R.I.P. Whitney Houston.
2月11日、滞在先のロスアンジェルスのホテル(ビバリー・ヒルズ・ヒルトン・ホテル)で、午後3時55分(日本時間12日午前8時55分)、米女性シンガー、ホイットニー・ヒューストンが天に召されました。そして2月18日正午(日本時間、19日午前2時)ホイットニーの故郷ニュージャージー州のバプティスト教会で約1500人の招待客が集まり、CNNやインターネットで世界中に生中継される中、葬儀が執り行われました。最初に彼女が亡くなったと知った時、あまりの衝撃に呆然、、、暫く言葉がでませんでしたが、葬儀でシーシー・ワイナンズが歌っていたこの曲↑(歌詞・以下参照)を聞き、だいぶ落ち着いてきました。ドント・クライ・フォー・ミー私のために、泣かないで涙を流さないであなたと過ごした時は、ずっと思い出として残るから私が旅立っても、あなたは生き続けて私のために、泣かないで誰も責めないで私の死は、運命だったの罪の意識や恥ずかしいと思わないで私があまりに早く神の元に来たのにはきっと理由があるのだからそれはいずれわかるでしょうこの教会は、ホイットニーが母シシーに連れられ子供の頃から通っていてた教会で、1975年12歳の秋、初めてソロで歌い賞賛され、シンガーになろうと決心した場所でもあります。それから10年後、1985年に晴れてデビュー、以来Saving All My Love For You. など数々のヒット曲を出し、1991年に行われた第25回スーパーボウルでは、史上最高と称される伝説の国歌斉唱を披露。上の画像はちょうどその頃、Greatest Love Of Allを歌うホイットニー、歌唱力と普段の彼女(を知っていたわけではないけれど…)の一面を垣間見ることが出来る貴重な画像です。映画「ボディガード」では主題歌I Will Always Love You.を含むサウンドトラックが、1994年のグラミー賞で最優秀アルバム賞を受賞するなど、スーパースターへとかけあがっていきました。しかし、1992年に結婚、愛娘を授かりますが、夫が薬物に手を出し暴力を振るうようになります。それでも夫を更生させようとしますが、自らも薬物に手を出してしまい、見かねた家族が説得し、ようやく夫と暮らした家を出ることを決意。友人宅に身を寄せるなどして2006年に離婚。その後は家族の深い愛情と支えの中でリハビリ生活を送っていると報じられていました。ここ数年、ようやくこれまでの事をアメリカのTV番組(The Oprah Winfrey Show)で話したり、歌を披露したり↑、再びワールドツアーに出られるまでになったのがちょうど2年前。さいたまスーパーアリーナのコンサートでは、若い頃のような高音は出ていませんでしたが、パワフルで、これまでのブランクを取り戻そうと必死で歌っている姿に感動しました。最近は、映画出演などの話もあったので、(また夏頃にはステージ復帰の話もあったようですね、)まだ可能性は開かれていると、楽しみにしていた矢先の出来事だったのです。ステージに立って歌う姿を…活躍する姿をみられないと思うと残念でなりませんが、、、これまで心に響く美しい歌声を聞かせてくれて本当にありがとう、そして、最後まで生き抜こうとしていたホイットニーに乾杯!…love you, Rest In Peace Whitney Houston.