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真理を求めて

2004.09.05
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カテゴリ:ジャーナリズム
ロシア・北オセチア共和国での中等学校占拠事件において、どうも報道の内容に疑問を感じることが多い。たとえば、信濃毎日新聞のコラム「斜面」の中には次のような一文がある。

「人命優先の言葉も今はか弱い。銃や爆弾の脅威にさらされたうえ、命まで奪われる残酷さはたまらない。ロシアでは過去、病院で二千人、劇場で八百人規模といった大量の人質を巻き込む占拠事件が起きている。犠牲者は百人、二百人に上った。どんな事情はあれ許されることではない。」

この文章に書かれている心情は、誰もがその通りだと思いたくなるだろう。僕も、この表現が、一般論として語られている限りでは賛成する。しかし、「どんな事情はあれ」と言った時の、「事情」はいったいどれくらい報道されたのだろう。「事情」が全く知らされていないのに、一般論として、他人事のように「どんな事情はあれ」と表現されたら、僕が当事者のチェチェンの人間だったら、はらわたが煮えくりかえるような怒りを覚えるだろう。

重要なことが知らされ、しかも反人道的なことが正しく糾弾され、虐げられる人間の方に感情移入が出来た上で、「どんな事情はあれ」と言うのなら、この一般論は真理を語っていると思う。しかし、そのような前提がなく、言葉の上でだけこのように正論を吐いているのなら、それは真理から遙かに遠ざかっていると僕は感じずにはいられない。

今日の新しいニュースでも、犠牲者の数がどれほど多いかということや、事件の持つ残酷性はたくさん報道されているけれども、その背後にある様々な「事情」は何一つとして報道されていない。そんなものには目を向けずに、目の前の残酷なシーンを見て、感情的に憤っていればいいというのだろうか。

昨日本屋で「チェチェンやめられない戦争」(アンナ・ポリトフスカヤ著・三浦みどり訳)という本を見つけた。まだ、最初の方を読んだだけだが、この本で、少しでもチェチェンの実態というものに近づきたいと思っている。チェチェンという場所では、いったい何が起こっているのか。それを本当に知った上でなければ、今回の事件や、一連の「テロ」に関して本当に正しいことは言えないのではないかと感じた。

この本は最初に何枚かの写真が紹介されていて、そこには次のような写真の説明文が載せられている。

「2001年9月、グローズヌイ市。廃墟には死体が下敷きになったままだ。あたりにはかすかに死臭が漂っている。誰もこれに気を留めない。」

「グローズヌイ市。通りの真ん中に突き刺さった巡航ミサイルの尾翼が見える。」

「グローズヌイ市立第9病院は、第2次チェチェン戦争中の被害者を受け入れる救急病院の役を果たしている。ここでは連邦軍兵士も武装勢力も手術を受けていた。しかし一番多かったのは一般市民だ。」

「イーサ・シャシャーエフ。25歳のグローズヌイ市民。自宅の扉を開けたとたんに爆発が起きた。誰かが地雷を仕掛けたのだ。半死の状態で担ぎ込まれた。」

「アーシャ・ハスエヴァ。オクチャーブリ地区にある自宅アパートの庭で地雷を踏んでしまった。アーシャは後ろからついてきていた子供たちを体でかばい、両足を負傷。3回の手術で左足は半分残った。右足はかかとを失った。」

「イシゴフ親子。男の子は大やけどを負った。グローズヌイ市にある家に砲弾が当たり、他の人は逃げ出せたが、彼はがれきの下敷きになってしまった。」

「おばあさんと障害を持つ孫。父親は殺され、母親は行方不明。障害者の状況は、他の人の何百倍も悪い。誰も彼らを疎開させてくれない。どこからの助けもない。」

このほか、ロシア軍による掃討作戦の際に行われた略奪のあとの写真もいくつか載せられている。チェチェンの地では、殺人、暴力、略奪が日常茶飯事となっているようだ。今回のロシア・北オセチア共和国での中等学校占拠事件と同じか、それ以上に悲惨なことが、ほぼ毎日のように起きているのがチェチェンだと言ってもいいのかもしれない。

今回の事件に憤る人なら、チェチェンの実態を知れば、それにも同じように憤らなければ、論理的におかしい。しかし、チェチェンは報道されない。

チェンチェンでは、不当な逮捕も日常茶飯事らしい。反抗的な人間は、正当な理由などなくても逮捕監禁され、拷問される。これなども、イラクの旧フセイン政権の警察権力に憤っていた人間なら、同じように憤らなければならないだろう。ここでは、旧ソビエト時代の民衆を弾圧する警察国家がそのまま生き残っているのだ。そういえば、プーチン大統領というのは、そういう警察官僚出身の大統領だったような気がする。

「チェチェンやめられない戦争」については、そこでいかにひどいことが行われていたかというのを、きっと具体的に教えてくれるだろうと思う。ロシア・北オセチア共和国での中等学校占拠事件がいかにひどいものであるかを語るなら、チェチェンでもいかにひどいことが行われていたかを語らなければならないと思う。

チェチェンについて、具体的な事実をたくさん語っているのではないが、その背景にあるものを鋭く分析しているものに田中宇さんの次の文章がある。

「真の囚人:負けないチェチェン人」

「チェチェンをめぐる絶望の三角関係」

「チェチェン戦争が育んだプーチンの権力」

「真の囚人:負けないチェチェン人」で、田中宇さんは、チェチェンの人々の抵抗の正当性というものを歴史的に分析をしている。そして、「チェチェンをめぐる絶望の三角関係」では、その抵抗が現実的には全く絶望的なものであることを分析している。

チェチェンというのは、たかだか人口70万程度の小さな国らしい。その小さな国が、ロシアという国の大国の利権と絡んでしまったために、ささやかな独立という願いが踏みにじられている。そういった背景を持っての今回の事件なのだと言うことを忘れてはならないと思う。

また、「チェチェン戦争が育んだプーチンの権力」という文章を読むと、プーチン大統領の基本的な姿勢というものが分かってくる。人質の生命を最優先するという言葉とは裏腹に、自らの強さを示すことと、その強さの必要性をアピールするために、強行突入という作戦が必要であることも、論理的に理解することが出来る。陰謀説として考えるならば、このような「テロ」を事前に防げると分かっていても、自分に利用できる範囲で「泳がせておく」と言うことすらあるのではないかという気もしてくる。

権力者にとっては、「テロ」は断固として戦う相手ではなく、自らの武力の必要性を宣伝するための、利用すべき相手ではないかという疑いは持っていてもいいのではないかと思う。そういう疑いを持ちたくなるニュースはいくつか目につくからだ。

「323人の遺体を収容=武装集団、大量の武器・爆弾を事前設置-ロシア学校占拠」
「校内では、大量の武器・弾薬や爆弾が発見され、武装集団が事前に武器を隠すなど周到な準備をしていたことが判明した。
 一方、未明に現地を視察したプーチン大統領は同日夕、テレビ演説を行い、「無防備な子供たちに銃口を向けた恐るべき犯罪だ」と非難。テロとの戦いを強化するため、国家団結や北カフカス地方の情勢改善に向け、包括的措置を策定すると述べた。」

武装勢力は、どうして事前に大量の武器を隠すことが出来たのだろうか。大量なのに、なぜ発見されなかったのか?見逃していたのか?それともテロ対策などは言葉だけで、手を抜いていたのか?

結果として、テロとの戦いは教化される方向に持っていくことが出来ている。権力者の思う方向に行っているのではないだろうか。

「武器・爆薬、2か月前に搬入…露の学校占拠」
「犯人グループが2か月前に、大量の爆薬・武器を学校に搬入していたことも発覚し、決死の奇襲に出たかに思われていた犯人グループが、意外に周到な準備をしていた実態が浮かび上がった。
 (中略)
一方、犯人グループは、学校の修理工事に必要なセメントなどの資材搬入に見せかけて、大量の爆薬をひそかに運び込んでいた模様だ。
タス通信が4日、北オセチヤ治安当局者の話として伝えたところによると、犯人グループは7月、建設作業員のふりをして、学校の体育館の下に大量の爆薬や武器を運び込み、隠していた。」

2ヶ月も前からの行動なのに、何もつかんでいなかったのだろうか。ロシアの警察力はその程度のものにしか過ぎないのだろうか。むしろ、泳がせていたのではないかという疑いすらできる。

「学校占拠、バサエフ一派の犯行か…ナゾ残す武装勢力」
「犯行グループの要求は、チェチェンからのロシア軍撤退と、隣接するイングーシ共和国で拘束された武装勢力メンバーの釈放。プーチン大統領は、ベスランで開かれた対策会議の席上、「テロリストの目的は、民族間の敵意をあおり、北カフカス地方(の平和)を爆破することにあった」と語った。

手口では、〈1〉グループに女性が含まれる〈2〉爆発物を体に巻き付け、いつでも自爆できる態勢だった〈3〉占拠後、周辺に地雷や爆発物を多数、敷設した――点などが、モスクワ劇場占拠事件を想起させる。

だが、微妙な相違点もある。劇場占拠事件では、1週間という期限を区切り、ロシア軍のチェチェン撤退を求めた。内外の報道機関を劇場内に招き入れ、集団のリーダーが取材に応じる形で要求を公言するなど、文字通り「劇場型」犯罪だった。今回は犯行グループの「顔」が見えないまま、事件は終息した。」

この記事では、上のように犯行のねらいを分析している。しかし、このねらいが本当にそうだったのかは疑問の残るところだ。最後に書かれているように、「今回は犯行グループの「顔」が見えないまま、事件は終息した」からだ。何もハッキリしたことが分からなければ、それは、報道したい側に役立つように知らせることが出来るからだ。上の報道が、ロシアに有利に働くような内容だったら、これはその中にウソがないかどうか疑ってかからなければならないだろう。

チェンチェンの真理がどこにあるのか。出来るだけ正確な情報を集めたいものだと思う。





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最終更新日  2004.09.05 11:55:21
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