それは、クシャミから始まった。2000年11月17日(予定日まで19日) そう・・後から考えれば、この日は、変だった。 夕飯を食べてから、どうもお腹の重みがいつもと違う。 あまりのだるさに、ソファにごろりと横になって意味不明のテレビを見ていた。 『やっと子供部屋も出来たし、週末だし、もう来て良いよ~』パパは言っていた。 2000年11月18日 妊娠も後期になってくると、どうもトイレが近い。夜寝ていても何度か起きてトイレに行かなきゃいけない。 朝7時半。例によってトイレに起きた。寝不足が続いていたので、再度寝なおす事にする。 パパがママと入れ替わりにトイレに行く。 『ハックション!!』アレルギーのママは一年中クシャミをしているんだが・・お腹に力を入れないようにクシャミをするのは大変だった。 が!しかし!! 『お?しまった・・今トイレに行ったのに、もらしちゃったのか・・?(汚い・・)』本当に始めはそう思った。 そこにのん気に大あくびにながらパパが戻ってきた。 『ちょっと・・。これどう思う?』ママは横になったまま、お尻の下を指差した。 『あ!病院に電話しなきゃ!』パパは言った。 『チョット待って・・あ・・やっぱり駄目だ』ママは止められるのか?と思ってやってみたが、やっぱり、止まらない。生暖かい水が出てくる。 『そのまま、動かないで!今、救急車が来るから』パパは言った。 『そうか・・でも、何にも痛く無いんだけどなあ・・』ママは言って、お尻の下の水溜りをしみじみ見た。 『ふ~ん。羊水ってピンクなのか・・(そんなはずは無いじゃないか・・』 そんな事を思っている間に、もう救急隊員が3人入ってきた。 『早いな・・』まあ、病院もここから歩いても5分も掛からないもんな。 『どうしましたか?』救急隊員の1人が言った。 『どうしたもこうしたも・・破水したようです・・』 (なんか・・間抜けな答え・・みりゃ分かるだろう?オシッコ漏らして救急車は呼ばないよ。)ママは思っていた。 『痛みはありますか?』血圧なんか測りながら救急隊員は聞いた。 『いーえ。有りません。』ママは陣痛って対した事無いんじゃないか・・って思っていた。 『私って痛みに強いのかしらねえ~。』なんて、浅はかな考えは後で大変後悔する事になる。 『このまま、入院になるでしょう。私達はタンカの用意しますので、着替えさせてあげて下さい』救急隊員はそう言って部屋を出て行った。 『パジャマはどこにあるの?荷物は後から届けるけれど、何がいるの?』パパはママに聞いた。 『入院の支度はある程度出来ているから。あの赤いキャリーバックね。でも、入っていないものも洗面所に有るし。あ・・パジャマはもう入れちゃったわ・・』ママは着替えが無い事に気がつき、動きの鈍いパパにイライラしていた。(自分で出来ないのって・・もどかしい) 新しいパジャマを持ってきてもらって、着替えたが・・すぐに無駄だったと、気がつく。だって、羊水はどんどん出てくるんだもの。 『支度は出来ましたか?』救急隊員はタンカを持って来て、ママを乗せた。 (このタンカは、どうやって玄関を入ってきたんだ?)ママは、そんな事を思っていた。だって・・玄関の幅よりも大きい気がしたから・・ (なるほど・・こうやって少し斜めにすれば平気なのか・・)ママは玄関を出ながら思った。 『次に戻ってくるときは、赤ちゃんと一緒なのかあ・・』何となく思っていた。 『僕はすぐに後から行くからね』パパは言った。 『え!一緒に乗らないの・・?』ママは少し不安になった。 『寒く無いですか?生まれてくる子の性別はどっち?』救急隊員はママがドイツ語が分からないのをパパから聞いていたらしく、上手な英語でママの緊張を解いてくれる。 (あら・・この人チョットママのタイプ・・でも、若すぎるか)そんな事を思いながら。 『寒く無いわ、生まれてくるのは男の子よ』ママは答えた。 『そうなのか~。今日産まれるだろうから、もうすぐ会えるね!』救急隊員は言った。 『え!?今日産まれるだって?』ママはそんな事、少しも考えていなかった。(だって痛くないんだもん) 『そうですよ~。きっとね』そんな事を言っている間に、すでに救急車は病院の中に入っていた。 (あ・・サイレンも鳴らないうちに着いちゃった・・) 人生の内の初めての救急車が、まさかドイツとは思わなかったな。 なにやら、救急隊員と看護婦さんがやり取りして『じゃ!がんばって!』と彼は言って居なくなってしまった。(置いていかないでえ・・) と、思っていたら。 『で?なんだって?』と聞きなれた声がした。(あ・・パパもう居たのか・・) 『それで?どうだって?』と、また聞く。 『あのねえ・・もしかして、あなた、私よりも早かったんじゃない?って思うほど早く来たくせに・・分からないわよ・・』ママは言った。 朝8時半 『先生はまだ来ませんので・・じゃ、見てみましょ』と助産婦さんらしき人が言って居る間に先生が来た。 『おお!若い!しかも良い男だ!チョット恥ずかしいな・・』って恥ずかしがっている場合じゃ無いか・・ 『破水していますね~。(分かっているっての!!)でも、まだ子宮口は開いていないので、お産はまだだね。夜中か明日の早朝になるかもしれないね。僕は今日は当直じゃないからなあ・・でも、他の先生が来るから大丈夫ですよ。それでも、破水しているので入院して、絶対に動かないで下さいね。おトイレもベットで寝たままやってください』 と、彼は言った。 『はい・・・(くそ・・代わりの先生ってジジイじゃないと良いな。)』 ママはまだまだ余裕でこうしてくだらない事ばっかり考えていた。(罰が当たるぞ・・) 病室に移された・・・2人部屋だ。 お隣さんはすでに出産していたのだが、予定日を1週間過ぎて破水したのに、救急車も呼ばずに、会社から戻ってくるご主人を待って車で来たために、羊水がにごって赤ちゃんが感染してしまい、物凄く強い黄疸の症状が出ているので、ICUに入っているそうだ。(しかし!4キロの赤ちゃんだったそうだ・・) そのために、彼女は一日中、ICUと病室を行ったり来たりして、赤ちゃんを病室に連れてくる事は出来ない。 『じゃ、オシッコやウンチはこれに自分でとって、このゴミ箱に捨ててください。その後、言ってくれればすぐに処理しますからね。後は、1時間おきに体温を測ってこれに記録してくださいね』 無愛想な看護婦はそう言って居なくなってしまった。 『はあ・・いつにまで続くかなあ?お腹がすいたなあ』ママはパパに言った。だって、朝食も食べてこなかったじゃない。 『そうだねえ・・僕はこれから病室の電話の契約をして、家に一回帰って、することをしてパン屋で君の好きなリンゴの焼きたてのパンを買って12時には戻ってくるよ』 (焼きたてのリンゴパンが来る♪) 『あ!勿論!テレビの契約も居るだろう?』戻ってきてパパは聞いた。 『いらないーーー早く戻ってきてよねえ。』と、ママは言った。(心の中は早くパンを買いに行けよ!って思っていた) だって、ドイツのテレビなんて面白く無いし、第一、テレビは一個だ。 お隣さんも契約しているって事は、選択権は無いじゃないか・・ 『いや!有った方が良いと思うよ。絶対にね』パパはテレビが無いと暮らしていけないタイプなので、勝手に納得して出て行った。 『そうそう・・一時間おきに検温・・って言っていた。うわあーー。時計忘れた!!ま・・いっか。』そう!時計を忘れていた。(これはすぐに人生最大の忘れ物に変わる。) そういえば・・さっきからオシッコしたかったのよねえ・・でも、お隣さんは居るしねえ・・(しかも、さっきからご主人まで居る・・) と、思っていたら。お隣さんが、赤ちゃんに会いに出て行った。 『チャーーンス!』そう思って、ママはもぞもぞと動いて、どうにかこうしか達成した。 でも・・羊水が漏れているので大きなナプキンを2枚も敷かれていた事を忘れていた。 『あ・・一枚、落としちゃった・・ま、仕方が無い・・そのまま捨てちゃおう』 ホットしたのも、つかの間・・看護婦さんが来たので、バケツの中を捨ててもらおうと頼んだ。 『あのお・・オシッコでたので・・処理して下さい』ママは言った。 看護婦さんは『はい!分かりました』と言って、持っていった。 しかし・・・少しして機嫌の悪そうな顔で戻ってきて。 『ナプキンは中に捨てないで下さいね!トイレには流せませんから』と言った。 『すみません・・(でも、取れちゃったんだもん!私が悪いわけじゃ無いわよ)』 『まあ、いっか。しかし、暇だ・・寝ちゃおうかなあ~』この時は、オシッコも出てすっきりしたので・・変化に気がつかなかった。 『これは・・もしや・・』次に続く・・ |