように剃る。
幸か不幸か、手や脚など広海の身体には男らしい剛毛は生えてこない。
お姉ちゃん達のように、ほんの僅かばかりの産毛が生える程度だ。
脇の下と下腹部の翳りだけは少し濃かったのだが。
一度お湯の中に沈め、泡を良く落とすときれいな細い脚が現れてきた。
どこかで見た映画のワンシーンを思い出す。
手で触って見ると、僅かの産毛までもが除去されて滑るような肌になっていた。
 ついでにほとんど産毛だけの腕も念のために剃り上げた。

次に広海は石鹸を泡立てると脇の下に塗りつける。
腕を大きく反らすように上げて、剃刀の刃を左の脇の下に当てる。
手足と違い少しばかり黒い毛が剃刀に付いてきた。
右側の脇の下も剃り終えると、剃り残しが無いか入念に確かめる。
そして、ちょっと迷った後、浴槽に腰掛て下腹部の翳りまでも整えていった。

 仕上がりに満足した広海は浴室から出ると、姉たちがするようにバスタオルで胸から身体を包み、二つのダンボール箱を持って、今は居ない長姉の亜沙美の寝室に向かった。
そして女の子のように床に横座りをすると、魔法の箱を開きはじめた。
以前は罪悪感から中身をザッと確かめただけだったが、中からは柔らかくカラフルなドレス、ウイッグに各種の靴までが次々と出てきた。
底の方からは古いポーチに入った使いかけの化粧品までもが・・・だがランジェリーだけは無かった。

 広海は亜沙美の整理タンスのランジェリーの引き出しを開ける。
中身の配置は判っている、もう何度もそっと開いては、そっとその感触を楽しんだのだから。
色とりどりのパンティーやブラジャー、それにスリップやキャミソールなどが綺麗に折りたたまれて入っている。
躊躇いながらも広海はその中から、パステル・ピンクに輝くブラジャーとパンティーのセットとミニスリップを取り出した。
ブラジャーには奇麗な刺繍が施され、パンティーは手の平に収まるほど小さくレースで縁取りがしてある。
スリップは、シルクサテン地でサラサラと滑らかで気持ち良かった。
ねぇさんがそれを身に着けている姿が脳裏に浮かぶ。
そして、それを着て可憐な少女となった自分を思い描いた。

大好きなおねぇちゃんの下着を身に着ける罪悪感とためらい。
だが、お姉ちゃんの体臭の残り香だろうか、甘い匂いが恍惚感をもたらす。
それに負けた広海が柔らかな下着をそっと胸に抱えると、心臓が高鳴り、あそこが硬く大きくなっていった。

 広海はバスタオルを落とし、ブラジャーを胸に当てストラップに片側ずつ腕を通して後ろ手にホックを留める。
何度か悪戯もしたし、美咲の所で着けた経験からそれほど苦労せずとも、背中のホックは留めることが出来た。
広海の方が少しは体格が良いのか、キツイ感じだ。
洗濯済の古いパンストを丸めてブラジャーの中に押し込めると女性の胸らしくツンと尖っている。
 このブラジャーはショーツと同じデザインであり、カップ部分の下3分の1と周囲にはパンティーと同じレースのフリルが品良くデザインされており、その可愛らしさとサテン輝きのセクシーさとが、何とも矛盾したエロティックさを匂わせている。

 小さなピンクに輝くパンティーにつま先からそっと足を滑り込ませる。
パンティーは前面の女性の叢を隠す僅かな部分と、お尻のいくらかを覆う部分だけがサテン地で、他はレースで透けて見えている。
両足を通した布をゆっくりと引き上げると、柔らかく薄いレースとサテンが滑るように脚を引き上がってくる。
ふくらはぎから膝を抜けて太ももの付け根へと移動して行くにつれ、伸縮の心地よい感触は、柔らかい皮膚へ圧力を強めながらぴったりと股間にまとわり吸い付いて来る。
ハイレグカットのレースに期待と興奮で熱く肥大したペニスを無理やり押し込める。
愛おしく、微笑みながら眺める鏡越しの股間では熱く肥大したペニスがパンティーに押さえ込まれて、いやらしく浮き彫りになっている
前面の布は肉棒をやっと隠す程度で、その両脇からレースが小さな後ろ布へとつながっている。
このショーツは少し小さ目でお尻を包み込むには少々きついが、薄い布による締め付け感と密着した感覚が広海を陶然とさせる。
サイドの部分を腰骨の上のくびれまで引き上げると、股間の両脇を前から後ろへ通る布地が、脚の付け根から臀部の下側にかけてキュっと締め付ける。

未使用の極薄のライトベージュのパンティストッキングを、姉達の真似をしながら丸めてから足を滑り込ませ、かかとからふくらはぎ、太腿へと丁寧に引き上げていく。
ゾッキタイプというのだそうだが、サポート力があり透明感の高いパンストを
ウエストまで引き上げると柔らかい肌に密着し、ヌルっとした綺麗な脚が出来上がる。
そのすべらかで絞まりながら足を包む感触に陶然となってくる。

 スリップを肌に滑らせ、その姿を鏡に映すと股間のいやらしい膨らみが隠れて女性のシルエットを作り出す。
広海は、胸が「キュン」となり仕草までが女性らしくなっていた。
 美咲の前では何度か女装したが、テレが有りかえって男ぶって、またその視線が気になってとてもそんな気持ちにはなれ無かった。

ブラジャーを少し持ち上げ乳首に触ると陶酔の予感が走った。
広海はそんな下着姿を鏡に映し、自分が女性になった錯覚に酔い、思わずパンティーとパンストに窮屈に抑えられた部分に手を差し伸べる、

―――ムフッ、・・・んぁあ~・・・ん!―――――

鏡の中の少女が身悶えていた。


2、メイク

広海は姉のドレッサーの前に座る。                           首から下は完璧な女性の自分の姿に少しくウットリとした。
女性の下着姿だと普段も女性的な顔が、より女らしく感じられるのだった。
相変わらず広海の男性は疼いていたが。

 より女性となるために広海は作業を始めた。
手順は分かっている、何度も美咲に化粧して貰ったし、この計画を思いついてからはメイク中の姉の部屋を用も無いのに訪れ、こっそり盗み見をして研究したのだから。
化粧品はダンボールの底に入っていた中から選び、ドレッサーの台に使用する順番に並べた。
 最初に化粧水をタップリとコットンに染込ませ、顔を叩くように馴染ませ、それからリキッド状のファンデーションを薄く塗り、パウダーファンデーションのパフをはたく。
パフの余分な粉をティシュで払い、シャドーを鼻筋を白く顔の外側は少し濃い目に、そしてチークをホンの少し入れると顔により立体感がでた。

 アイライナーを引いて見るが上手く行かない。
一度目の周りだけクレンジングして再度挑戦、今度はペンシルタイプを使うと何とか引くことが出来た。
アイシャドーはピンクを基本に、薄い色を全体に真ん中を濃い目にして、最後にラメの粉をライナーの際だけに入れると輝いて見える。
 今度はマスカラだ。ロングタイプというのを睫毛に付けるが、遠近感が掴めず苦労する。そうだビューラーを忘れたせいだ。

 最後に眉毛をペンシルでなぞり、ルージュはアイシャドーに合わせて少しオレンジ色のピンクを塗ってみる。
美咲や姉の真似をして、小さな筆でレッドで輪郭を作ってから全体を塗りあげたので食み出しもせず上手くいった。

 メイクの作業に夢中になっているうちに股間の疼きは治まっていた。

 広海は次の用意にかかった。ウイッグだ。
大学入学と同時に伸ばし始めて、もう肩先に届くかという長さにはなってはいるが、メンズスタイルなのだ。
髪の長い美咲は印象を変えるために、レイヤーカットという肩までのを持っていて広海にはそれを被せたが、ショートの妃沙姉のはストレートやカールした全てロングのウイッグだった。
色も黒から栗色まで3つも有った。
レイヤーもそれなりに広海には似合ったが、ロングは初めてで迷ったあげく一番長く、柔らかくカールした栗色を選んで被ってみた。

鏡に向かって少しぎこちなくも微笑んでみると、そこには長い髪をした可愛らしい少女が映っている。
広海は髪をかき上げてみたりウインクをしてみたりと、自分の姿に陶然となっていた。

 何か足りない!
「そうね、女の子にはピアスが、、、、」でもまだピアスの穴を開けていない広海には無理な相談だった。
「でも、これが有るわ。」
いつの間にか女の子の言葉で、一人語とを言いながら、美咲に貰ったハート型のイヤリングを耳に飾った。

「そう、これで完璧。あたしはもう女の子」広海は呟いていた。



3、ドレス

 広海は箱から次々と衣装を取り出し並べていった。
丈の長いワンピースはカーテンレールやドアの上に掛けて、スカートやブラウスの単品はベットから床まで広げてしまった。
どれもランドリーの透明ビニールに入っていたので、それも次々と外した。

「どれにしようかしら? お外は寒いけどお部屋の中だから薄着でもいいけど、、、美咲ちゃんのとこではスカートとブラウスに分かれていたから、ワンピースにしましょう」
広海は女性言葉で独り言をつぶやきながら、最初に目を止めたシェル・ピンクに輝くボディコンのドレスを手に取った。
鏡の前に戻りそれを胸前に当ててみると、ピンクを基調としたメイクに良く似合った。

 後ろのジッパーを引き下ろし、そろそろと両足を入れ引き上げると、パンストの脚に擦れ、こそばゆいが微細な快感が走った。
そのまま両腕を通して肩を入れると、裏地の少し冷たいがスルツと滑る感触がたまらない。
お尻部分はゆったりだが裾を絞ってあるのか太股が少しキツ目だ。
背中に手を回しジッパーを上げようとするが、すんなりとは閉じてくれない、妃沙姉に比べウエストが太いのかそこでもたついているのだ。
「もっとダイエットしなくちゃ」
広海は思い切りお腹を凹ませながら再度ジッパーを引き上げた。
ウエストと一番下の肋骨部分を過ぎると、後は楽に閉じてくれた。
だが、バストが少しブカブカだった。

「ふぅ~っ」
やっとのことで着終わった広海が鏡の前に立つが、腰上しか映らない。
玄関に場所を移動して、そこの姿見に映して見る。
そこには膝上というより股下数センチの、身体にピタッと張り付いたドレスを着た美少女がいた。
少し幼い顔立ちと髪型、それにドレスがアンバランスだが、妙な色気とも云えぬ妖しい雰囲気の女性であった。

 広海はもう一度寝室に戻って衣装箱をかき回した。
ミュールと呼ぶのかサンダルと称するのか似たような物が数足、パンプスと言うのだろうヒールの高く尖った靴も何足か出てきた。
その中から広海は赤いエナメルで足首をストラップで留めるハイヒールを取り出した。
これが今の服には一番似あうと思ったのだ。
足に合わせようとすると、パンストに包まれたつま先が目に入った。
「あっ、爪にマニュキア忘れた。
まぁいいか!後でも。
とにかく一回、全部着て見なくては。
そっか!手にも必要だったな。」
そう、この計画を思いついてから手の爪を、それと無く延ばし始めたのだった。

 エナメルのパンプスを履くと、10センチもあるヒールの高さに前にのめりそうになる。
姿見に映して見るとヒールのせいもあり、ますます足が長く細く見えた。
広海は満足して様々なポーズを取り、しばらくの間鏡に見入った。
そしてその股間は徐々に膨らみ始めたが、小さなパンティーとパンストに阻まれ鎌首を擡げることを阻害され、中途半端なまま隠微に濡れはじめていた。



4.ティータイム

「さて、お茶でもしようかしら」
一応の変身に満足した広海は一休みすることにした。
初めて履くハイヒールに足が痛くて堪らないのだ。
―――これじゃ、歩くことも出来やしないわ・・・練習しなくっちゃ―――
それでもパンプスを脱がず広海はお茶の支度を始めた。
いつもはコーヒーだが今日は女らしく、お姉ちゃんの真似をして紅茶だ。
ガラスのティーポットにダージリンを入れ、お湯を注ぐ。
いつものマグカップではなく、ソーサー付の紅茶のカップも用意する。
―――たしか、まだケーキが残っていたわね―――
冷蔵庫から生チーズケーキを出し、それもテーブルに乗せる。

―――そうだ、女性の仕草も勉強しなくっちゃ・・・―――
広海は玄関から姿見の鏡をソファーの前に移動した。
最早それだけの動きで、広海の脚には痛みが走っている。
初めてスケート靴を履いたときのように、脚が左右に開いて足の外側面が床に着きそうだ。
脛、脹脛に痺れが走り、太腿は緊張で痛い。

広海は痛さを堪え、姉たちのように、ソファーに座るときには、両足を揃えスカートが皺にならないようお尻をなでるようなしぐさでゆっくりと座った。
ストッキングに包まれた脚を少し左斜めに揃え軽く座る。
紅茶を飲む時は、薬指と小指を少し浮かした形でカップを手に取る。
左手を軽くカップに添えるようにして口紅を塗った唇に軽くあて、紅茶を少し飲む。
カップの縁にピンクの口紅の跡が残った。
鏡に映った、女性らしいしぐさ。
手首も軽く反らした形感じにが上品に映る。
ケーキを食べる時も両手で包むように持ち少しづつ食べる。
女性以上に女性らしく。

とうとう足の痛さに負けた広海はパンプスを脱ぐことにした。
広海の足のサイズは24センチ、妃沙美の23.5は少しきつめだった。
痛さを我慢して玄関に行き、赤いパンプスを脱ぐと、両脚を深く曲げ膝を床につける。
誰も居ないが、スカートからパンティーが覗かないようにだ。
―――これから先こういうことも考えないと・・・―――
そして、脱いだパンプスを両手で綺麗に揃えた。
ストッキングに包まれた足先にはピンクのペディキュアがされている。

 その日と翌日と広海は一歩も部屋を出なかった。
部屋の前面は住宅街で誰にも覗かれる心配は無かったが、外の世界カーテンの隙間からそっと眺めるだけであった。
ベランダにさえ昼間のうちは出るのが躊躇われ、深夜になって人が寝静まった頃、部屋の空気の入れ替えを兼ねて新鮮な空気を吸いにほんの少し出るのだった。

部屋の中では次々とランジェリーとドレスを着変え、またその度にメイクをし直して楽しんでいた。
メイクは何度もする内に段々上達したのか、最初の顔の違和感もなくなり、アイメークや口紅の塗りかた一つで顔の印象が様々に変わることも発見した。
 ドレスも着替える度にパンプスやサンダル等も変え、その洋服に似合う靴を選んでみた。
そして少しづつ歩く練習もした。
姉の靴はどれも僅か小さいようだったが、踵部分が開いたパンプスやサンダル、ミュールなどなら履けないこともない。
ヒールの低いものから始め、段々と高いものに移っていく。
部屋から部屋へと何度も往復して、なんとかコツらしきものは掴めたが、一番広いリビングはフローリングのため“コツコツ”と音が響いてしまう。

 その間に何度か美咲からの電話が有ったがすべて無視してしまった。
美咲は姉がヨーロッパに旅行に行くのを知っていて、その間の食事の世話をしてくれるつもりだったらしいのだが・・・
食事も女装のまま自分で作り、そして食べた。
食器やグラス、箸やフォークにルージュの赤い跡が付くのがちょっとうれしい広海だった。
 お風呂に入る度に身体中をもう確かめ、常にツルツルの身体にも気をつけてる。
寝るときは流石にメイクを落としたが、ランジェリーとネグリジェを着用して、女の子の眠りについた。



5.誘 惑

夜のベランダから見渡す遠くに輝く灯かり、昼間はカーテンの隙間から眺める街並みのなんと魅惑的なことか。
その夜、広海はとうとう部屋の外に出てみることにした。
2日も一日中部屋にいるストレスと、部屋の中ではあまり履いて歩けないヒールの高いパンプスを試してみたかったのだ。

深夜、そっと廊下に出て、エレベーターホールまでの道程を何度か往復をしてはみた。
ハイヒールの立てる「コッ、コッ!」という軽やかな音が静かな廊下に響き、女性としての自分を感じさせてくれ耳に心地よい。
またその歩き難さには閉口するが、ちょっとした冒険に心が躍る。
広海の履く男物の靴やスニーカーでは女性のような音はでないのだ。
マンションの廊下をエレベーターへと何度も歩いていく。

 深夜ならマンションの住人の姿を見かけないことを知り、パンプスの歩行にもしだいに慣れ、しだいに広海は大胆になってきた。
エレベーターでは開いた時に帰宅する誰かが乗っている可能性があるので、非常階段を一階まで降りてみたのだ。
階段は平らな廊下以上に歩き難かったが、一階のロビーには人影は無く、風除室のガラスに女の子が映っているだけだった。
自動ドアの外の世界に出てみたい欲望は有ったが、まだ危険を冒すことは出来なかった。

ガラスを鏡替わりにしなやかに腰を振りながら誰もいないロビーを歩き廻り、様々な角度から自分を見ているうちに股間では隠微な欲望が固まりだしてきた。
脚が交差するたびに太腿の内側が擦れて刺激が伝わってくる。
慌てた広海は、溜まった郵便物を取って、今度はエレベーターを使って部屋に戻った。
もう、脚が痛くて歩けそうにも無かったのだ。
走るように部屋に飛び込んだ広海の心臓は高鳴り、脚はズキズキと痛く、そして下半身は妙に疼いていた。

3日間の遊びで困ったのは、煙草が切れてしまったことであった。
そんなに量を吸う方ではないのだが、吸い口にルージュの赤い色を見るのが嬉しくて、ついつい火をつけてしまうのだ。
昼間、化粧を落として買いに行けばよいのだが、広海は男に戻る気がしなかった。

そしてその夜、とうとう広海は決心をした。
「煙草を買いに行こう。それも女の子で」
煙草はマンションの近くといっても、数分は歩かなくてはならない早稲田通り沿いのコンビニか、それより遠い環七の自販機にしかない。
それにそこへ行くまでにはエレベーターに乗り、明るいロビーも通らなくてはならない。
途中のエレベーターに誰かが乗り込んで来たら、ロビーで住人に会ってしまったら・・・
コンビニでは客が大勢居るだろうし店員を通さなくては、自販機は人通りが多いけど・・・
心配と恐れはあったが、広海は少し遠く通行人は多いだろうが、直接人に会うことの無い自販機に行くことにした。
煙草を買う、ただそれだけのことにも少なからぬ興奮を抱いていた。

 誰か通行人とすれ違う、そのことから着る物は控えめにした。
室内では妃沙美の捨てようとしたドレスを着ていたが、初めての外出にはどれを着てもセクシーすぎるのだ。
広海は真沙美姉の衣装を借りることにした。
末姉の衣服はカジュアルで外を歩いてもそれほど目立つことは無いだろうと思った。
 
 亜沙美姉の箪笥からランジェリーは上品なレースの白を借用し、広海は少女らしくデニムのミニスカートに水色のカットソーを真沙美姉のクローゼットをかき回し選んだ。
襟元は広く開き寂しいので、模造真珠とビーズのネックレスを捜した。
そして、外はまだ少し寒そうなのでその上に黒く薄いシャツジャケットをまとった。
腰にはシルバーの飾りのベルトを緩く締め、靴は歩き易そうな5センチほどのヒールのハーフブーツを選ぶ。
ヒールも低いし踵が尖っていないし、それに踝が固定されるので長時間歩いてもなんとかなりそうだった。

 メイクは1日中していたので、乱れを直すだけに留めた。
だが、手と足にパールピンクのマニュキアだけほどこした。
3日間に何度も練習し、殆どはみ出さないようにもなってきたのだ。
それでも姉のドレッサーの前に座ると、あちこちが気になってくる。
油取り紙で皮脂を落とすと、ファンディーションの崩れを直す。
擦れたシャドーとマスカラに手をいれ、口紅を引きなおす。
被っていた栗色のヘアーウイッグにブラシを入れれば出来上がりだ。

 玄関先の姿見に立つと、子供の頃双子みたいと言われた、末姉の真沙美に瓜二つの美少女が映っていた。
だが、デニムのスカートの向こうにはオフホワイトのパンティーに包まれたペニスがある。
真沙美の姿に生唾を飲み込んだ広海は、身体中の血液が股間に集まってくる気がした。
むくむくと硬度を増したペニスが痛いほどパンティーを押し上げている。

 女の子となって街を歩くという行為は、広海に少なからぬ興奮と期待をもたらせた。
自分の女装姿、男である広海がスカートを履いているところを人に見られるのである。
美咲には女装させられ、最初の男からの変身を知られているので、今更恥ずかしさは殆どないが、全くの他人、それも広海が女装した男だとは知らない人々に行き交うのである。
 そのことを思うと、広海は男とバレてしまうのでは?という恐れと、逆にある種の不可解な衝動に駆り立てられるのであった。



6.深 夜

 夜10時半を回った。
メイクやら着替えに手間取って早こんな時間になってしまっていた。
ドレッサーでもう一度メイクを見直し、玄関の姿見で全身を検めているうち時間は過ぎていく。
早すぎるとは思うが、もう躊躇する理由が無い。
ドアに耳を付けて外を誰も通ら無いことを確認して、開ける。
素早く鍵を閉め、エレベーターに向かい廊下を歩き始める。
『コツ!コツ!コッツ!』足音が廊下に響く。
でも、ここまでは昨夜、何度か試したことなのでまだ安心できる。

エレベーターの前に立ち、当たりを見回してから、ボタンを押す。
ここは6階なのですぐには来ない。
同じ階の誰かが乗っていなければいいけど・・・心臓が高鳴る。
『チーン!』ドアが開く。
―――ホッ! 良かった誰も居ない。―――

 乗り込み、一階のボタンを押す。
ホールにも誰も居ないといいけど・・・もう逃れられない。
『チ~ン!』ドアが開き始める。
―――アッ!  誰か待っている!  女の人だ!―――
こんな時間に誰か帰って来たのだ。
―――同じ階のSさんじゃないの!―――

 広海は開きかけのドアを擦り抜けるようにエレベーターを飛び出した。
女性の脇を通る抜け足早に玄関口に歩くが、慣れないヒールの高さによろけてしまう。
背中にSさんの視線を感じてうろたえてしまいそう。
美咲以外に初めて女装の姿を人に見られたのだ。

 『チ~ン!』ドアの閉まる音に一安心して振り返ってみる。
誰も居ない。
―――ホッ!危ない、危ない!―――


 自動ドアを通り、広海は足を踏み出した。

数段の階段を下りると、環七に沿ったそこには車も、そして何人かの人影が見えた。
右には前方から何人かの男性が歩いてくるのが見える。
広海は慌てて左に向き、前を歩く女性の後から歩きはじめた。
傍らを何台かの車も通りすぎて行く。
そよ風が薄いパンストの脚を撫で、スースーとしてなんとも頼りない。
何にも穿いていないような錯覚に陥る。
生まれて初めてスカートで街中に出るのだ、なんともいえない気恥ずかしさに、内股歩きになってしまう。

とうとう前からも人影が近づいてくる。

女性と男性のカップルだ。

心配するよりも街灯の明かりは暗く、思いのほか相手の顔が見えない。
―――これなら、気付かれないわね―――

 行き会う。
―――気づかれませんように!―――
ヒロミは自分の女装姿を初めて人前に晒す興奮に駆られていた。

 男性が目を向ける。
が、すぐに連れに目をやっている。
―――気づかないようだ。ちょっと背の高い女と思ったのかしら?―――

 女性と目が合ってしまった。
なにやら、上から下まで探るように見ている。
―――大丈夫よね? ちょっとケバかったかしら?―――

 すれ違う。
女性が振り返っているのか? 視線を感じるようだ。

 広海も振り返る。
女性が視線を戻し、男性に何か話しかけている。
広海は足を速めて、急いで立ち去ることにした。

 歩道橋の階段を昇る時には、思わずスカートの後ろを両手で隠さずにはいられなかった。
パンティーを覗かれているような気がして、広海はたまらない羞恥を身をもって味わった。



7.街 路

環七と早稲田通りの交差点、大和陸橋に差し掛かった。
ここには信号待ちの車もたくさん止まっている。
同じく信号が青になるのを待っている男女も何人かが・・・
広海は敢えて白線の一番前に出て信号の変わるのを待った。
冒険の気持ちも有ったが、女性の姿で人前に出ることに一種異様な不思議な高揚にかられたのだ。
もっとも、この方が化粧した顔を見られる確立も少ないと思ったことも有るが。
隣にOLだろうか女性が並んだ。
もし、スカートが車の起こす風などで捲くれ上がり、パンティーの前の出っ張が見られてしまったら、男だということがバレてしまう。
それを想像すると、広海の心臓はもはや早鐘のように鳴り響いているようだった。

 信号が変わり、広海は足早に交差点を渡った。
目的のタバコの自販機はもうすぐそこだ。
パーカーのポケットの小銭入れを握り締め、広海はスカートを僅かに翻して歩いた。
足元がスースーとして頼りない。
生まれて初めてミニスカートなどを穿いて、夜とはいえ街中を歩いているのだ。
信号待ちの車のヘッドライトに広海の女の子の姿が照らし出される。
広海の欲望の器官は頭を持ち上げ痛いように脈動をしていた。

 環七通りにはちらほらと帰宅途中のサラリーマンが歩いている。
みな深夜の帰宅に疲れきっているのか広海に振り向きもせず、早足で広海を追い越していった。
酒屋の駐車場を兼ねた自販機置き場にたどり着いた。
今までの道も街灯と車のヘッドライトでかなり明るく、広海の心を怯えさせたが、そこは特に照明が明るくソフトドリンクやタバコの販売機とその周辺を照らしていた。
車が1台止まり男が降りてくるところだった。
それに数人の若者が飲み物を買って、飲んでもいた。

 広海はドリンクの前を避け、タバコの自販機に近寄る。
と、飲み物を買い求めた車の男が近づいてくる。
広海は緊張した、
―――声でも掛けられたら、どうしよう―――
だが、男は、、、、自販機前まで来ると、“チッ”と舌うちをして、身を返していった。
広海がその自販機を見ると、既に照明が消され販売不能になっていた。
「お姉さん、もうタバコは買えないよ。
夜遅くなるとダメなんだって、オレらも買いそびれてさ・・・」
若者が教えてくれた。
「・・・・どっ、どうも。。。」
広海は小さい声で返答を返すと、小走りに元の道を引き返し始めた。

 男に声を掛けられたことで広海は動転した。
あの男たちが後ろを付いて来るような気がして、足音さえ感じたが怖くて振り向くことが出来ない。
広海は途中の小路を見つけると左に入り、小走りに駆けた。
少し走り街灯の少ない暗い道に安心すると、心臓がドキドキと逸っているのが分かる。
そして、淫らな刺激に広海のパンティーの中では、堅い肉茎が熱く脈打って、今にも暴発しそうな気配を感じさせていた。

 ほの暗い住宅地の路地からマンションの面した環七通りに出ると、そこは街灯があたりを明るく照らしている。
まだちらほら歩行者の影が見える歩道では、行き交う車のヘッドライトが女の広海を浮かび上がらせる。
やっとおさまったと思われた広海の股間はまたしても疼きはじめ、隠微な血流がパンティーの内側でペニスを熱く肥大させる。
美咲は絶対に大丈夫だとは保証してくれるが、万一スカートの中が知れたら・・・・男だとばれたら・・・女装の変態などと罵られたら・・・
そのおぞましさの恐怖と羞恥が、異様な下半身の高揚と疼きとをもたらしてしまうのだ。。

広海はマンションのロビーに誰もいないのを見透かし、小走りにドアの内側に駆け込んだ。
なんとも知れぬ不安感に迫られ、女装の姿でいることに怯えを感じたのだ。
後を付けられているのではないか?誰かにジーッと注視されているのではないか?
エレベーターに飛び込み、壁に背をもたせ一息をつきつつ、6階の到着を待つ。
広海は胸の鼓動が異様に早く打つのを感じながら、片手をスカートの下のしっとりと汗ばんだ内腿に這わせ、もう一方の手をパンティーに包まれた熱い膨らみへとやっていた。

“カッ、カッ、カッ”
っとブーツの踵の音も気ぜわしく、部屋のドアを開け、中に入った。
蹴るようにしてブーツを脱ぎ、居間のソファーに身を投げる。
スカートを捲りあげると、下から現れた完全に硬直した肉棒は、パンストの張力にも押さえられて、下腹部にピタッと張り付いていた。
先走りの透明な粘液が滲み出て、張り切った亀頭に妖しいぬめりを与えている。

 右手を硬直にのばす。
ほっそりとした五本の指がパンストの中の肉棒に絡みつく。
「ぁあーっ、ヌフッ・・・」
広海はピクッと身体を震わせる。
爪に塗られたパールピンクのマニュキアが妙に艶めかしく感じられ、自分の手ではないように思われる。

 ぐつぐつと煮えたぎった欲望のエキスが、出口に向かって押し寄せてくるのを実感する。
脈動がはじまり、濃厚な白濁の淫液が猛然と噴出するのも、まじかである。」







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