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真理を求めて

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2012.08.15
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マル激における神野直彦さんの指摘は「何の根拠もなく税制の議論をしている」というものに続く。これなどはやはり消費税増税の議論のデタラメさを示すものだろう。本来なら、増税の正当性を議論するのがまっとうな議論なのだが、その根拠が何もないのだから、正当性は全く考えられていないのに増税だけは結論づけたいという議論になっている。

何の根拠もないという判断は、神野さんは次のように説明する。

神野:「アメリカなどは、税制を考えるときに、A案・B案といくつか案を出して、それぞれ所得階層別の負担率を試算します。A案だと、この所得階層の人がこういう負担になります、と言うデータを各案について示して、それを元に国民が喧々諤々と議論するのです。」

(神保:質問「自分がいくら負担して、何を受け取れるか、分かるわけですね。」)

神野:「そうです。先ほどの所得階層別グラフを作ったコロラド大学のスタイモン教授が日本に来たときに、「いろいろな税制改革案があるけれど、どの案がどういう負担構造になるというデータが日本では全く出てこない。なのに、税率が高いだの低いだの、この案がいいだの悪いだのと議論している」とあきれていました。「何を根拠に議論しているのか全く分からない」と。」

所得階層別の負担率のデータが日本では作れないと言うことも神野さんは指摘している。「徴税する側も、所得いくらの人が、税金をどれだけ払ったかを、把握できない」そうだ。このような前提の元に税率を議論すれば、それは根拠のない恣意的な主張になる。つまり財務省が上げたいだけの税率がはじめに決められて、それを正当化するような前提をご都合主義的に拾ってくるという論理になってしまう。まさにデタラメだ。

税と社会保障の「一体改革」に対しては、年金・医療保険しか社会保障がない日本の現状を批判して、社会保障の充実という方向を打ち出してこそ、税負担を国民が受け入れるという前提が成立するんじゃないかと、マル激の議論は進んでいる。今の「一体改革」は、全然一体になっておらず、社会保障の場合は、将来金がかかるという脅しに使っているだけで、それが増税によってどのように充実していくかという議論はどこにもない。

神野さんは次のような国際比較をしている。それぞれの比率はGDP比を表している。

1 家族現金(児童手当・子ども手当)
  日本       0.35%
  スウェーデン  1.5%
  ドイツ      1.4%
  フランス     1.4%

2 高齢者現物(介護を含む広い意味での高齢者福祉サービス)
  日本       1.3%
  スウェーデン  4.4%
  ドイツ      0.8%

現物支給というのは、現金ではなくサービスで提供されるもので、ドイツが少ないのは、ドイツも家族内で介護や子育てをすべきだという保守的な意見が強いからだと説明されている。スウェーデンは、税負担が大きい国として有名だが、それは充実した社会福祉とセットであるからこそ大きな負担でも国民が引き受けているのだという。

社会福祉との一体改革での税制議論をするなら、どのような改革が望ましいかという神保さんの問いに対して神野さんは次のように答えている。

「第一に言えるのは、「所得税や法人税を減税している場合ではない」と言うこと。再分配機能を強めるためには、減税してきた所得税を上げて、元に戻すことを検討すべきでしょう。消費税では再分配になりませんから。

ただし、消費税増税をすべきでないかというと、それは別問題です。私は基本的に、「水平的再配分」--つまり、豊かな人も貧しい人も、同じように公共サービスを受けられる「分かち合い」の制度にすべきだと考えています。スカンジナビア諸国のように、消費税率を高くして公共サービスの支出を増やす国の方が、格差が少なくなるのです。

逆に、貧しい人に限定して現金を配る「垂直的再分配」は、ますます格差を広げることが証明されています。つまり生活保護を増やせば増やすほど、格差が広がり、貧困率が高くなる。これは「再分配のパラドックス」と呼ばれています。生活保護の比率が高いのはイギリスやアメリカなどアングロサクソン諸国ですが、こうした国々は、格差を表すジニ係数が高い。

逆に、スウェーデンやデンマークなどスカンジナビア諸国は生活保護のウェイトが非常に小さく、ジニ係数が低いのです。なぜ生活保護のウェイトが低いかというと、これらの国は「貧しい人も豊かな人もみんなで助け合って生きましょうね」という考え方の元、原則として、所得に関係なく保育園はタダ、病院もタダ、学校もタダ、介護もタダなのです。現金給付は、衣と食ぐらいしか使うことがない。そうなると、生活保護費はごくわずかな金額となる。」

これは素晴らしい「税と社会保障の一体化論」ではないだろうか。どのような社会保障であるなら税負担を負ってもいいと思えるかというアイデアを提出している。そして、格差を解消するための再配分という原則からものを考えて、そのためにはどのような増税が望ましいか、どのような社会保障の形態が望ましいかを具体的に語っている。

上記の文章を、うっかりすると消費税の増税には反対していないから、賛成論のように読み取る人がいるかもしれない。しかしこれは、どのような社会保障の元で消費税の増税が望ましいかという一般論を語っているのであって、今の消費税の増税の正当性を語っているのではないことに注意しよう。今の状況では、所得税や法人税を元に戻すと言うことが正しいという主張なのである。

今回の増税議論は政府への不信を招いているが、この不信の元は神野さんは次のような点にあると指摘している。この指摘も重要なものだ。

「なぜかというと、政府がサービスを提供することに根強い不信感があって、結局、各省庁とも減税で政策を打つんですよ。前年度より少ない額で予算案を作りなさい、と言われると、前向きな政策を打つお金がないので「特別措置でこれを控除しますよ」とか、住宅政策が出来ないので「住宅ローン減税をしますよ」とか。そうやって減税サービスがどんどん進んでしまう。しかしそういう限定的な減税は、貧しい人にとって何の恩恵もないのです。所得税ゼロの低所得者は、減税されようがないですから。

つまり日本の福祉は給付主義・手当主義ではなく、控除主義なんですね。ここを修正していかないと、財政で生活を支えられている実感がないので、税負担には応じられないとなる。どこかにムダがあるのではないか、誰かが得をしているのではないか、と猜疑心ばかり働いて、負のスパイラルに陥るわけです。」

子ども手当の理念をもう一度復活させ、社会が人間を支えるという方向で社会福祉が充実するなら、僕も高負担の税制を受け入れる気持ちを作れる。だが、政府がそのような方向にシフトせずに、既得権益を守る方向しか感じられなければ、増税には、理論的にも感情的にも反発をするだけだ。





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最終更新日  2012.08.15 21:22:44
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