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私の回顧録も、平成5年まで遡ってしまった。1993年というと、1987年12月生まれの私は5歳になったばかり。競馬を始めた年齢はそんじょそこらの人には負けないぞ、と自負している私も、流石にこの歳では競馬はしていなかった。まだ5歳では漢字も読めまい。が、大相撲の力士の漢字は何故かスラスラ読めて、周りの大人を感嘆とさせたものだ。この頃、既に私は新聞を読んでいたらしい。25歳になった私は競馬新聞しか読んでいないが、5歳の頃の私を見習わないといけないのが何とも悲しい。
その1993年中山競馬オープニングを飾るレース、1月5日の1Rの回顧。 このレース、単勝1.7倍の断然人気に推されていたフォスタールビー、結果1着となるのだが、兄弟馬に札幌記念を勝ったフォスタームサシがいる。兄弟を調べてみると、母の初年度産駒が1973年のシーデンラークでビックリ。フォスタールビーで母の仔としては15番仔だった。そんなフォスタールビーはこれが6戦目で、ダートは(0,2,2,0)と、芝で負けてからのダート4戦では非常に堅実な面を見せていた。特に近2走の中山ダ1200mに移ってからの2戦は連続2着、前走は逃げて勝ち馬とタイム無しで、この評価も頷けるところだ。コンスタントにレースに使えているのも強みで、よほどの相手でない限り、未勝利脱出は叶うだろう。実際のレースでも、先行争いを制し、直線では4馬身差の完勝劇。惜敗続きに終止符を打ったフォスタールビーが順当に勝ち上がった。2着にはリキアイギャル。 フォスタールビーが1.7倍の人気に応えられるかが焦点となったレースだが、もう1頭、3連続2着でフォスタールビーを倒すのはこの馬か、という馬がいた。結果4着に敗れてしまったニッポーバーディーだ。ニッポーバーディーの3連続2着というのは、実は芝でのもの。ダートは(0,0,0,1)で、新馬戦で1秒5差の6着に敗れている。この時も芝戦同様、2番手からの競馬で先行できていて、確かにテンは速い。しかしながら、芝でテンで行かせて結果を残している馬が、ダートでは1秒以上も差をつけられて負けてしまう点は大いに疑問だ。考え方としては、芝で3連続連対、内容も良く、さて次も芝の短いところで未勝利脱出を狙おうかという馬が新馬戦で惨敗しているダートに使ってきて信用しても良いか、ということ。答えはNOだろう。これほどの馬が逆にダートで走らなかったことに対して、ダートは走らない馬と捉えるべきではないか。実際に管理する稲葉師も、「本質的には芝向き」と言っておられたように、要はスピードが生かせるのは芝でこそのものということ。ここでも良いスピードは見せていたが、勝ち馬のスピードが上で、ついていけなくなり、苦しくなってしまった。パワー型の「ダートのスピード」がなく、勝ち馬と一緒に前で競馬をしていたのでは、流石に着は拾えなかったか。芝のスピードとダートのスピードは違う、ということ。ニッポーバーディーが良い例だと思う。 フォスタールビーはここではモノが違った。何より前走の内容を見れば、他馬とは一目瞭然。個人的主観に過ぎないが、前走ダート短距離の未勝利で逃げて勝ち馬からタイム差なしという馬は同じ距離に出ると、結構な差をつけて勝つ印象。こういった馬にはいかに人気であろうと逆らえないか。「芝のスピード」と「ダートのスピード」の違いを教えてくれたニッポーバーディー。唯一ダートを使ったデビュー戦の6着、1秒5差という結果を受け止め、危険な人気馬ということを肌で感じないといけない。ダートは合わない。この2頭の取捨選択がこのレースのポイントであったと思う。 昔の回顧は、調べることも多く、またこれが面白い。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年08月01日 19時35分53秒
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