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真理を求めて

2004.09.09
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「チェチェンやめられない戦争」から、事実の部分のみを抜き出してメモしていこうと思う。この本は、アンナ・ポリトコフスカヤさんというロシアのジャーナリストが書いた本だ。つまり、ここに書かれた事実は、僕が実際に目にしたものではなく、アンナさんが語った事実だということになる。

「すべてを疑え」ということを座右の銘にしているのなら、単に語られただけのものは疑わなければならない。アンナさんが間違えて集めた事実もあるかもしれないし、ウソを語っている可能性もあるかもしれない。しかし、僕はアンナさんが語ることを信用する。

その理由の第一は、彼女がロシアのジャーナリストであるということだ。ロシアはチェチェンを弾圧する当事者である。そのロシアにとっては不利となるような情報を彼女が記述しても、そのことによって彼女に利益がもたらされるということはない。逆に彼女は命の危険さえ冒される。このように自分にとっては不利益ではあっても、ジャーナリストとして見過ごすことの出来ない真理を伝えようという気持ちから生まれた仕事には、意図的なウソが入り込む可能性はないと僕は思う。

彼女のミスについてはその可能性が低いだろうということも僕は感じている。このような深刻な問題を重要だと感じるジャーナリスト精神を持っていることから、彼女が技術的にもすぐれたジャーナリストだろうということが予想される。権力の側にすり寄る御用知識人の言葉は眉につばをつけてみなければならないが、その反対の極にいるような人については僕は信頼できる事実を伝えていると思う。

さて、ここに書かれていることの中から、知らされていない事実だと思われるものを抜き書きしよう。まずは、ロシアのジャーナリズムを語る状況を見てみよう。チェチェンの事実は、日本で知られていないばかりではなく、当事者であるロシアではもっと知らされていない。それは、知らせることが権力の側にとって都合が悪いからだ。アンナさんは次のように語っている。

「シャリ地区の移民局(ここでは6万人の難民が登録されている)長であるアイシャト・ジュナイドヴァは次のように語っている。
「ロシアに帰って伝えてよ。これっぱかりの国の援助じゃ生きていけないって。どうしたって無理よ。ここの難民のほとんどが餓死することを命じられているようなものだわ」
 もちろん私はそれを伝えると約束する。でも、とても小声でだ。ほとんど約束にもなってない。ただ、何か唇を動かして頷くだけ。何も説明はしない。死を宣告されている人たちに何が言えよう。私ごときが現状を訴えたとしても、まずクレムリンは、私の報告を一瞥することもないだろうし、第二に、コーカサスで進んでいるこの戦争について、ロシア中央ではさっぱり分からず、いや、誰も分かろうとはせず、第三に、私の近しい友人たちでさえもチェチェンから戻った私の話を信じてはくれないのだ。それで私はいろいろなキャンペーンに招かれていっても黙ったままでいる。そして第四に、これが一番大きなことなのだが、現在のロシア政府の路線に反対している私の新聞ですら、チェチェン戦争に関する現地からのレポートを報道しようと待機していながらも、読者にショックを与えてはいけないという理由で、最も残虐な部分はカットすることがあるのだ。この点について編集部での論争はいつになく激しくなるので、私の真実の言葉を印刷物にすることは困難きわまりない。
 でも、そのことは語るまい。きわめて単純な理由から。これだけいろいろな目に遭ってきた人々の中で、戦争のないところ、外の世界から来ているのは私一人だ。ジャーナリストは誰一人としてここにやって来ない。ここにいる人たちには、私以外にここで起きていることを外の世界に向けて語る人がいないのだ。」

ここからはアンナさんの深い絶望が読みとれる。しかし、それでもなお彼女は、ジャーナリスト精神を奮い立たせて、事実を伝えなければならないという気持ちを持ち続けているように見える。

見捨てられた難民として、人類の歴史から抹殺されようとしているチェチェンの人たちに、さらに追い打ちをかけるように、ロシアのならず者のような軍隊が犯罪的な略奪行為を行うことがこのあと報告される。

このように痛めつけられた民族の中から、まだ抵抗の意志を示す「テロリスト」と呼ばれる人たちが出てくることを不思議に思う。もはや、恨みのこもったロシア人を道ずれに死んでいくことくらいしか生きる目的が無くなった人たちなのだろうか。しかし、それでも貧乏のどん底のような生活をしていて、しかもなおそこからわずかの残りでさえも略奪される人々が、どのようにして「テロリスト」を支援できるのだろうかと疑問に思う。「テロリスト」を支援できるのは、金を持っている者なのではないだろうか。いったい誰が「テロリスト」を支援しているのだろうか。

チェチェンの一般市民に対する残虐行為を見ていると、ひどいいじめ行為を眺めているような気分の悪さを感じる。当事者であるロシア兵にはそのような良心の痛みはないようだ。それは、彼らが持っている差別感が、そのような良心を麻痺させているように感じる。差別意識というものは、良心の声というものを聞こえなくさせるのではないだろうか。どのようなことが行われたのか、ちょっと見てみよう。

「一ヶ月前ロジータはフィルターラーゲリ(選別収容所)--と彼らは呼んでいる--を体験する羽目になった。「武装勢力を家に泊めた」容疑で。
  (中略)
ロジータは穴牢の土間に正座をして12日間を過ごした。衛兵は哀れに思ったのか、ある晩、敷物の切れ端を放り込んだ。
「私はそれを足の下に敷いたわ。兵士だって人間なのよ」。ロジータが唇を動かす。
 彼女の穴はそれほど深くなかった。1メートル20センチかそれ以下だ。ふたはないが、上に丸太がいくつも置かれているので体を伸ばすことは出来ない。同じ敷物の上でしゃがんだり、座ったりで12日間。しかも冬に!その間ロジータは3回尋問に引き出されたものの、何一つ逮捕の理由は説明されなかった。
  (中略)
その間(電気拷問がされている間)にロジータの身内にはFSB(ロシア連邦保安局)将校の使いを通じて、身代金を集めてくるようにという命令が伝えられた。「ロジータは投獄で参っている。悪くすれば間に合わない、急げ」と。村の人たちは身代金(今や身請けのために金を要求されることは周知の事実)の額を、「村全体を売り払ったって集められっこない額」だと表現した。驚いたことに、軍人たちは物わかりがよく、額は十分の一に下がった。身代金が持ってこられた。ロジータはやっとの事でよろよろと歩きながら、シャワーも浴びず汚れ放題で連隊の検問所まで出てくると、子供たちの手の中に倒れ込んだ。」

戦争はモラルを崩壊させるというが、この崩壊はあまりにもひどいのではないかという感じがする。世界の先進国は、近代を乗り越えて、人権確立の時代に入っているというのに、ここまでひどいことが平気で行われているのである。

こういう事実を語る時、勘違いする人は、チェチェンの人たちだってひどいことをされたのだから、その報復をされても仕方がないという主張のように受け取って、「テロ行為」を擁護していると受け取ることがある。しかし、それは違うのである。「テロ行為」に憤る人間だったら、このように理不尽な行為に対しても憤るのが当然だろうという主張をしているのだ。そして、この理不尽な行為を見逃すことなく、モラルを取り戻していれば、「テロ行為」も起こらずにすんだのではないかということを主張したいのである。我々が、この事実を見過ごしていたことの責任を問いかけているのだと思う。決して「テロリスト」を擁護しているのではない。

チェチェンの一女性に起きた次の出来事も、チェチェンの現実を象徴的に語る事実だ。

「マリーカは村の看護士だ。病院ではすでに何年も給料を払ってくれていないのに、彼女はいつでも病人やけが人を助けようとしている。2000年2月10日から11日にかけての夜中に、彼女の家に爆弾が落とされた。100パーセントの破壊だった。乳牛を飼っていたおかげでどうにか食べるものがあったのに、その家畜も全滅。建物は全焼だった。家族全員が着の身着のままで焼け出された。
 2001年の夏、マリーカの家族は新しい納屋を建て、村の人たちから雌牛を一頭プレゼントされた。ところが12月15日の夕刻にまたしても機銃掃射があった。マリーカの家族は隣の地下室に非難したが、新しく建てた納屋に砲弾が命中し、家事になった。マリーカの夫、サイード・アリが雌牛を救おうと火を消しに出て、砲弾の破片のシャワーを浴びた。
 サイード・アリは一晩中意識不明のまま、隣家の土間に転がっていた。銃撃はまだ続いていた。翌朝早く、マリーカは連邦軍に駆けつけ、夫を運ぶためのヘリコプターを要請した。あなた達がやったことなのだから、と。彼女はさんざんじらされたあげく断られたが、軍はハンカラの病院には電話をすると約束してくれた。だが、そこまでは自分で運んで行けとあしらわれた。隣人たちが自動車を見つけて運んでくれた。しかし、ハンカラでは「傷が深いので、モズドクの病院まで行かなければだめだ」といわれた。やっとの思いで、モズドクにたどり着くと、そこで神経外科医はこう言った。「あなたの夫が武装勢力か連邦軍人なら、軍事紛争の当事者として治療できるのだが、ただの市民となると有料の治療しかできない。今この場で現金4万ルーブルを払ってくれるなら直ちに手術しましょう」と。
 金があるはずもなく、負傷しているサイード・アリはマリーカの目の前で手術室から廊下へ運び出されてしまった。彼女は病院の電話を使って、金を持ってきてくれる人に連絡を取るように促された。
「頼む当てはないわ」とマリーカは泣き出した。
 神経外科医は言う。
「プーチンにかけてみてはどうかね」
 マリーカは尋ねる。
「もし私がいなかったら、あなたは誰にお金をせびるの?」
 医者は答える。
「せびりゃしないさ。死体置き場に放り込むだけだ」
 マリーカは自動車を探しに飛び出した。
 幸いにも運転手はサイード・アリをアルグンまで無料で運ぶと言ってくれた。その運転手は、アルグンでグローズヌイの市立第9病院まで運んでくれる人たちに引き合わせてくれた。これらのことはすべて、いくつもの検問所を通り、夜間は中断しながらなされなければならなかったのだが。
 第9病院でやっとサイード・アリの手術が行われたが、頭蓋骨と脳を損傷してからすでに丸3日が経過していた。マリーカの夫はそれから一ヶ月間生き延びたが、敗血症を食い止めることが出来ず死んでしまった。医者たちは手術が遅すぎたと説明した。」

長い引用になったが、この絶望をどう感じるだろうか。「手術が遅すぎた」という医者の言葉の皮肉さが絶望をさらに募らせる感じがする。これを、戦争だから仕方がないというふうに思うのは、当事者にとってはあまりにも理不尽なのではないかと思う。

戦争が日常を破壊するというのは、映画「誓いの休暇」でも描かれていたことだが、戦争当事者であれば直ちに治療がされるのに、一般市民は死にそうになっていても放っておかれるということに、戦争の矛盾を見る感じがする。


ちょっと長かったので、最後の部分だけをコメントの方に移す。





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最終更新日  2004.09.09 10:10:27
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