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塾講師ママ中学受験サポート国語-合格だけでいいんですか-

勉強ばっかりでかわいそう・・・?

□中学受験は勉強ばかりでかわいそう・・・?

以前は、学校の帰り道、寄り道して友達やちがう学年の子どもと
いっしょに遊んだり、裏山みたいなところや川で自然と触れ、
遊びながら学ぶことができていた。
知的好奇心をくすぐるものがたくさん生活の中にあったし、
おじいちゃん、おばあちゃん、近所のおじさんが口うるさく礼儀作法を
教えてくれた。
子ども同士の中でも、少し上の学年の人にはちょっと遠慮したり、
年下の子にも子どもなりに世話をしたり、
近所づきあいが活発な分、接する人の数も多くて、
ちょっとしたいざこざなどの事件を通しても人間関係を学んだり、
精神年齢が上がるような出来事と触れることはたくさんあったのかもしれません。

どんどんと自然は遠ざかり、物騒な事件が続いて寄り道は禁止され、
人とのふれあいもごく狭い範囲に限られて、
学校の休日も増え、
子ども達が社会に出るまでに自分の力を磨く経験をする機会は
減っていますよね。
とすると、余計に「勉強」という方法で鍛えることは意味があるようになってくるのではないかな。

思う存分遊ぶことから学ぶ。そして、学校でも勉強をがんばる。
これが子ども時代の理想なんだけど、それは今のこの世の中でどこまで期待できるんだろう。
地域全体が遊び場であって、学ぶ場所であって、安心できる場所だった。
そして、
地域の人みんなが話し相手であり、教えてくれる人であり、叱ってくれる人であり、誉めてくれる人であり、子どもを守る人だったはずなのに、
いまや、顔見知りでも警戒しなくちゃいけないなんて。

危険は増えて、余計に子どもは考える力や判断力を身につけなくちゃいけないようになっているのに
関わる大人は減っているから親が伝えなくちゃいけないことも増えていく。

はぁ。ため息が出ます。





■ 勉強ばっかりでかわいそう・・・



 おじいちゃん、おばあちゃんにこのような言葉を言われるというのはよく聞きます。
また、親御さんの中にもそう思っている人も多いでしょう。
この言葉は、やる気がまだ成長していない生徒にとっての恰好の逃げ場所となります。
目標を持ってがんばっている生徒は、自分の努力がなにか悪いことのように思えてがっかりしてしまいます。
「あえて家ではあまり『勉強しなさい』とは言いません。」とおっしゃる保護者の方も増えてきました。

学習は反復練習がいちばん効果的です。
この点では、スポーツやピアノなどと同じです。
「試合前に怪我でもしたら困るのでトレーニングはあまりしていません。」・・・これで試合に勝てるでしょうか。「先生のところで気分よく曲を披露するために、家ではあまりお稽古していません。」・・・これで発表会のとき緊張感に勝って上手に弾けるでしょうか。

勉強ばっかりでかわいそうだから・・・と言って、学習時間を減らした分、増える時間は何でしょう?
そこが同じぐらい意味あるものならいいのですが、
敵を殺してリセットをくり返すゲームの時間や、3日もすれば内容を忘れるようなテレビ番組を見る時間になるぐらいなら、
勉強して考える力を鍛えて、将来の可能性を広げるということはとてもすばらしいことではないでしょうか。


人生の様々な困難や不測の事態を前にしたとき、とっさにいろんな角度から分析して、
そのとき最適な方法を考えられるように、今から脳を鍛えている・・・と考えれば、その学習時間というものは、ある意味では「志望校合格」の価値よりも大きいかもしれません。
長い人生の1~2年間だけ、徹底的に脳を鍛えることに集中する期間を設けてあげることに、罪悪感を持つことはないと思います。
甲子園出場を目指す球児が徹底的にトレーニングをするのと同じです。
最も応援すべき親が、罪悪感を持つことで、甘さが生まれたら、効果は下がり足を引っぱるということも考えられます。

子供自身が勉強するということを「苦痛」と認識してしまうと、その可能性を持っている生徒でも、
伸ばすことは困難になってしまいます。
勉強で知識を増やすのはすばらしいことであり、「中学受験」は、自分を鍛え、その鍛えた力を試すチャンスなんだということを理解させてください。
回りの公立中学へ進む小学生には与えられなかったチャンスを、両親からプレゼントされたのだと教えてあげてください。

私の教え子たちの話ですが、「中学受験をしてよかった」と例外なく言っています。
第一志望校には残念ながら合格できなかった生徒でも「絶対よかった」と言います。合否が発表された1週間後と2ヶ月後にアンケートを実施していますが、「中学受験をしてよかったか」の問いに「いいえ」と答えた用紙を見たことがありません。
「はい」の前に「絶対に」と書き込こんであったり、二重丸をつけてあるのも目立ちます。
理由を書く欄には、「集中力がついた」「充実した時間だった」「自分がこんなにがんばれるって知らなかった」とあります。
「やらされた」ではなくて、主体的に受験に取り組めた子ならばそういう感想を持ちます。
「考え方が大人になったと思う」「両親に感謝している」と自分の言葉で書いてあるのを見て、その成長ぶりにぐっときます。

塾へ行ってちがう小学校の友だちと話すこと、
知らなかったことを知ること、
わからなかった問題が解けるようになること、
長時間の集中ができるようになったこと、
ひとつの目標に向かって必死になること、
自分の甘えに打ち勝つこと、
がんばったときにほめられたたくさんの経験、
自分が努力すれば支えてくれる家族の応援を実感すること・・・
子どもにとって、中学受験を通して得るものは「合格」だけではありません。

「厳しさ」「つらさ」「しんどさ」「我慢」というようなものを感じずに、難関校に合格するのは無理です。
万が一うまく合格したとしても、それらを乗り越えた子たちに混じって中学高校生活でやってはいけません。
また、不合格という結果になる可能性は、どんな偏差値の高い生徒であっても0%にはできません。
どれだけ模擬テストでいい結果を残したとしても、そこは11~12歳の子どもです。当日に何が起こるかわかりません。
当日、堂々とテストに立ち向かう精神力は、日々の努力で作っていくしかないのです。

入試は、決められた日に同じ学校への入学を希望する小学生が、同じように塾や家庭教師に習ったことを同じような方法で学習し、
同じような成績をとってきていて、1回きりのテストで合否を決めるというものです。
「合格する理由」を作るとしたら学習「量」。
単に長時間の勉強ということや、テキストを全部○にするということではありません。
考えた時間、正しい努力を積み重ねた「量」です。
ただし、低学年のうちに、本人に目標も学習習慣もついていないうちに長時間「やらせ」ても、あまり効果は望めません。
自ら前向きに学習に向かうように育てた上での学習時間・量が、実力の差を生み出します。 

4年生までのお子さんには、短時間でも前向きに集中して効果のある学習時間とすること、とりかかるまでの時間を無駄に伸ばさないようにすることを課題としていただきたいと思います。時には、集中力が切れているのに気づかずにぼんやりと机に向かっているお子さんに、休憩を促したり、気分転換を提案してあげることも必要です。

5・6年生は、家庭での集中した学習時間を少しでも長く維持することを課題としていただきたいと思います。高学年になると、宿題ができたら終わりというのでは、現在の成績を維持することはできても、偏差値を上げるのはなかなか難しいことです。一度習って理解したことを、自分の力でもできるように繰り返して取り組む「復習」をしている時間が、まさに「成績があがっている」瞬間です。

もちろん、机の上で問題に取り組むタイプの学習「だけ」になると、バランスは悪くなり、かわいそうだと思います。
勉強以外の時間の使い方は上手にアドバイスしてあげたいですね。


しかし、毎日は多少つらくても、復習を積み重ねた膨大な時間は、
入試当日、一人ぼっちに感じる試験会場で、
「塾でも家でも、自分はめいっばい勉強したんだ!大丈夫だ!」という大きな自信となり、
多くのライバル達の中で支えとなり武器となってくれるでしょう。
その「自信」を持って当日を迎えさせてあげたいと思いませんか。

そうして得た結果は、すごく大きな意味のあるものだと思います。
中学受験、やり方次第で「勉強だけだった・・・」と空しくなるようなものではないと思います。
合格以上のものを手にしたと言い切れる受験は可能だと私はそう思います。




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