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テーマ:ドラマ大好き(4394)
カテゴリ:テレビ
三谷幸喜、やってしまったな。という感じ。 とんでもなく猥雑で混沌としてわけがわからない内容。それを整理することもなく、ダダ洩れ状態でオールスターキャストをちりばめた初回だった。もうこのドラマいいやと脱落した人が多いだろう。本来なら私も脱落したのだが、主演は推し俳優の菅田将暉。物語がどうの、内容がどうのというよりも孤立無援で尋常じゃない芝居を過激に演じる彼を見逃すわけにはいかない。この奇妙奇天烈なドラマをある種の恍惚を持って演じる菅田将暉。その姿を見るだけで、見るべきドラマである。 思えば三谷幸喜は映画「スオミの話をしよう」は良くなかった。とんでもない内容の作品だった。しかし、三谷幸喜のファンに救われていて大ヒットというわけにはいかないが、こけたという数字(興行収入)にはなっていない。将来的には三谷幸喜の埋もれた作品のひとつとなると思えるが主演の長澤まさみの人気もこけなかった要因かもしれない。 さて、ドラマ「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」は題名が示す通り“楽屋はどこにあるのだろう”と思いながら見ている。出演者は一線級というか超一流をはじめとして著名俳優、有名俳優、名の知られていない俳優がいないのではと思えるキャスティング。そして、出演俳優のすべてが芝居巧者と思える。芝居巧者と思えない人はキャラが立っていて当て書きと思えるその人自身のキャラで存在する。キャストは菅田将暉をはじめ二階堂ふみ、神木隆之介、浜辺美波、戸塚純貴、アンミカ、秋元才加、野添義弘、長野里美、富田望生、西村瑞樹(バイきんぐ)、大水洋介(ラバーガール)、小澤雄太、福井夏、ひょうろく、松田慎也、佳久創、俵山峻(スクールゾーン)、佐藤大空、野間口徹、シルビア・グラブ、菊地凛子、小池栄子、市原隼人、井上順、坂東彌十郎、小林薫。私としては知らない俳優もいるが、それなりの俳優なのだろう。そして、菅田将暉の狂気に似た偏執狂的振る舞いは回りの人間を不安に陥れつつも羨望も集める。 舞台は1980年代の渋谷。三谷幸喜の青春時代を妄想のごとく作り出している。シェイクスピアを持ち出しているのは映画監督・黒澤明の影響か。「真夏の夜の夢」を持ち出しているのは演劇あるあると思える。演劇に造詣があることはもちろん、「真夏の夜の夢」を知り尽くしていないと皆目わからないかもしれない妙味を含むので作品内容を理解できるか否かは最終回を見るまではわからない。ゆえに最後まで付き合おうと思う。それは一心不乱に菅田将暉の狂った演技を見たいためでもある。 というわけで、ビデオ鑑賞なので遅ればせながら昨夜第四話を見た。 演出がそうなのか個人が際立つ回であった。 血沸き肉躍る演技を見せる菅田将暉に負けるとも劣らない演技を見せたのが秋元才加である。担任教師に詰め寄られ論破するがごときに言い放った彼女。気迫のこもった演技であった。同時に見過ごされがちだが、その芝居を受ける面々も大事。児童に寄りそう立場でしっかりと自身の意見を述べていた担任教師も良かったと思う。見知らぬ女優なのでググって調べたところ。関谷春子という女優らしい。実力者とお見受けする。さて、秋元才加の芝居に圧倒されているとWS劇場に久部三成(菅田将暉)を追い出した劇団「天上天下」の面々が盗まれたライトを取り戻しにやってくる。ゲネプロの劇場内にまで入り込んだ時の天上天下の主宰者黒崎(小澤雄太)も見どころだったし、乱入者にもろともせず舞台上で芝居を続けた面々(二階堂ふみ・他)の芝居も見どころだった。”ショー・マスト・ゴー・オン”である。個々人のキャストが見せ場・見せどころで堂々と演じ見どころを作り上げる。これはもうライブ(舞台)であった。このゲネプロ舞台での丁々発止の罵詈雑言の言い合いの中、”つかこうへい”の名が出て来る。今、この文章を書いていて、ふと、三谷幸喜はシェイクスピアでなくつかこうへいで描きたかったのではないだろうか、と思えた。というのも演技が芝居がつかこうへいだからである。時代設定はまさしく”つかこうへい”が席巻していた時期だと思えるから。そして、著作権等の関係で”つかこうへい”は持ち出せなくて、著作権を気にしなくていいシェイクスピアを持ち出したのではないだろうか。 舞台は1984年、私が上京した1986年には”つかこうへい”時代(第二世代)は過ぎていて、野田秀樹、鴻上尚史、横内謙介ら「第三世代」が主流であった。野田秀樹、鴻上尚史は成功者となり、横内謙介は成功者にならんとする時期だった。ゆえにつかこうへいも野田秀樹も舞台は見ていない。鴻上尚史は思い出したように紀ノ国屋で再上演したのをわざわざ見に行ったくらいだ。横内謙介の善人会議は自転車キンクリートともにブームの只中でとても良く見たが年齢的に私が入団できるものではなかった。”つかこうへい”から離れた加藤健一の舞台(加藤健一事務所)もよく見に行った。この少し後(1989年)になるが、転々と演技養成所で芝居を学んでいた時、その養成所の先輩で小林隆が東京サンシャインボーイズのチケットを公演の度に売りに来ていた。三谷幸喜を知らなかったので、見に行かなかったことを後悔することになる。 話を戻して、この「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」は役者を見るだけで楽しい。今後、ますます面白くなっていくであろう。俳優たちの気迫せまる演技、魂の芝居を期待している。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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